ギードの仕事場と訓練場
「へえ、凄いや。見た事が無い道具が、本当にいっぱいに並んでいるねえ」
作業用の机の周りの壁に作り付けられたペン立てや道具入れに、確かに見た事が無い様々な道具が所狭しとばかりにぎっしりと収められている。
「この辺りのは、ミスリルの細工物を作る際に使う専用の道具じゃよ。削る、角を落とす、穴を開ける。様々な作業一つ一つに、それぞれ専用の道具があり、それらを一から作るのも職人の仕事のうちなんじゃよ」
興味津々で道具を見ているレイの様子を嬉しそうに眺めていたギードが、棚から一つ道具を取り出してレイの前に翳して見せた。
「たとえばこれ。このごく小さな先端部分が刃になっておって、これは金属の土台部分に細かい彫刻を施す際に使う道具じゃ。ほれ、こんな風にして使うのじゃよ」
そう言って、机の上に置いてあった土台用の硬い粘土に固定した金属の部品を示す。
その言葉に、レイだけでなくルーク達も興味津々で集まってくる。
「へえ、この模様ってよく見る蔓草模様ですね。うひゃあ、これってこんな風にして一つずつ彫刻してあるのか!」
「うわあ、本当だ。すっげえ!」
椅子に座ったギードが、その金属の部品に描かれていた細やかな蔓草模様の茎の部分を手にしたごく細い彫刻刀を使って彫り始めた。
全員が無言で見つめる中、少しだけ彫って見せたギードが手を止めて顔を上げると、全員から歓声が上がり拍手が沸き起こった。
「いやいや、この程度の事ならば、ちょっとした職人ならば皆当たり前に出来ますぞ。皆様方がお持ちの剣に施された彫刻は今お見せしたこれと同じ手法で作られております。どれもため息が出るほど見事な出来でございますから、ワシなど到底足元にも及びませぬ」
慌てたようにそう言って顔の前で手を振るギードの言葉に、レイは思わず自分の剣帯に装着している剣を見た。
今装備しているこの剣は、遠征訓練から戻ってきてすぐに招かれた奥殿での夕食会の際に、陛下からお祝いの品として頂いた剣だ。
以前使ってた剣よりもひと回り以上大きくて長い為、最初の頃はちょっと扱いづらくて大変だったがすぐに慣れた。毎朝、朝練の際に使っている木剣もちょうどこれくらいの大きさのものだ。
ギードの言葉に改めて手に取って見て、隅々にまで施された細やかで丁寧な彫刻の見事さにため息が出た。
「確かに、これにもすごく綺麗な彫刻が施されているね。だけどギードが作っているそれだって、全然負けていないと思うよ。何が出来るんだろうね」
無邪気なその言葉にギードが嬉しそうに笑う。
「そう言うてくれるのを聞くと、ほんに嬉しいのう。まだまだワシも頑張らねばならぬと思うわい」
目を細めてそう言い、作業中のそれを見た。
実を言うと、これは竜騎士となるレイへの祝いとして作っている品の一部なのだ。
「まあ、何を作るにしてもそれなりに時間が掛かりますので、仕上げるのは簡単ではありませぬがな」
肩をすくめるその言葉に、その場にいたレイ以外の全員は、ギードが何を作っているのか何となく察して揃って苦笑いしていた。
そのあとは、他の道具も見ながら主にレイが質問して、ギードは律儀に何に使うのかをいちいち説明して、時には先程のように実際に使って見せてくれたのだった。
「さて、それでは訓練場を開けますので、夕食まで少し運動といきましょうか」
出していた道具を元の場所に片づけたギードの言葉に、皆が笑顔で頷きギードの案内で訓練場へ向かった。部屋に入るなり目に飛び込んできた、壁面の道具掛けにぎっしりと並んだ様々な訓練用の道具を見てルークとカウリが驚きの声をあげる。
「へえ、思ったよりも広いなあ。おいおい、これはすごいぞ」
「本当に広くて良い訓練場だなあ。それにあれ、何だかもの凄い数の道具が揃ってるんだけど。ええ、ここはギードとニコスが使っているんですよね? もしかしてタキス殿も、実はすごく腕が立つとか……ですか?」
二人で使うにしては、あまりにも多い道具の数々を見て二人がまた驚きの声をあげる。
「ご冗談を。私は武術の心得など無いただの素人ですよ」
慌てて顔の横で手を振るタキスの言葉に、レイとギードは何か言いたげにしつつも顔を見合わせて揃って笑った。
まあ、確かにタキスは身軽ではあるが、ギードやニコスのような基礎からの武術の心得は無い。あくまでも護身術を少し使える程度だ。
「ですので私は、ここは大人しく見学させていただきますね。どうぞ皆さん、頑張ってください!」
にっこり笑ったタキスは、そう言って少し下がり壁際に離れて座った。
「壁面にあるあれらはドワーフギルドの者達が持ってきた物がほとんどでございます。冬の間は休みにしておりますが、ミスリル鉱山に、定期的にドワーフギルドから応援の者達を寄越してもろうておるのです。それで、その後にここへ立ち寄り泊まっていってもろうております。そうしたら、せっかくなので運動したいと言い出した者が何人かおりましてな。ならばとここを開けてやると、貸してもらったかわりだと言うて次々に自作の武器を持ち寄り始めました。それで半分冗談で壁面に金具を取り付けてやったら、それはもう張り切って道具を増やすものだから、いい加減にしろと言うて途中で止めましたぞ」
「あはは、そりゃあギードが悪い。そんなのされたら俺でも何か持って走るぞ」
笑ったカウリの言葉に、吹き出したルークも頷いている。
「まあ、そんなわけで武器は選び放題ですぞ。一通りは確認しましたが、まあどれもそれなりによく出来ております。どうぞ、どれでもお好きな武器をお選びください。作った者達も竜騎士様にお使い頂けたと聞けば喜びましょう」
得意げなギードの言葉に二人も頷き、レイも加わって早速武器選びを始めるのだった。




