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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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それぞれの生い立ちと今

「いやあ、もう聞けば聞くほど最高だな」

 笑い過ぎて出た涙を拭いながら、バルテン男爵がそう言ってまた吹き出す。

「もう、勘弁、して、ください……」

 顔を覆って机に突っ伏したアンフィーは、もう笑い過ぎて呼吸困難になっている。

「レイルズの寝癖は、俺達の間でも毎回笑いの種になっているんですけど、まさかここでも毎朝やっていたとはねえ」

 同じく、笑い過ぎて出た涙を拭いながらルークがそう言って上を見る。

 呼びもしないのに勝手に集まって来ていたシルフ達が、ルークの視線に気づいて楽しそうに笑って一斉に投げキスを贈った。

「毎朝、無駄に張り切ったシルフ達が、レイルズの髪の毛で嬉々として遊んでいるのが目に見えるようだな」

 腕組みをしたマイリーのしみじみとした呟きに、カウリが堪えきれずに吹き出す。

「む、無駄って……無駄って言ったし」


『ええ〜〜』

『無駄じゃないもん』

『無駄じゃないもん』

『楽しいんだからいいの!』

『楽しいんだからいいの!』

『いいのいいの!』

『いいのいいの!』

『ね〜〜!』

『ね〜〜!』

 笑いさざめきながら口々にそう言ってはまた笑うシルフ達。

 笑いを堪えたニコスが、一人だけシルフの声が聞こえないアンフィーにこっそり通訳してやり、顔を見合わせてまた笑っていた。



「ああもう! 皆揃って僕の髪で遊ばないでくださ〜〜い!」

 隣に座ったタキスとお互いにすがるようにして笑い崩れていたレイが、なんとか身体を起こして、笑いながら口を尖らせるという器用な事をしながら抗議する。

 しかし、ようやく顔を上げた一同が見たのは、レイの頭頂部の辺りの髪の毛をせっせと絡め合って遊び始めているシルフ達の姿だった。

 当然、シルフ達が見えないアンフィーにも、空中で器用により合わされて勝手に絡まり合っている髪は見えているので、これまた全員揃って勢いよく吹き出してしまい、またしても大笑いになる。

「へ? 今の笑いは何に対する笑い?」

 一人状況が掴めていないレイの言葉に、皆、俯いたまま誰も答えない。

「あれ……もしかして……」

 眉間に皺を寄せたレイが、無言で自分の頭を触り、情けない悲鳴を上げる。


『残念残念』

『見つかっちゃったね〜〜』

『残念残念』

『見つかっちゃったね〜〜』


 振り回すレイの手から逃れたシルフ達が、頭上でそう言いながら揃って残念そうに肩を落とす。

「だから僕の髪はおもちゃじゃありませんってば〜〜〜!」

 頭を抱えたレイの抗議に、シルフ達はそそくさとレイの絡まった髪を解き、それを見ていつまでも笑いの止まらない一同だった。



「いやあ笑わせてもろうたわい」

「俺は腹が痛いぞ」

「しかし、そろそろ上の家畜達を集めて厩舎に戻してやらねばな」

「全くだ。いい加減にせねば日が暮れてしまうわい」

 ギードとバルテン男爵の言葉に、頷いたタキス達もなんとか笑いを収めて立ち上がった。

「ああ、片付けは私がしますので、どうぞそのままに」

 こちらも笑いを収めたルーク達が、飲み終えたお茶のカップを集めて運ぼうとするのを見たニコスが慌ててそれを止める。

「どうぞお気になさらず。郷に入っては郷に従えってね。家畜の世話はさすがにやった事が無いのでお手伝い出来ませんが、これくらいなら俺達でも普段からやっていますので、どうすればいいかくらい分かりますよ」

 笑ってそう言い、重ねたカップをニコスに渡す。

「お、恐れ入ります……」

 戸惑うようにしながらカップを受け取ったニコスが急いでそれを洗い場へ持っていく。残りのカップを集めたレイとタキスがそれに続く。

「そうか。よく考えたら竜騎士だなんて偉そうな身分だけど、今ここにいるのって全員生粋の貴族じゃあないよな」

 その後ろ姿を見送りながら苦笑いしたルークの呟きに、カウリとマイリーが揃って笑いながら何度も頷く。

「確かにそうだなあ。俺は一応は地方貴族の庶子扱いだけど、生まれも育ちも辺境農家の末っ子で、十六で志願して入隊した後は、やっていたのはひたすら地味な倉庫番の、しかも便利屋扱いされる何でも屋の部署だったからなあ」

「ええ地味だけど、後方支援だって大事なお仕事だよ!」

「あはは、ありがとうな」

 テーブルを布巾で拭いていたレイの言葉に、カウリは嬉しそうに笑っている。

「それを言うなら俺なんて、身分で言えばそもそも貴族ですらないぞ。ちょっと実家が金持ちなだけの地方豪族の次男坊だ」

 マイリーがそう言って笑いながら肩をすくめる。

 オパールを始め、さまざまな種類の宝石を多数産出する良質な宝石鉱山を複数所有しているマイリーの実家は、地方貴族どころか、オルダム在住の下級貴族達の総資産でさえも余裕で上回るほどの資産を有している。それがどれほどの事なのかをよく知るバルテン男爵とギードは、揃って呆れたような顔でマイリーを見ている。

「俺も一応は公爵家の庶子扱いだけど、生まれも育ちもハイラントのスラム出身で、十歳くらいには愚連隊に入ってヤクザ者相手に散々やんちゃしていた悪ガキだぞ。正直に言うと、犯罪だって言われるような事……多分全部やってると思うなあ」

 誤魔化すように天井を見ながらのルークの言葉は、賢明な事にその場にいた全員が聞かなかったふりをした。

「僕なんて、自由開拓民の村出身の生粋の農民だもんね〜〜」

 なんとなく妙な雰囲気になったところで聞こえた無邪気なレイの発言に、密かに安堵する一同だった。



 無言で机の下でルークの足を蹴ったマイリーが、一つ深呼吸をしてからバルテン男爵に向き直る。

「では家畜達を厩舎へ戻したら、まずは俺が持ってきた金具の検品からですね」

「そうですな。私も気になっておりますので、早く確認したいです」

 立ち上がったバルテン男爵の言葉に、レイはギードの背中を叩いた。

「じゃあ、上の子達は僕とタキスとアンフィーが連れて降りるから、ギードはバルテン男爵やマイリー達と一緒に、このまま向こうの部屋へ行ってよ。僕らも片付けたらそっちへ行くからさ」

 慌てるバルテン男爵の背中も叩いたレイは、彼らが何か言うよりも早くタキスとアンフィーと一緒に手を振って居間を出て行ってしまった。

 その後ろ姿に声を掛けそびれたギードは、苦笑いして首を振るとそのままバルテン男爵と頷き合ってからマイリー達を連れて、ひとまずギードの家へ移動していった。

 ニコスはそんな彼らを見送ってから、ウィンディーネたちに手伝ってもらって急いで洗い物を始めたのだった。

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