出発準備とそれぞれの正装
「さて、そろそろ出かける準備の時間だな。ニコス、とても美味しかったですよ。ご馳走様でした」
食事を終えてゆっくり寛いでいたが、マイリーの言葉にルーク達も頷いて立ち上がる。
「レイルズ、荷物の中に竜騎士見習いの第一級礼装が一式入っているはずだから、それに着替えなさい。着方は分かるな?」
マイリーの言葉に、立ち上がったレイも笑顔で頷く。
「はい、大丈夫です。出かける前に、ラスティからちゃんと教えてもらいました!」
「それならいい。じゃあ準備をしておいで」
笑顔で頷いたレイは元気よく部屋へ走って戻って行った。
「廊下は走らない」
笑ったニコスの声に笑い声と謝る声が聞こえて、残った全員が揃って吹き出した。
マイリーの部屋にはルークとカウリが一緒に行き、先にマイリーの着替えを終えてから彼らも手早く準備をした。
今回は、レイの希望でアンフィーも一緒に行く。
なので、全員がそれぞれの部屋へ急いで着替えに向かった。もちろん、彼らも正装だ。
「うう、まさかここでまで来てこんな服を着る事になるなんてなあ。これ着るのって、多分爺ちゃんの葬式以来だよ……しかもちょっと太ってるよなあ、俺……」
部屋に置かれた小さな金属製の鏡を覗き込みながら、若干窮屈そうな正装のアンフィーが襟元を整えながら小さく呟く。
ちなみにこの服は、今年最後の蒼の森への人員の派遣でシヴァ将軍達が来てくれた際に、荷物と一緒に送ってもらった物だ。
何しろレイルズ様がこの秋に休暇で里帰りをなさると聞いたシヴァ将軍が、わざわざシルフを通じてアンフィーに直接連絡をくれたのだ。お前、正装をそっちへ持って行っているか? と。何事かと思って詳しい話を聞けば、おそらくレイルズ様ならお前も一緒に墓参りをしたいと言ってくださるだろうから、無駄になるかもしれないが、正装を一式用意しておきなさいと言われたのだ。
当然そんな物はここには無く、無言で焦っていると笑って一式揃えて送ってくれると言われた。なので、ロディナの寮を引き払った際に友人に預けてある荷物の中に、今は亡き父親からもらった正装が一式あるのでそれを送ってくださいとお願いしたのだ。
その後、シヴァ将軍から直接荷物についての連絡を受けた友人は相当驚いたらしく、届いた服と一緒に手紙が入っていて、そこには、お前は俺の心臓を止めるつもりか。せめて事前に連絡してくれと書かれていて、部屋で一人大笑いしたのだ。
襟元に留められた父の形見の品である、ごく小さいが真っ赤なルビーが付いた襟飾りも、当たり前のように一緒に届けてくれている。
信じて預けた高価な荷物をしっかりと守ってくれていた友人に、改めて感謝したアンフィーだった。
「準備出来たよ!」
背中側は誰かに見てもらうつもりで、とりあえず剣帯を締めたレイは、いつもの剣を装着してから居間へ戻った。
「おお、立派なもんだな」
「ほう、これは素晴らしい」
「本当ですねえ。あの体格で正装すると、ここまで立派になるんですねえ」
居間にはニコスとギード、それからアンフィーの三人がいて、入ってきたレイを見てそれぞれ感心している。ニコスが背中の皺を直してくれた。
「えへへ、正装はちょっと窮屈なんだけどね。皆も格好良いよ」
嬉しそうに笑ったレイは、目の前の三人を見て目を輝かせる。
アンフィーはもちろんだが、考えてみればニコスやギードの正装も見るのは初めてだ。母さんの葬儀の際は、あまり記憶にないが確か三人とも普段着だったような気がする。
「ねえ、ギードのそれは僕らの服とはちょっと違うね。それはドワーフの正装なの?」
「おう。今回はせっかくなので、ワシも久し振りにドワーフの正装で参らせて頂く事にしたよ」
そう言って笑ったギードの肩には見事な刺繍の肩掛けがかけられていて、着ている服も普段よりもかっちりとした形の服で、分厚い生地で作られている。さらには左右の袖口の部分に、これも肩掛けと同じ紋様の見事な刺繍が全面に渡って施された幅の広い籠手のようなものを装着している。
「今着ているこの服も、正装用の特別仕立ての服じゃよ。それからこの肩掛けと袖飾り。まあ、袖飾りはあっても無くても良いのだがな。この襟飾りと袖飾りは、ワシの大切な友達から譲り受けた物じゃ。少し刺繍がほつれて傷んでおったのだが、バルテン男爵に頼んでドワーフの職人を紹介してもらって、一年かけて修理してもらったんじゃ。修理が終わってから身につけるのは初めてじゃよ」
襟飾りを撫でながら、ギードがそう言って笑う。
「そうなんだね。じゃあ大事にしないと」
「ああ、そうじゃな」
目を細めて頷くギードの言葉に、レイも笑顔で頷いていた。
「ああ、皆揃っているな」
その時、タキスとバルテン男爵がマイリー達と一緒に居間へ入ってきた。
「うわあ、皆揃うとすっごく豪華だねえ」
嬉しそうなレイの言葉にあちこちから笑い声が聞こえた。
確かにいつもよりも数倍豪華だ。バルテン男爵もギードと同じ様な見事な肩掛けと袖飾りを身につけている上に、胸元には勲章のようなものがある。
「これは、男爵の爵位をいただいた際、陛下から直々に賜ったものでな。まあ、一般人でなんらかの功績があった人に贈られる、正式名称は紅玉華、世間ではルビーの雫と呼ばれる勲章じゃよ」
「へえ、そうなんだね」
目を輝かせたレイがバルテン男爵の胸元を覗き込む。
小さな花の形をしたその勲章は、中心部分に小さいが真っ赤なルビーが施されていて、その周りにはミスリルの小花がルビーを守るように細かく刻まれていた。
もちろん、正装のマイリー達の胸元には、それぞれ数多くの勲章の略綬がびっしりと並んでいる。
「タキス、すっごく綺麗!」
そして、マイリー達の後ろに隠れるようにしているタキスは、薄い新緑色の裾の長い服を着ている。
それはごく柔らかな、まるで女性のドレスのような生地で作られていて、長くて広い袖口が、まるでドレスの裾のように見える。
ニコスも色は違うが似たような服装なので、これが竜人の正装なのだろう。
「さすがに正装は持っていないと言ったら、今回のレイが持って来てくれた荷物と一緒に師匠が仕立てて送ってくださったんです。ですが、いくらなんでもこれはちょっと派手すぎますよねえ……」
戸惑うように、胸元に縫い付けれられた真珠を引っ張るタキスを見て、レイが目を輝かせて首を振る。
「ええ、そんな事ないって。いいよ、すっごく素敵だよ。タキス!」
「あ、ありがとうございます……」
あまりにも無邪気なその言葉に、困ったようにしつつもお礼を言うタキスだった。
「レイルズの言う通りだ。よくお似合いですよ。では参りましょうか」
笑ったマイリーの言葉に一同は頷き、まずは竜達の待つ上の草原へ揃って向かったのだった。




