母さんのお墓参りと嬉しい贈り物
「さあ、蝋燭も燃え尽きたようですから、次へ参りましょうか」
燭台に捧げられていた小さな蝋燭が燃え尽きて白い煙が上がるのを見たタキスが、そう言って一つ深呼吸をしてから前に進み出た。
即席の祭壇の前に屈んで、そっとまだ細い煙をあげている香炉に蓋をする。こうしておけば、中が密閉されてすぐに香の火も消える。
それを見たカウリとルークが素早く駆け寄って手早く祭壇を折り畳み、持ってきていた木箱の中に片付けていった。
「こんな道具があるんだね。僕、初めて見ました」
あまりの手際の良さに何も手伝えなかったレイが、後ろから覗き込みながら感心したようにそう言って笑う。
「おう、これは今のように正式なお墓参りの時なんかに使う道具だよ。まあ正式な物だけど、あまり見ない道具だな」
そう言って笑ったルークが燭台を専用の布に包んで箱に収める。皆が使っていたミスリルの鈴も、それぞれ用意されていた布に包んでひとまとめにして木箱の中に収めた。
「じゃあ次へ行こうか」
笑ったルークが、木箱を手早く自分の竜のベルトに取り付ける。
「そうだな。では次へ参るとしようか」
笑ったブルーが伏せてくれたので、またレイを先頭にして大きな背中に上がる。
ルーク達もそれぞれの竜の背に乗ってエイベルのお墓を後にした。
そしてそのまま一行が向かったのは、レイの母さんのお墓だった。
「ああ! あれって……」
上空から、見慣れた小高い丘の上に立つ母のお墓を見たレイは、声を上げずにはいられなかった。
母さんの墓守役の赤リス達が暮らしている大きな木も、お墓の横に植えたキリルの茂みも、記憶にあるよりもかなり大きくなっているように見える。
そして、驚いた事にあの時ギードが急遽作ってくれた母さんの名前が彫られた小さな墓石は、ふた周りは大きな立派な墓石に変えられていたのだ。
しかも見る限り、その墓石は真新しいもののように見える。
驚いて後ろにいるタキスを振り返ると、タキスだけでなく全員が揃って笑顔で自分を見つめていた。
「お節介かと思うたんじゃが、即席で用意したあの墓石はあまりにも貧相だし寂しかろう。それで、バルテン男爵に相談して、今回其方が里帰りするのに合わせて我らで用意させてもろうたのじゃ。どうじゃ?」
優しいギードの言葉に無言で頷く。ゆっくりと降下するブルーの背の上から、レイはもう言葉も無く真新しくなった母さんのお墓を見つめていた。
「すごく立派だね……よかったね母さん」
ブルーの背から飛び降りたレイは、母さんのお墓の前に立ってそう呟いたきり次の言葉が出て来なかった。
エイベルのお墓とよく似たその墓石には、大きな竜が母さんの名前が彫り込まれた石板を守るように両手で持って抱えている。
やや青みがかったその石に彫られた竜は、ブルーにそっくりに見える。
「レイ、墓石の後ろを見てごらん」
レイのすぐ近くまで首を伸ばしてきたブルーが、優しい声でそう言って鼻先でレイの背中をそっと押した。
「え? 墓石の後ろ?」
不思議そうにしつつも言われた通りにゆっくりと後ろ側へ回る。そして、墓石の裏側を見て驚きの声を上げた。
「あれ? ここのところに穴が空いているね。どうして?」
レイは、そう言いながらしゃがみ込んで不思議な穴を見る。
墓石の裏側には、お皿が一枚入りそうなくらいの細長い穴が開けられていたのだ。
「そこに我の鱗を一枚、其方の手で収めて欲しい。エイベルの墓には、ルビーが守りの為の鱗を収めておる。其方のお母上の墓は、我に守らせてはもらえぬだろうか?」
「ブルー……」
呆然とブルーを見たレイの目に、一気に涙があふれて頬をこぼれ落ちる。
「ありがとうブルー」
両手を広げて大きなブルーの顔に抱きつく。
「其方のお母上とは、一度話をしてみたかった。きっと有意義な話が聞けたであろうな。本当に惜しいお方を亡くしたものよ……」
優しいブルーの言葉に、声もなくただ頷くレイだった。
「ほら、準備出来たぞ。一番にお前が参らないと」
肩を叩かれて顔を上げると、ルークが苦笑いしながら今度はレイの背中を叩いた。
「う、うん。今行きます」
ブルーから離れて顔を上げると、先ほどと同じ即席の祭壇がすっかり準備されているのを見てまた驚く。
「では、これを先に収めてくれるか」
ブルーの声がして振り返ると、シルフ達がブルーの鱗を一枚、空中に漂わせながら持ってくるのが見えた。
『お願いお願い』
『これは生きた鱗』
『そこに差し込んで入れてくれればいいよ』
渡されたそれは、通常のような剥がれた透明な鱗と違い、半透明な薄い青色をしている。
これはシルフ達の言う通り、竜の意思でのみ剥がす事が出来る生きた鱗で、竜熱症の浄化措置の為に借りる霊鱗とは違い戻す事は無い。これはブルーの身体を守る通常の鱗のうちの一枚だ。
鱗が収められた場は竜の守護が発動するので精霊達からの祝福を受け、浄化された状態が鱗の持ち主の竜が生きている限り続く。文字通り特別な場所にのみ使われる、竜だけが扱う事が出来る特別な精霊魔法のうちの一つだ。
今ではちゃんとその意味を理解しているそれをレイは真剣な顔で受け取り、墓石に作られた細長い穴にそっと両手を添えて差し込んだ。
大きなノームが一人現れて、レイが手を離して鱗が完全に穴の中に入ったのを見届けてからそっと墓石を叩いた。
『聖なる鱗に守られしこの場に祝福あれ』
一瞬、地響きのような音がした直後に空いていた細長い穴が閉じられてしまった。
「うむ、ご苦労だった」
満足気なブルーの呟きに、レイも小さく頷いて急いで正面側へ戻った。
それを見たマイリー達が揃って竜騎士の剣を抜いて戻す。
聖なる火花が散り、集まって見ていたシルフ達が大喜びで手を叩き合った。
ニコス達が手にしていたミスリルの鈴を鳴らし、マイリーとルークとカウリがレイの後ろに並んで聖霊王への祈りと弔いの祈りを唱え始めた。
先程、エイベルのお墓でタキスが唱えたのと同じ祈りだ。
そして、タキスに渡されてレイが蝋燭に火を灯し用意してくれていた香炉にも火を灯した。
「母さん。皆が、一緒に参ってくれたよ。それに見て。これ……竜騎士見習いの第一級礼装だよ。凄いでしょう……」
正式に参った後、お墓の前で両手を広げて見せたレイは、笑顔でくるっと一回転して後ろ姿も見せた。
「すごく立派なお墓だね。ブルーも一緒にいてくれるんだって……きっと寂しくないよね。僕、オルダムでいっぱい頑張るから、母さんはここで見ていてね。また来ます」
最後は涙を堪えて小さな声でそう話しかけると、改めて一礼してから下がる。
マイリー達やタキス達が、順番に真剣な様子で参ってくれるのを、まだ涙の跡が残るレイは、それでもずっと笑顔でその様子を嬉しそうに見つめていたのだった。




