畑の事
「ほら、おいで下の庭に降りるよ」
笑ったレイが小さな音で手を打ち、シャーリーとヘミングの気を引いてみせる。
「ウキュ?」
「クルウァ〜?」
レイの打つ手の音に興味を惹かれた二匹が、小さな声で鳴いてゆっくりと下がるレイを追いかけ始める。そんな子竜達の後ろをアンフィーがついて行く。
「おお、上手いもんだなあ」
「へえ、たったあれだけでついてくるものなんですねえ」
子竜達を、草原から続く坂道を降りた先にある庭へ誘導しているレイとアンフィーを、マイリーとルークは感心して眺めている。知識の豊富な彼らであっても、ここで役に立つような知識は全くと言っていいほど持ち合わせてはいない。
「では、俺達も今回は螺旋階段ではなく坂道から降りるとするか」
子竜達の後を追ってベラとポリーが移動を始めたのを見て、ブラシやバケツを持ったタキス達も彼らの後を追って坂道を降り始めた。それを見て当然マイリー達もそれに続く。
「こっち側が全部畑な訳か。へえ、こりゃあ凄い。これを全部ここの人達だけで面倒見ようとしたら相当大変だろうなあ」
辺境農家で生まれ育ち一通りの農業に関する知識もあるカウリは、見渡す限りの広い農地を見て密かに感心していた。
「この土地には大勢のノーム達がおりますので、日常の世話のほとんどは彼らがやってくれます。もちろん我らもやりますが、通常の農家に比べたら相当楽をしておると思いますぞ」
「へえ、そうなんですか。具体的には、ノーム達ってどんな事を手伝ってくれるんですか?」
興味津々のカウリの質問に、ギードが嬉しそうに笑う。
「そうですなあ。例えば、春の畝起こしを始める時期もノーム達が教えてくれますし、掘り起こした土を解す作業も手伝ってくれますぞ。それから、基本的に育てる作物そのものの状態を常に見て一番良い状態に整えてくれますので、当然、作物を育てる上で一番気をつけねばならぬ様々な病気の心配が、ここではほとんど要らぬというのは大きいですなあ」
「おお、そりゃあ凄い」
「とは言え、作る作物そのものをノーム達が決めてくれるわけではありませんからなあ。連作障害なども考えて、それぞれの畑に今年は何を植えるのか。それらはもちろん我らが全て決めております」
「ああ、それは当然ですね。そうか、何を植えるかの作物の選択自体はノーム達がやる訳ありませんね」
納得したカウリがそう言って笑う。
「皆様方の土産で、良きタネを沢山頂きましたのでなあ。来年も頑張って育てますぞ」
嬉しそうなギードの言葉に、カウリも笑顔になる。
「それから、ほとんどの農民が一番困る虫害も、ここでは最低限で済んでおりますぞ」
「ええ? どうやるんですか?」
もしも畑の作物に虫が飛んできたとしたら、ノーム達なら喜んで虫の面倒も見そうな気がする。だが、ここでは虫害がほとんどないのだと聞き、カウリは驚いてギードを見た。
「あの、段差のある上側にも小さい畑を作っております。間引いた苗の元気なものや、多めに苗を作ったものなどを植えるのですが、そちらの畑は我らが食べるのではなく虫達の為の畑なのですよ」
驚きに目を見開くカウリに、ギードがにっこりと笑う。
「殺す事は容易いですが、あれらとて生きておりますからなあ。なので、こちら側の畑についた虫達は、随時ノーム達が集めて上の畑へ移動させるのです」
「ああ、成る程ね。上の畑の分は食ってもいいから、こっちへは来るなって事か」
笑ったギードが頷くのを見て、吹き出すカウリ。
「へえ、そりゃあすげえ。確かに、それならある程度の被害は防げそうだ」
「まあ、ある程度は作物に虫がつくのも仕方がないと思うておりますからなあ」
「確かに。逆に虫が一つも付いていない作物の方が俺は怖いよ」
笑って肩をすくめるカウリの言葉にギードも吹き出しつつ頷く。
「確かにその通りですな。ですが南ロディナの方では、虫除け用の貴族の方々専用の温室の中で様々な作物を作っているのだと聞きますぞ」
「ああ、その話は俺も聞いた事がありますけど、それはごく一部の特別な果物なんかを少し作っているくらいで、とても量産は出来ないって聞きましたよ」
「まあ、そうでしょうなあ。木酢酸などである程度は防げますが、たとえテントで覆って他と完全に区切ったとしても、人の出入りがある以上は、全ての虫の侵入を防ぐなどどう考えても不可能ですからな」
「ですよね。もしもそんな事が出来るとしたら、それはそもそも人の所業じゃあないですって」
カウリの言葉に、顔を見合わせた二人は揃ってうんうんと頷き合っていたのだった。
「へえ、成る程ねえ」
「成る程なあ。農家にも色々と苦労があるんだなあ」
そんな二人の会話を横で聞いていたルークとマイリーは、感心したようにそう呟いて、坂道から見えるうっすらと雪に埋もれていて今はもう何も植えられていない広い畑を眺めていたのだった。




