ブルーの泉とエイベルのお墓
「バルテンよ……堅っ苦しくて面倒なだけの祖先の名にかけた誓いなんぞ、一生御免だったのではないのか? 確か、他ならぬお前さんの口からそう聞いた覚えがあるんだがなあ」
自分に向かって笑うバルテン男爵に向かって、苦笑いしたギードがからかうようにそう尋ねる。
「そうさなあ。確かに以前、お前さんにそう言った記憶があるぞ。今でもその気持ちに変わりは無いわい。だが、だがここにはそれをするだけの価値があると思ったから、そう思ったから誓ったまでの事よ。それに蒼竜様が預かってくださる誓いならば、あだやおろそかに扱われる事はあるまい?」
「そりゃあまあ、そうであろうが……」
呆れたようにそう言ったギードは、一つため息を吐いてから首を振った。
人当たりが良く面倒見が良いバルテン男爵は、人から何かと頼られる事が多い。しかし過去に一度、とある人物の祖先の名にかけた誓いを信じて保証人となった結果、手ひどく裏切られて酷い目にあった過去があるのをギードは知っている。
ようやくその騒動が一段落した頃に、彼が吐き捨てるように言ったのだ。
誓いの言葉なんぞ信じた自分が馬鹿だったのだ。堅苦しく面倒な祖先の名にかけた誓いになんの意味があろうか。俺は一生そんなものは御免だと。
相当に頑固な一面があるドワーフの例に漏れず彼もそうで、以来、彼の口から誓いの言葉を聞いた事がない。
ちなみに彼の誓いの言葉嫌いはドワーフギルド内でも有名で、一緒に飲んだ事のあるスタッフ達の話によると、ギルドマスターの役職を当時の商人ギルドのギルドマスターから依頼された際には、ギルドマスター着任の際の恒例の儀式である宣誓の儀式をしないのならば引き受けると言って、当時の関係者が揃って目を剥いたというのは有名な話なのだとか。
「まあ、お前の言いたい事もわかる気がするのう。確かにここは特別な場所だよ」
そう言って笑ったギードは、改めて泉を見回した。
こんこんと水の湧く豊かな水源があちこちにあり、この場の真ん中にある、蒼竜様が中にいても大丈夫なほどの深くて巨大な泉。その泉の周囲を取り囲むいくつもの大きな岩と真っ白な砂。その巨大な泉を守るかのように周りを取り囲み枝を伸ばす巨木の数々とイバラの茂み。
確かにここは、自然の結界そのものでもある。
「うむ。美しき場所よのう」
ギードは満足気に頷き、ゆっくりと深呼吸をする。ひんやりとした静謐な空気に、目が覚める思いがした。
「では、次へ行くとしようか」
ブルーの言葉に頷き、泉の前にある草地に座っていた竜達がまずはマイリー達を乗せてから上空へ上がる。
それからブルーがまた伏せてくれたので、レイを先頭にして順番にその背中に上がった。
「お待たせブルー。準備出来たよ」
ちゃんと点呼を取ってから笑ってそう言ったレイの言葉に、ブルーは大きく喉を鳴らしてから翼を広げてゆっくりと上昇した。
ブルーを先頭にしてまた隊列を組んだ一行は、次の目的地であるエイベル様のお墓のある場所に向かった。
「へえ、泉から近いんだな」
竜に乗って移動すると、泉からエイベルのお墓のある場所まではすぐだ。
「まあ、直線距離で言えばそうだな。だが、まっすぐの道は無いので、地上を移動するなら森を抜けねばならぬから、それなりに時間がかかるな」
感心したように、エイベルのお墓を見下ろしながらのカウリの呟きに律儀にブルーが応え、タキス達は苦笑いしている。
エイベルのお墓の横にある、降りられそうな草原の平らな場所には雪が積もっている。
しかし、竜達がそこへ降りていくのに合わせて突然の突風が吹いて、草原に積もっていた雪を吹き散らしてくれた。
「うわあ、凄い。今のも精霊のお力ですか?」
突然の出来事に驚いたアンフィーの声に、レイが笑いながら頷く。
「そうだよ。積もった雪の上に僕らがあのまま降りたら埋もれちゃうもんね。だから、シルフ達が吹き飛ばしてくれたんだよ」
「おお、そうなのですね。ええと、シルフの皆様。お力添え感謝します」
キョロキョロと上空を見回したアンフィーは、少し考えてから自分の頭上に向かってそう言い、深々と一礼した。
それを見たシルフ達が先を争うようにして彼の視線の先に集まり、一斉に投げキスを贈った。
しかし、残念ながらアンフィーにはそれが見えなかったので無反応だったが、代わりに自分に吹き寄せた優しい風に気づいて嬉しそうな笑顔になるのだった。
「どうやら、アンフィーの事を彼女達は気に入ったみたいだね。アンフィーと仲良くね。だけど、いたずらは程々にしてあげてね」
彼女達の独特の愛情表現の数々を知るレイが笑いながら小さな声でそうお願いすると、集まってきたシルフ達は楽しそうに笑いながらまたアンフィーに向かって投げキスを贈るのだった。
『大好きなんだもん』
『我慢なんて無理〜〜〜!』
『それは無理〜〜!』
笑ったシルフ達の言葉に我慢出来なくて思わず吹き出してしまったレイを見て、シルフ達の声が聞こえないアンフィーは、不思議そうにしているのだった。




