彼の考え
「はい、お待たせいたしました」
まだジュウジュウと音を立てているフライパンを持ったニコスが笑顔でそう言い、肉を焼く時専用のトングを使ってそれぞれのお皿に大きな肉をのせていく。焼いた肉の横には、用意してあった茹でた豆とキャベツを胡桃のソースで絡めた付け合わせが、茹でたじゃがいもと一緒に彩りよく添えられる。
「うわあ、美味しそうだね」
目を輝かせたレイが、アンフィーが用意してくれたスープをそれぞれのお皿の横に置いていく。
パンをカゴに盛り付けて持ってきたレイが、そう言って自分の席に座った。
ニコスが、先ほどタキスが選んでくれた赤ワインの封を開けてコルクを抜き、それぞれのグラスに注いで回る。
「へえ、さすがだなあ。本部の執事と変わらないよな」
感心したようなカウリの呟きに、ニコスは一礼してから席についた。
「では、精霊王に感謝と祝福を、レイと竜騎士隊に皆様の益々のご活躍を願って、乾杯」
今度は立ち上がったタキスがそう言ってグラスを掲げる。立ち上がった全員が唱和してゆっくりとワインを口に含んだ。
「おお、これは美味い」
「全くだな。これは素晴らしい」
ギードとバルテン男爵の呟きに、全員が笑顔で大きく頷く。
「俺、本当にここに来て良かったなあ……ベラとポリーに感謝しないと」
しみじみとしたアンフィーの呟きに、また全員揃って大笑いになったのだった。
そこからは和やかに時折話をしながらの食事となり、王都でレイがやらかした夜会での酔っ払いの話や、レイの遠征訓練の時の様子やマイリー達が遠征訓練に参加した時の話など、話は尽きず笑顔の絶えない時間になったのだった。
三本目のワインが空になる頃、ようやく料理もすっかり無くなり、ニコスが用意していたデザートを出してくれた。
「栗とキリルのジャムのパイだよ。たくさん作ったから、好きなだけ食べていいぞ」
カナエ草のお茶と一緒に目の前に置かれたそれに、レイの目が輝く。
大粒の栗を丸ごと一つ粒ずつパイ生地で包んで焼いたそれは、食べやすいように半分にカットされていて、キリルのシロップ漬けと一緒に綺麗に盛り付けられている。
しかし、カウリとマイリーの前にはまた別のデザートが置かれている。一口サイズにカットして焼いた少し膨れた平たいパイと、こんもりと盛り付けられている果物のシロップ漬けも、レイのお皿のそれとは少し違うように見える。
「あれ、マイリーとカウリのはこれと違うね?」
カトラリーを手にしたレイがそれに気付いて不思議そうにニコスを見る。
「ああ、この栗のパイはレイが喜びそうな甘めのレシピにしてあるんだ。だけどお二方は、甘いものはお好きではないと聞いているからね。だから岩塩とハーブのバターパイを用意したんだ。それから干しぶどうとキリルのブランデー漬け、これはどちらもワインに合うんだよなあ」
確かに、レイやタキス達の前には栗のパイと一緒にカナエ草のお茶や紅茶が並んでいるが、マイリーとカウリの前にあるのは、また新しく封を切った先程とは別のロゼのワインだ。
「お心遣い感謝します」
笑ったカウリとマイリーが、ワイングラスを手に二人揃ってそう言いながらニコスに向かって軽く一礼する。
「当然の事でございます」
笑ったニコスも笑顔で一礼して、それぞれの飲み物をそっと掲げた。
「じゃあ、僕はニコスが作ってくれた栗とキリルのジャムのパイをいただきます!」
慣れた仕草で栗のパイをもう半分に切ってから、嬉しそうに口に入れた。
「本当だ。甘くて美味しいね」
「確かにこれは甘くて美味いのう」
満面の笑みのレイの言葉に、実はかなりの甘党でもあるバルテン男爵も笑顔で何度も頷いていたのだった。
「それで、一体何があったんだ?」
デザートも食べ終え、マイリーおすすめの四十年もののウイスキーの封が切られたところで、ニコスが苦笑いしながらギードとバルテン男爵を見た。
無言で顔を見合わせた二人は、困ったように沈黙していたが、大きなため息を吐いたバルテン男爵が手にしていたグラスをテーブルに置いた。
「俺は、ずっと思っていた。ギードほどの男がこんな辺境の地でいて良いわけはないと。だから……だからマイリー様にお願いしたのさ。ギードをオルダムへ連れて行ってはいただけないだろうか、とな」
「俺も同じ事を思っていましたからね。それでギードに声をかけたんです。レイルズと一緒に、オルダムへ来てくれないかとね。ちょうど軍部の格闘術の指南役の席が空いているので、薦めてみたんですよ。まあ、予想通りに見事に振られましたけれどね」
バルテン男爵の言葉に続き、ウイスキーを一口飲んだマイリーが苦笑いしながらそう言って肩をすくめた。
「ああ、そういう事でしたか……」
納得したニコスの言葉に、何か言いかけたアンフィーは、しかし黙って口をつぐんだ。
「アンフィー、構わないから何かあるなら言ってください。この場は無礼講ですよ」
目敏くそれに気付いたルークが、そう言って軽くグラスを振って頷いてみせる。
ルークの言葉に戸惑うようにしつつも頷いたアンフィーは、軽い咳払いをしてからギードを見た。
「では、失礼して発言させていただきます。俺はここに世話になってはいますが、あくまでも一時的なものです。ですがここで一緒に暮らしていて、ギードをはじめ皆様方の本当に優秀で素晴らしい才能の数々をこの目で見てきました。だからこそ、だからこそ俺もバルテン男爵と同じ事を思っていました。どうして皆さんはここに、この蒼の森にこだわるのだろうと。だって、レイルズ様はオルダムにお屋敷を賜ったと聞きます。俺の知る限り、オルダム在住でない方が竜騎士になられた場合、全て、陛下から直々に屋敷を賜っておられます。ここにおられるお三方しかり。そして、当然のように皆様はその賜ったお屋敷にご家族を住まわせておられるとも聞いています。タキス達とレイルズ様との仲も良好である以上、逆に、俺にはオルダムへ行かない理由が見当たらないんですけれど……?」
恐らくずっと思っていたのだろう。黙ったままのギード達を気にしつつもアンフィーはそう言ってグラスを手にウイスキーを一口飲む。
「もちろん、これはご本人の生き方や人生観そのものに関わる部分ですから、部外者である俺が気軽に口にするような事ではないと思って今まで黙っていました。でも、さっきのマイリー様とギードの会話を聞いていて……俺に何か出来ないかなって、割と本気で思いました……」
最後は消えそうなくらいの小さな声だったけれども、ここにいる全員の耳にちゃんと聞こえていた。
『人の子とは、色々と面倒臭いものなのだなあ。もっと素直になれば良いものを』
窓枠に座って、他の竜の使いのシルフ達と共に彼らの話を聞いていたブルーのシルフは、大きなため息を吐いて呆れたようにそう呟いて首を振るのだった。




