乾杯と親友
「おお、早かったんだな。まだ準備は終わってないんだけどなあ」
揃ってリビングへ戻ってきた一同を見て、窯の様子を見ていたニコスが振り返って笑う。
「うん、構わないよ。えっと、お手伝いする事ありますか?」
ニコスの隣に並んで一緒に窯の様子を覗き込みながら、レイがそう言って笑う。
「じゃあ、ちょっとパンの様子を見ていてくれるか。火蜥蜴達がもう良いって言って火を落としたら、こっちの網棚に取り出してくれ」
パンを取り出す時に使う柄の長いパドルを渡しながらそう言ったニコスは、食器棚のところへ行ってお皿を出し始めた。
「ニコス、お酒は何を出しますか?」
食器棚の横の戸棚の扉を開けながら、タキスが尋ねる。
「夕食は、土産に頂いた黒角牛の熟成肉を焼くよ。もう見ただけで美味しそうな一品だからな。だから赤のワインを頼むよ」
肉用の平たい大きなお皿を取り出しながらそう言ったニコスの言葉に、戸棚を見たマイリーが、タキスの肩越しに一本の赤ワインを指で示した。
「黒角牛の熟成肉なら、濃厚な味わいのこれがおすすめですね。グラスミアのエーベリー工房のヴィンテージですよ」
その言葉に、お皿を机に置いたところだったニコスの手が一瞬止まり、食器が賑やかな音を立てた。
「あ、ああ失礼いたしました」
慌てたようなニコスの様子に、窯からパンを取り出そうとしていたレイが響いた音に驚いて振り返る。
「どうしたのニコス? 大丈夫?」
パドルを置いて慌てて駆け寄ってくる。
「驚かせてごめんよ。ちょっと手が滑ったみたいだ」
「ニコスの手が滑るなんて、珍しいね。えっと、うん。お皿は大丈夫みたいだね」
誤魔化すようにそう言って苦笑いするニコスを見て、机の上のお皿が割れていないのを確認したレイは、小さく笑ってニコスの背中を叩いてから窯の前に戻った。
「驚かせたみたいで申し訳ない。これは俺のおすすめですので、どうぞ遠慮なく飲んでください。せっかくの土産なんですから、良いものは美味いものと一緒に頂かないとね」
にんまりと笑ったマイリーの言葉に、苦笑いして一礼するニコスだった。
「では夕食までもうしばらくかかりそうですから、まずはこちらをいただきましょう。これもグラスミアの……ううん、私は知らないワイナリーの名前ですね。無知で申し訳ない。今年の新酒のようですよ」
笑ったタキスが手にしているのは、薄紅色のロゼのワインだ。
「ああ、これは出来が良かったので土産に入れたワインだな。タキスは知らなくて当然ですよ。これは俺が支援している個人ワイナリーの今年の新酒ですよ。去年は散々な出来だったんだが、今年はもう奇跡が起こったとしか思えないくらいの良い出来でね。まあ、飲んでみてください」
タキスの手からワインの瓶を受け取ったマイリーがそう言い、封をしている蝋を手早く手持ちのナイフで掻き落とす。
それを見たレイが、大急ぎでワイン用のグラスを人数分持ってきて机に並べた。
「じゃあ、夕食までこれでも摘んでいてくれよな」
ニコスが、夕食の準備の合間に手早く摘みを用意してくれる。
ここでは定番の摘みであるロディナの干し肉を裂いたものと干し葡萄と胡桃の入ったお皿を受け取ったレイが、それをテーブルに並べた。
「はい、ニコスとアンフィーもね。一緒に乾杯くらいしようよ」
レイが持ってきてくれたワイングラスを受け取ったニコスとアンフィーが揃って笑顔になる。
「ありがとうございます」
スープの鍋をかき混ぜていたアンフィーが満面の笑みでグラスを受け取る。ニコスも、急いで手を洗ってからワイングラスを受け取った。
いつもなら、お酒を選ぶ際には先陣切って参加するギードとバルテン男爵が、二人揃って一言も発せず、目の前に置かれたワイングラスを見つめたまま泣きそうな顔になっているのに、ニコスとアンフィーは当然気付いている。
しかし、事情を知っているのであろう他の皆が何も言わないのを見て、黙ってグラスを掲げた。
「大切な友のために。乾杯」
タキスとマイリーの無言のやり取りの後、マイリーがそう言ってグラスを掲げた。
「大切な友のために。乾杯」
グラスを掲げた全員がそれを唱和する。
もうその言葉だけで、大体の事情を察したニコスとアンフィーは、マイリーに改めて手にしたグラスを掲げてからゆっくりとワインを飲んだ。
「これは美味しいですねえ」
感心したようなタキスの呟きに、レイも満面の笑みで頷く。それから二人は揃ってギードとバルテン男爵を横目で見た。
「これは……美味いのう……」
「確かに……美味いな……」
顔を伏せたギードの消えそうな声の呟きに、同じくらいに小さな声のバルテン男爵が頷きながらそう答える。
「お前の気持ちも考えず……すまんかった」
「お前の気持ちも考えず……すまんかった」
お互いにそっぽ向いたまま、全く同じ言葉が二人の口から聞こえる。
しばしの沈黙の後、二人とレイが同時に吹き出す。
「もう、ギードとバルテン男爵! 仲良すぎだよ!」
声をたてて笑ったレイの言葉に、タキスとマイリーとカウリが吹き出し、遅れてニコスとアンフィーも揃って吹き出す。
「べ、別に……」
「べ、別に……」
大爆笑になるレイ達を見て、揃って真っ赤になった二人がまた同時に口を開く。
「もう、二人はこれ以上ない仲良しに決定!」
タキスにすがりついて大笑いするレイの言葉に、もう一度吹き出したギードとバルテン男爵は、泣き笑いの顔を見合わせてお互いの腕や肩をバンバンと叩き合った。
「そうじゃな。今更お前を相手に変な遠慮も気配りもいらぬわな」
「おうさ。今更お前にそんな事されたら、俺の背中が痒くなるわい!」
「余計な世話であったな!」
「余計な世話はもうごめんぞ!」
「あ、今度は仲良しじゃなかった」
顔を見合わせて笑いながらの二人の言葉は、今度は残念ながら最後が揃わず、笑ったレイの言葉にまた全員揃っての大笑いになったのだった。




