仕事部屋にて
「ほら、こちらの部屋がそうですぞ。今は炉には火が入っておりませんので何も出来ませんが、どうぞお好きなだけ見学なさってください」
仕事部屋にレイ達を連れてきたギードは、にっこりと笑って両手を広げて見せた。
「へえ、ここがギードが使っている炉なんですか? お城の工房で見る炉よりもかなり小さいんですね」
興味深々で、今は火の落ちた真っ暗な炉を覗き込むカウリの言葉に、ギードが笑顔で頷く。
「はい、それは当然でございましょう。お城の工房であれば職人も大勢おられましょうから、何か作る際には複数の作業を同時進行する事になるでしょう。そうなれば巨大な炉が必要となるのは当然でございます。それとは違い、ここでは作業するのは基本的にワシ一人でございます。故に、実を申せばこれでも大き過ぎなくらいでございます。こことは別の部屋には共同作業用の大きな炉もございますが、そちらはワシがこの家へ来てから一度も火を入れておりませぬ。もしもあれを使うとなれば、事前に火蜥蜴達を入れてしっかりと炉を温めて火の道を整えてもらわねば、間違いなく使い物になりませぬ」
苦笑いするギードの説明を、ルークとカウリだけでなくレイも一緒になって真剣に聞いていたのだった。
「こちらが種火でございます。毎年、年末と年始の火送り火迎えの儀式の後、新しく分けていただいた種火を火蜥蜴からもらって、ここの種火も交換いたしますぞ」
壁面の戸棚の中に置かれていた火の灯った太い蝋燭が設置されたランタンを、ギードがそう説明しながら指を差す。
「ああ、あの蝋燭って見た事があるね。確か、火送りと火迎えの儀式の時に火蜥蜴から新しい火を貰った蝋燭だよね」
目を輝かせるレイの言葉に、ギードが嬉しそうに頷く。
「おお、覚えておったか。そうじゃよ。これは毎年秋にブレンウッドへ行った際に、神殿でまとめて一年分購入してくる火種専用の芯の太い蝋燭でな。神殿で祝福を授けてもらったもので、これ一つでひと月以上保つ。祝福の効果もあって火の精霊達との相性がとても良く、火が消えにくいのじゃ。毎月、月初めに小さくなった古い蝋燭から新しい蝋燭に火種を移していき、そうやって一年間、ずっと同じ種火を大切に使うのじゃよ」
笑ったギードが、戸棚に置いてあった木箱を開けて見せてくれた。
その中には、まだぎっしりと蝋燭が入っている。
「へえ、神殿でそんな事までしてくれるんだね」
無邪気に感心するレイを、ルークが面白そうに見ている。
「言っておくけど、今年の年末から年始にかけては、レイルズとカウリも一通りの儀式の立ち合いをしてもらうからな。年末年始は儀式続きの上に夜会や会食の予定も入るから、俺達竜騎士は本当に忙しいんだぞ」
「そうなんですね。頑張って覚えるので教えてください! あ、じゃあもしかしてジャスミンやニーカが、成人して見習いになると、参加する儀式が年末年始には多かったりするの?」
「おう、もちろんそうだよ。竜司祭として今後彼女に参加してもらう儀式や祭事が一通り決まったから、年明け以降にまずは見習い巫女としてそれぞれの儀式や祭事に参加して、詳しい内容やお祈りについて順番に覚えていってもらう予定だよ。これに関しては、タドラが本当に色々と頑張ってくれたんだよ。いやあ、あいつも頼もしくなったよな」
嬉しそうなルークの言葉に、横でカウリも一緒になって嬉しそうな笑顔で何度も頷いている。
「確かに、面倒な神殿との交渉ごとや打ち合わせなんかは、ほぼ彼が中心になって取りまとめてくれたんだよ。城の精霊王の神殿の別館側の窓口になってくれているフォーリィ神官、ああ、正確にはフォーレイド正一位高等神官殿も、タドラの仕事ぶりには感心しておられたよ」
「確かに。神殿側とほとんど揉める事もなくこれだけ詳細に竜司祭の担当を決められたのは、間違いなくタドラの手柄だもんなあ」
ルークとカウリがそう言ってうんうんと頷き合っている。
「へえ、そうなんだね。うう、僕ももっと頑張らないと!」
まだまだ、自分一人では何も出来ないレイは、不意に不安になって最後は小さな声でそう呟く。
『心配はいらぬよ。言うたであろうが。今の其方の一番の仕事は、心身共にしっかりと鍛えて大きくなる事だよ』
ふわりと現れたブルーのシルフの優しい言葉に、顔を上げたレイが苦笑いしながら小さく頷く。
「それはもちろんだけど、身体の方はもう充分過ぎるくらいにしっかり育っているから、そっち方面はもう止めてくれても大丈夫だぞ」
笑ったルークの言葉にカウリが堪え切れないように吹き出し、レイとタキス、それからギードまで一緒になって吹き出した。
「ルーク酷い! でも僕はもうちょっと筋肉を付けたいんだけどなあ」
笑いながら抗議したレイは、小さなため息を一つ吐いて、腕を曲げてみせる。
「その身長でヴィゴ並の筋肉が付いたら、俺達が勝てる要素が何一つ残らないから、先輩達の名誉のためにも、そろそろ打ち止めにしてくれ」
割と本気なカウリの言葉に、全員がほぼ同時に吹き出し大爆笑になったのだった。




