蒼竜との再会
あっという間に草原を駆け抜けた二匹のラプトルは、スピードを落として林の中に入っていった。
少し前かがみになったタキスに押されて、レイも前かがみになる。
時々顔に当たりそうになる枝が、目の前で顔に触れていないのに何かに弾かれる。
不思議に思って考えて、思いついた事を聞いてみる。
「あの、、、もし、か、して、、、、」
ほとんど揺れてないと思ってたが、喋ろうとすると走る弾みで息が乱れて上手くいかない。それに、確かに舌を噛みそうになる。
それに気付いたタキスが、ポリーのスピードを落としてゆっくり歩いてくれた。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です。あの、聞いてもいいですか」
「何でしょうか?」
「林の中を走ってるのに、木の枝が顔に当たらないのは、もしかして魔法?」
タキスはちょっと驚いたような顔をして笑った。
「よくわかりましたね。そうですよ。風の精霊の姫達が守ってくれてます」
「そうなんだ。でも、お家にいた子達と違って姿が見えないね」
「……だ、そうですよ」
タキスがそう言った瞬間、レイの目の前に、長い衣をなびかせた半透明の小さな女の人が現れた。
びっくりしたが、目が合うと笑って手を振ってくれた。
「こんにちは。僕の名前はレイです。えっと、守ってくれてありがとう」
何と言えば良いのか分からなかったので、まずは挨拶とお礼を言ってみた。
すると、笑いながら目の前でクルンと一回転して、レイの鼻の頭にキスしていなくなった。
「彼女達は、気まぐれなので、普段は姿を見ることはあまりありません。でも、風のあるところには必ずいますからね。呼びかければ、ああやって姿を現してくれますよ」
「すごいや、ここに来てからびっくりする事だらけだ」
見上げて笑うと、タキスも笑ってくれた。
「まだまだ、驚く事は沢山ありますよ。さ、行きましょうか」
そう言うと、ポリーに合図してまた走り始める。
林を抜けると、目の前を横切る大きな川が現れた。
「通りますよ、お願いします」
誰に言うともなくタキスが呟くと、突然川の真ん中に平らな石がいくつも飛び飛びに現れた。
ラプトルは、そのままの速さで跳び上がり、次々と石を蹴り、勢いよく川を走り抜け、川向こうの森の中へ走り込んだ。
「凄い! いま、、のも、、、そ、う、なの!」
「舌を噛みますよ。そうです、でも、今のは私がやったのではなく、ここを守るノーム達です」
スピードを落としてタキスが答える。
森に入った途端、周りの景色は一変していた。
一気に視界が遮られ、辺りは暗くなり、木々が太く大きくなった。
木が枝を大きく伸ばし、複雑に絡み合って空が見えない。空気までもが、じっとりと水を含み重みを感じるほどだった。
「なんか……急に変わったね……」
不安になり、タキスの腕にしがみつく。
「大丈夫ですよ。蒼竜様の棲む蒼の森の深部に入ったんです。ここは今までの場所とは違い、太古の陰を強く残すとても古い場所なんです。でもこういった所は、精霊達や幻獣にとっては居心地が良いらしいですよ。さて、ラプトルに乗っていくのはここまでです」
そう言うと、タキスは一際大きな楡の木の根元で止まった。
隣にベラが並び、軽々とギードが降りた。
「お願いします」
抵抗するまもなくまた両手で抱えられ、今度は逆に、ギードに手渡される。
「僕は荷物じゃないよ!降りられるってば」
受け取ったギードが笑いながら地面におろしてくれた。
「勇ましいことじゃが止めておきなされ。頭から落っこちるのが関の山じゃ」
ポンポンと頭を叩かれた。
「絶対大きくなってやる!」
ポリーを見上げながら言うと、まるで慰めるかのように甘噛みされた。
「さあ、参りましょう」
ラプトルをその場に残し、奥に進む。
「ポリーとベラはあそこに残してて大丈夫なの?」
振り返ると、二匹は並んでこっちを見ている。
「大丈夫ですよ、何しろここは彼女らの故郷ですから」
どうやら逃げる心配は無いらしい。
茂みをかき分けて進むと、突然視界が開けた。
一面の白い砂と青。
湧き出す水が、時折ぽこりと音を立てるだけの静かな世界だった。
奥の泉には、蒼竜が顔を出していた。
「ブルー!」
思わず駆け寄ると、ブルーが泉から出てきて砂地に座った。
座っていても、まだ見上げるほどに大きい。
「もう体は良いのか?」
大きな顔が目の前まで降りてくる。
「うん、心配かけてごめんね、もう大丈夫だよ」
鼻面にキスをして額を撫でた。
タキスが側に来て、あのペンダントを首にかけてくれた。
「蒼竜様、それではお願いします。まだ、これについては説明しておりませんので」
「なんの事?」
「そのペンダントの中にいた精霊が見つかったのだ」
ブルーがそう言うと、目の前に光の玉が現れた。その直後、それは小さな頭巾を被った光る眼を持つ小人になった。
「光の精霊 〈ウィル・オ・ウィスプ 〉だよ。母御とずっと一緒におったものだ」
小人はレイの肩にちょこんと座り手を振った。光る眼以外は何故か顔は見えなかった。
「母さんを知ってるの?」
うんうんと頷き、手を上げてまるで踊るような仕草をした。
「まだ何を言っているか分からぬであろう。其方が成長し、精霊達の声を聞けるようになれば母御の事も聞く事が出来よう」
「僕にも聞こえるようになる?」
ブルーは一つ頷き、レイの体に頬擦りした。
「我の主となった者に、聞こえぬわけがない。頑張って精進してくれ」
「精進?」
「一生懸命勉強する、と言う事ですよ」
タキスが笑って教えてくれる。
「うん!勉強するよ!村長の所でも、覚えが良いって褒められたんだよ」
「それは将来が楽しみだな」
皆笑った。
「それからもう一つ、言っておかねばならぬ事がある」
ブルーが真っ直ぐにこっちを見ながら言った。
「この精霊から詳しく聞いた。これらを我が物にしようとする者達に狙われておったようだ」
「じゃあ、もしかして村が襲われたのって……」
「それは分からぬ。ただあの騒ぎの後、森へ無理に入ろうとした者達がおったのだが、彼らが言うには、それらは『嫌な奴』だったらしい」
「そうなの?」
光の精霊を見ると、うんうんと何度も頷いている。
「その子は其方のペンダントの中に居たいらしい。入れてやってもよいか?」
ペンダントを手に取り、もう一度光の精霊を見る。うんうんと何度も頷き、ペンダントを指差す。
「いいよ、おいで」
答えた瞬間、光があふれすぐに収まった。
それは、あの夜のような強い光ではなく、優しい暖かささえ感じるような光だった。
「あれ ?ペンダントが戻っちゃった」
驚いたことに、銀細工の竜だったそれは、以前のような、素朴な木彫りの竜のペンダントになっていた。
「こっちの方が良いのかな?」
母がいつも身につけていたペンダントだ。
「僕も……こっちの方が良いな……」
また、涙があふれて目の前が見えなくなる。
「僕……いつもは……こんなに……泣き虫じゃ……無いんだよ……」
ブルーが慰めるように、何度も頬擦りしてくれた。
大きな顔に縋り付き少しだけ泣いた。タキスとギードは、ずっと黙って背中を撫でていてくれた。