草原でのひと時
「へえ、大きな騎竜にはそうやってブラシをかけるんだな」
トケラの代わりにここにいるトリケラトプスのチョコに、タキスとニコスとレイの三人がかりでブラシをしていると、感心したようなマイリーの声が聞こえてレイは笑顔で振り返った。
「おはようございます。もう討論会は終わりですか?」
「ああ、ちょうど一段落だよ。それで少し身体が強張ってきたから運動でもしようかと思って、お前らを誘おうとしたんだけどさ。伝言を頼んだシルフ達によると全員揃って上の草原にいるって言うから、見学に来たんだよ」
そう言って笑ったマイリーが着ているのは昨夜着替えた時のままの楽な普段着で、装着している補助具は、少なくとも見た目はいつものと同じものの様だ。
「えっと、今朝のその補助具は何か変えているんですか?」
チョコの背中を擦る為の長い柄の付いたブラシを置いたレイが、マイリーの補助具を見ながら質問する。
「ああ、とりあえず今のところ一番良いと思う状態に調整してもらった可動関節を付けているよ。これはギードが俺の希望通りに上手く微調整してくれたんだよ。いやあ、あれは本当に見事だった。あの技術を目の前で見せてもらえただけでも、ここへ来た甲斐があったと思うぞ」
嬉しそうにそう言ったマイリーが、左足の補助具を軽く叩く。
「いやいや、何をおっしゃいますやら。大した事はしておりませぬぞ」
「何しろこの可動関節の原料は、ミスリルと鉄の合金ですからなあ。この素材で作った可動関節の微調整が出来る職人は、ドワーフギルドであってもそうはおりませぬ。いやあ、持つべきものは、腕の良い職人の友人じゃのう」
マイリーの言葉に恐縮するギードの背中を、バルテン男爵が満面の笑みでバシバシと叩きながらそう言って笑っている。
「本当に見事でしたよ。まだまだやっていただきたい事が沢山あるんですよ。改めまして、これからもよろしくお願いします」
にっこりと笑ったマイリーの言葉に、黙って聞いていたルークとカウリが呆れた様に顔を見合わせた。
「うわあ、聞いたか。今のマイリーの言葉。あれって無茶言う気満々だよなあ」
「だよなあ。俺にもそう聞こえた。頑張れギード〜〜!」
「ワシにもそう聞こえましたなあ。いやあ怖い怖い。さてさて、もうそろそろワシも歳で目が遠くなって参りましたので、無理は出来ませぬぞ」
「ギードよ。寝言は寝てから言うものだぞ」
それこそ、髪の毛ほどの細さの部分に数本の模様を刻めるギードの技術を知るバルテン男爵は、呆れた様にそう言ってギードの背中を力一杯叩いた。
豪快な音が草原に響き、直後にギードの悲鳴が響き渡った。
「痛い! 背骨が折れたらなんとしてくれる!」
「お前さんが、そんな華奢なわけあるまい。どうやら本当に寝ぼけておる様だなあ。今日はエイベル様とレイルズ様のお母上の墓参りへ行くのであろう? いい加減起きねば置いていかれるぞ」
地面に転がって悶絶するギードを見て、笑ったバルテン男爵がそう言って肩をすくめる。
「おうさ! おかげですっかり目が覚めたわい!」
そう叫んでいきなり起き上がったギードが腕を伸ばしてバルテン男爵の左腕を掴み、肩越しに力一杯の投げ技を仕掛けた。見事な背負い投げだ。
「うわあ! ちょっと待て!」
突然の投げ技は予想していなかったようで、悲鳴と共にまるで投げ技の見本のように綺麗に放り投げられたバルテン男爵が豪快な音を立てて背中から地面に叩きつけられる。
当然、ギードはちゃんと首と後頭部は庇って投げているいるし、投げられたバルテン男爵もしっかりと受け身を取っているので怪我の一つもない。
それにそもそも叩きつけられた地面は、訓練場の硬い板の間では無く柔らかな牧草が広がる草原だから、怪我をする訳もない。
「俺も入れてください!」
しかし、ギードがそのままバルテン男爵を押さえ込もうとしたその時、目を輝かせたマイリーがいきなり乱入してギードの身体に横から掴みかかった。
それを見たルーク達やレイが揃って吹き出す。
当然のようにギードはバルテン男爵を離してマイリーの腕から僅差で逃げる。そこからいきなり、ギードとバルテン男爵とマイリーの三つ巴の格闘戦が始まった。
それを見て、慌ててトリケラトプスのチョコを下がらせ、地面に転がしていたブラシとバケツを手にして安全地帯まで下がるレイ達だった。
「うわあ、あのマイリーと互角に戦うバルテン男爵も凄えよなあ」
「だよなあ。ギードの格闘術も大概だと思うけど、バルテン男爵も確かに凄い」
文字通り、敵と味方が瞬時に入れ替わる大乱戦に、完全に面白がって見学しているルークとカウリが視線は前を向いたままでそれぞれにそう呟く。
「でもって、ほぼ二人がかりで攻められているのに、全然捕まらないマイリーもすごいよねえ」
「だよなあ。それにあれだけ体重をかけて動いているのに、見る限り全くと言っていいほど揺らがないあの補助具も凄いと思うぞ」
瞬きも忘れて目の前の戦いを見つめているレイの言葉に、笑ったニコスも感心したように何度も頷きながらそう呟く。
その隣ではタキスとアンフィーが、揃ってこちらはもうただただ呆然と目を見開いて、目の前の三人の戦いを見つめていたのだった。




