レイの寝癖と徹夜組の事
翌朝、シルフ達に起こされる前に目を覚ましたレイは、ベッドに横になったまま大きな欠伸をした。
レイの髪で遊んでいたシルフ達が、レイがもぞもぞと動いて寝返りを打ったのを見て慌てたようにふわりと飛んで逃げる。
「ふああ、今朝は起こされる前に目が覚めたね。えっと、今朝の寝癖はどうなったのかなあ?」
小さく笑いながらそう呟いて、右手を恐る恐る頭の上へやる。
「えっと……あれ?」
いつもなら頭頂部の辺りにある絡まった髪が、何故か今日は無い。少しは絡まっているが、これくらいなら一人でも解けるだろう。
「えっと、もしかして……そろそろいつも通りに戻ったのかな?」
腹筋だけで軽々と起き上がったレイが嬉しそうにそう言うと、周囲に集まって何故か目を輝かせてレイを見つめていたシルフ達が一斉に笑った。
『どうかなあ』
『どうだろうねえ?』
『いつもって何?』
『何だろうねえ?』
『何かな何かな?』
『何だろうねえ?』
楽しそうに笑いさざめきながら口々にそう言っているシルフ達を見て笑ったレイは、小さく深呼吸をしてベッドから降りて立ち上がった。腕を伸ばして大きく伸びをしたところでノックの音がして、部屋を覗き込むタキスと目が合った。背後にはニコスとアンフィーとルークとカウリの姿も見える。
「おはようございます。今朝はやっと普段通りになったみたいだよ。ほら」
得意げに笑いながらそう言って前髪を軽く引っ張ったレイが、得意げにくるりと一周回って見せる。その瞬間、レイ以外の全員が揃って吹き出した。
「うん、確かに前髪は大丈だからなあ」
「まあ、間違ってはいないかな?」
笑ったルークとカウリの言葉に首を傾げたレイが、もう一度自分の頭頂部を触る。
「ええ、その笑いは何に対してですか? 僕の髪はいつも通りだと思う……けど……」
頭頂部がふわふわな事を確認しながらそう言い、髪を指ですくようにしてそのまま後頭部へと手を滑らせる。
「あれ? 何だこれ?」
小さなレイの呟きに、またしてもレイ以外の全員が吹き出す。
「レイ、今日の寝癖は後頭部への集中攻撃のようですよ。それにしても、今朝もなかなかの芸術的な仕上がりっぷりですねえ。ああ、いい事を思いつきましたよ。せっかくですからそのままエイベルとお母上のお墓へお参りしましょう。お母上にもその芸術作品は見ていただかなくてはねえ」
目を輝かせて手を打ったタキスの言葉に、ルークとカウリが揃ってもう一度吹き出した。
「おう、そりゃあ最高だ」
「是非それで頼むよ!」
「絶対嫌です〜〜〜!」
情けない悲鳴を上げてベッドに倒れ込んだレイを見て、また揃って大笑いになったのだった。
『作戦成功〜〜!』
『今朝は後ろ側なの〜〜』
『成功成功』
『楽しい楽しい』
笑い転げるレイ達を見て、呼びもしないのに勝手に集まってきた大勢のシルフ達が、大喜びで手を叩き合っていたのだった。
「はあ、これで寝癖は何とかなったみたいだね。もう、僕の髪はおもちゃじゃあないっていつも言ってるのに〜〜」
洗面所でタキスに手伝ってもらって何とか絡まり合った頑固な寝癖を解したレイは、まだ隙あらば解れた髪の毛で遊ぼうとして髪をこっそり引っ張るシルフ達と、ひたすら平和な攻防戦を繰り広げていた。
「レイ、今日のお墓参りは午後からだそうですよ。ですから、今の着替えは普段着で構いませんからね」
壁に備え付けられた金具に竜騎士見習いの遠征用の制服が一式、綺麗に整えて掛けられてる。タキスはそう言いながらそっと手を伸ばして制服の襟元を撫でた。
「うん、ルークからもそう聞いているよ。ねえ、それより今朝はマイリーとギードとバルテン男爵がいなかったけど、もしかして徹夜したのかな?」
寝巻きを脱ぎながらのレイの質問に、部屋を出かけていたタキスの足が止まる。
「ああ、あの三人ですか。ええ、その通りですよ。どうやら三人揃って徹夜したみたいですねえ。ニコスが先程、向こうへ朝食の用意を届けていましたから、午前中いっぱいは、まだまだ討論会は続くみたいですよ。まあ、本人達はとっても楽しそうだったらしいので、もう好きにさせておけば良いって、ニコスは笑っていましたよ」
振り返ったタキスの呆れたようなその説明に、普段着を手にしたレイは、堪える間も無く吹き出した。
「凄いなあ。でもあの三人なら、少しくらいだったら寝なくても全然平気そうだよね。マイリーは、普段でもしょっちゅう徹夜しているんだって、ルークがいつも文句言いながら心配してるよ」
脱いだ寝巻きをカゴに入れて、畳んであったシャツを手にするレイの言葉にタキスも苦笑いしつつ大きく頷いている。
「まあ、確かにあの三人なら一晩どころか三日くらい徹夜しても、素知らぬ顔で平然と仕事をしていそうですよねえ。それにギードは元々、作業に夢中になったら寝食を忘れる事がよくありますから」
笑ったタキスの言葉に、シャツを広げたレイも笑いながら頷いている。
「そういえば本人の口から聞いたんですけれど、以前、鉱山で採掘に夢中になるあまり文字通り寝食を忘れて掘り続けていて、空腹と貧血でぶっ倒れた事があるらしいですよ」
「ええ、ギードって鉱山では一人で作業しているんでしょう? 大丈夫だったの?」
手早く着替えを終えたレイが、襟元を整えながら驚いて振り返る。
「まあ、その時はすぐに意識が戻ったので大事には至らなかったのだとか。ですがさすがにこれは駄目だと思ったらしく、それ以来、作業時間を決めてそれを過ぎればノーム達に必ず教えてもらうように頼んでいるのだそうですよ。ほら、以前ギードに追加の食糧とお弁当を持って行った事があるでしょう。あれもそうなんですよ。採掘が長期に渡る場合は、無事だって事を知らせる意味もあって、定期的に食糧の追加をシルフを通じて連絡して頼んでくれるんです」
「ああ、そうだったんだね。確かにそうだよね。定期的に知らせをくれると、留守番している方も安心だね」
納得したように笑って何度も頷く。
顔を見合わせて笑い合った二人は、並んで廊下へ出て歩き始める。
「まあ、ギードの場合は一人とはいっても鉱山の中では常にノーム達が一緒だと聞いていますし、最近ではブレンウッドのドワーフギルドから定期的に応援の人を寄越してもらっているそうですから、私達はそれほど心配はしていないんですけれどね。でも、鉱山の地下では何があるか分かりませんから、定期的な無事の報告と確認は大事ですよね」
「そうだね。えっと、報告と連絡と相談は、組織の中で物事を滞りなく進める際の大事な手続きなんだよ」
大真面目なレイの言葉に、まさかレイの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったタキスが堪える間も無く吹き出す。
「おお、素晴らしい教えですね。大変よろしい。是非、実践してください」
そう言ってまた笑うタキスに、レイも一緒になって笑っていたのだった。




