ギードとの対決
「ねえギード、以前はこれでしたけれど、再戦はこっちでお願いしても構いませんか?」
ギードを振り返った笑顔のルークが手にしているのは、ひと組のトンファーだ。
「おお、もちろん喜んでお相手いたしましょうぞ」
にっこりと笑ったギードが頷き、壁に掛けてあったトンファーを見てそこからひと組選んで手に取る。
「ですがその前にまずは準備運動からですな。これだけ気温が下がっておると身体も硬くなっております故、迂闊な事をすれば怪我の原因となりますぞ」
「ああ、もちろんです。お互い怪我には気をつけないとね」
羽織っていた綿兎の毛糸で編まれたカーディガンを脱いだギードの言葉にルークとカウリも頷き、それぞれ着ていた厚手の服を脱いでシャツ姿になる。
レイもそれを見て、大急ぎでニコスが編んでくれた綿兎のセーターを脱いでシャツ姿になった。
靴は普段履いている底の分厚い革靴ではなく、訓練場内専用の柔らかな鹿革の靴だ。これは訓練場に入る際に全員が履き替えている。
ルークとカウリには新しいものをギードが取り出して、サイズの合うものを渡したのだ。レイは、ちゃんとサイズを合わせてオルダムから持って来ていた自分専用の靴を、ここにも置いてもらっている。
いつもの準備運動を始めた二人を見て、レイとギードも一緒に準備運動を始めた。
それからルークとカウリ、レイとギードの二組に分かれて棒でこれも準備運動を兼ねて軽く手合わせを始めた。
「それじゃあ頑張ってね、ギード。ルークは強いよ」
一通りの手合わせが終わったところで、笑顔のレイがそう言ってギードの背中を叩いた。
「わはは、怖い怖い。ならば明日は寝込んでおるかもしれぬので、仕事は全部レイにやってもらおうかのう」
置いてあったトンファーを手にしたギードは、肩をすくめながら笑っている。
「では、始めましょうか」
ルークも選んだトンファーを手に進み出る。
「ほら、タキスもこっちへおいでよ。もっと近くで見ないと!」
振り返ったレイが満面の笑みで離れて見ていたタキスを手招きしながらカウリの隣に並んで座る。それを見て苦笑いしたタキスも、早足でレイの隣へ来て座った。
「では、お願いします!」
ギードとルークの声が重なる。
次の瞬間、同時に前に出た二人のトンファーが激しい音を立てて交差して即座に離れた。
「うおお、すっげえ。あのルークの打ち込みを当然のように受けたぞ」
感心したようなカウリの呟きが聞こえた直後に、激しく打ち合い始めるルークとギード。
身長差で言えばルークの方が遥かに背は高いのだが、ギードはどっしりと低い重心で下から力任せに打ち込んでくる。受けるルークはどうしても体を屈めなければならず、思ったような攻撃が出来ない。
「こうでなくちゃあな!」
しかし、一方的に押されていたように見えていたルークだが、なぜか嬉しそうにそう叫んでギードが打ち込みにきたところを下からトンファーを絡めて受け、そのまま腕で引っ掛けるようにして振り上げたのだ。
ルークが何をしようとしているのか気がついたギードが咄嗟に下がろうとしたが果たせず、ルークの持つトンファーの先がギードの持つトンファーを見事に絡め取った。
甲高い音を立てて、吹っ飛ばされたギードのトンファーが床に落ちる。
「いや、お見事でした。これは一本取られましたわい」
両手を頭上に上げて降参の姿勢になったギードが、大きなため息と共にそう言って首を振る。
「うわあ、決まってよかった。ありがとうございました! いやあ、ギードの打ち込み、重すぎですよ。冗談抜きで身体ごと弾き飛ばされるかと思った。なあ! カウリもせっかくだから手合わせしてもらえよ。すっげえ強いぞ。冗談抜きでマイリーと同格だって!」
目を輝かせたルークの大声に悲鳴を上げたカウリが逃げ出そうとするのと、隣に座っていたレイがカウリを捕まえるのは同時だった。それを見てカウリ以外の全員が同時に吹き出す。
「よし、よくやったぞレイルズ。ほらカウリはどれを使うんだ?」
楽しそうに目を輝かせるルークの言葉に、思いっきりため息を吐いたカウリがレイの肩に手をかけて立ち上がる。
「強いのは見りゃあわかるって。確かにあれはマイリーと同格だよ。でもってあの体型だもんなあ。俺らみたいに背が高い奴はそれだけでも不利だってのによお」
もう一度ため息を吐いてから壁にかかってたトンファーを見て、無言でひと組選んで進み出る。
「お手柔らかに願いますよ。何しろ年は食ってますが新人なもんでね」
そう言いつつ軽くトンファーを振るカウリの様子を見ていたギードは、無言で頷きゆっくりと構えた。
「こちらこそお手柔らかに願いますぞ。では、よろしくお願いいたします」
「はいな、よろしく」
静かなギードの真剣な声に、力が抜けたカウリの返事が返る。
しばし無言で見つめあった後、同時に動いて一気に激しい打ち合いとなった。
「うわあ、カウリも凄い……」
両手を握りしめて口元に当てたレイが、ごく小さな声でそう呟く。しかしその目は二人の動きに釘付けのままだ。
「やるなあ」
「カウリ様こそ!」
懐へ飛び混んできたギードを、咄嗟に立てたトンファーで防いだカウリが、トンファー越しに睨み合い合いながら軽い口調でそう言って笑う。
「一応それなりに鍛えております故、そう簡単には負けは致しませぬぞ!」
ギードも、交差したトンファー越しにそう言ってにんまりと笑う。
「でも俺、持久力無いんすよね! なので決めさせてもらうっす!」
ギリギリと互いの力が拮抗していたところで、不意に力を抜いたカウリがそう叫んで下がり、即座に体を低くしてちょうどギードに飛びかかって足払いを掛けた上に、同時に右横からトンファーで力一杯ぶん殴りにいったのだ。
「うわあ! 危ない!」
「カウリそれは危ないって!」
「ギード!」
見学していたレイが咄嗟に立ち上がって叫び、ルークとタキスの悲鳴が重なるのと、トンファーが打ち合う甲高い音が訓練場に響き渡るのは同時だった。
「お見事」
ギードとカウリの笑った声が聞こえても、立ち上がった見学者の三人は何が起こったのか分からず拍手も出来ずに呆然としていたのだった。




