泉での誓い
「よし、全員乗ったな。では出発するとしようか」
レイの後ろに全員が並んで乗ったのを確認してから、ブルーはそう言ってゆっくりと大きく翼を広げた。
今は、下の厩舎へ騎竜達も家畜達も全員連れて降りているので、竜達が翼を広げて飛び上がっても駆け寄って来る黒頭鶏達はいない。
ブルーがゆっくりと上昇するのを見て、マイリー達を背中に乗せたアメジスト達もそれに続いた。
「おお、なんと素晴らしい眺めであろうか……まるで夢を見ているようだ……」
生まれて初めて見る高い視点からの景色に、バルテン男爵の口から堪えきれないような声がもれる。ギードは絶対に下を見まいとして俯いたまま、必死になってタキスにしがみついている。しかし、同じく怖がってギードにしがみついているバルテン男爵は、どうやら好奇心が恐怖心に勝ったらしい。
まるで子供のように声を上げて感動しているバルテン男爵を見て、最初のうちこそ遠慮していたものの、途中からはもう遠慮なく目を輝かせて、同じように下を見ていたアンフィーだった。
「ほら見て。鳥が飛んできたよ」
笑ったレイが指差す方向には数羽の水鳥が列をなしてこちらへ向かって飛んで来てすぐそばまでやってきた。そしてそのまま、まるで一緒に隊列を組むかのように綺麗な三角形を描いて竜達の背後へついた。
「ああ、我らが飛んでいると、時折ああやって鳥達がやって来て後ろへつく事がある。ああやって隊列を組んで飛ぶと、風の流れに乗って楽に飛べるのだよ。だが、申し訳ないが我らは森までだから水鳥達とはここでお別れだな」
笑ったブルーの言葉に頷いたレイが笑顔で後ろを振り返ると、まるで鳥達に付き添うかのように何人ものシルフ達が綺麗に並んで鳥達の翼に風を送っていた。
『あの子達は友達友達』
『上手に風に乗る子達だよ』
『若い子もいるよ』
『ちょっと飛ぶのが下手なの』
『だけど遠くまで飛ぶんだよ』
『大好き大好き』
『可愛い可愛い』
『良き風を送るよ』
『小さな翼愛しい翼』
『良き風を贈るよ』
『大好き大好き』
レイの視線に気付いたシルフ達が、笑いながら口々にそう言って手を振ってくれる。
「へえ、そうなんだね。うん、無事に旅を終えられるように守ってあげてね」
笑ったレイの言葉に、シルフ達が一斉に頷く。するとまるでそれが聞こえたかのように、水鳥達が嬉しそうに一斉に鳴いた。
「ええと、レイルズ様はシルフ達とお話をしておられるんですよね?」
唯一精霊の見えないアンフィーが、小さな声で自分の前にいるニコスに尋ねる。
笑ったニコスが、先ほどのシルフ達とのやり取りを教えてやると、ようやく納得したアンフィーも笑顔になった。
「ロディナにも多くの渡り鳥が来ますからね。確かに竜達が空を飛んでいると、後ろについて一緒に飛んでいるのを何度も見た事があります。成る程ねえ。あれは竜の翼から流れる気流に乗って飛んでいたんですね」
感心したようなアンフィーの呟きに、タキス達も笑顔で頷き合っていたのだった。
いつもよりも少しゆっくりと飛んで水鳥達と別れた一行は、まずはブルーのここでの棲家である蒼の泉へ到着した。
「うわあ……話には聞いていましたが、本当に綺麗な場所ですね」
ここは初めて見るカウリの言葉に、同じく初めてここへ来たバルテン男爵とアンフィーも目の前の白と青しかない泉の光景に見惚れて呆然と立ち尽くしている。
「そっちの湧き水を飲んでみるといい。美味いぞ」
ブルーの言葉に、我に返ったカウリが慌てたように言われた場所へ行き、流れ出る水で手を洗ってから両手で水源の水をすくって口に含んだ。
「なんだこれ……甘いなんてもんじゃあないぞ」
飲み込んだカウリが呆然とそう呟く。
「確かに美味いよなあ」
「ああ、何度飲んでもここの水は美味い」
少し離れた場所では、同じく水を飲んでいたルークとマイリーがそう言ってうんうんと頷き合っている。
レイ達も、交代しながらそれぞれ水を飲んだ。
アンフィーはもう、驚きすぎて声も出ない。
竜達も、別の水源からそれぞれ貪るようにして水を飲んでいた。
「なんと美しき場所であろうか……蒼の森に、このような場所があったとはなあ……」
泉を見回して、半ば呆然と呟くバルテン男爵をブルーが面白そうに見ている。
「だが、ここへは地上からは簡単には来られぬぞ。周囲には我が張り巡らせた守りの結界がある。我がいる時は開いたままにしておるが、留守の間はここは封じてある。それ故、レイの家族であっても容易くは入っては来られぬ」
ブルーの言葉に、バルテン男爵は慌てたように顔の前で手を振った。
「いやいや、勝手に押し入るような無礼は致しませぬ。ここは蒼竜様のお住まいなのでしょう?」
「ああ、そうだ。長い年月をかけて我がここまで良き水に磨き上げたのだよ」
少し得意げなその言葉に、バルテン男爵は濡れるのも構わずその場に膝をついた。
「そのような大切な場へよそ者である私までお連れくださり、心より感謝いたします。私、バルテン・フェルスベルガーは、決してこの信頼を裏切るような卑怯な真似は致しませぬ事を、今ここで、精霊王と我が祖先の名において誓いましょうぞ」
両手を握りしめて額に当てたバルテン男爵の厳かな誓いの言葉に、全員が即座に黙る。
「立ちなさい、ドワーフの男爵。其方の誓い、確かに見届けたぞ。其方の良き祖先と精霊王に感謝と祝福を」
低いブルーの声にようやく顔を上げたバルテン男爵は、嬉しそうに笑って立ち上がるともう一度深々と一礼した。
それから振り返って、驚きの表情で自分を見つめているギードに向かってにんまりと笑ったのだった。




