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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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面会の終了とケットシーの話

 まだ膝の上で頑張っている猫のレイを、笑顔のレイが優しく撫でている。

「ほら。僕はもうお部屋に戻るから、君は自分の椅子に行けば良いだろ」

 一つため息を吐いてそう言うと、膝の上の猫を抱き上げて先程の豪華な椅子に連れて行った。

「それじゃあねレイ。危ないから、もうあんなところに登っちゃ駄目だよ」

 話しかけながら、ふかふかの毛皮の敷かれた椅子に乗せてやる。

「マティルダ様、ありがとうございました。どうか、これからよろしくお願いします」

 改めて頭を下げると、マティルダ様はにっこり笑って、レイの前に立った。

「ええ、貴方がここで暮らす日が来るのを楽しみに待つ事にします」

 かがんでレイをそっと抱きしめると、その額にキスを送った。

「貴方のこれからの人生に幸多からん事を。精霊王とお母上は、常に貴方の隣にいますよ」

 静かなその声は、やっぱり母さんにそっくりだった。


「それでは我らはこれにてお暇致します。本日は、わざわざのお越し、ありがとうございました」

 マイリーが王妃の前に跪き、差し出された手の甲にキスを送った。

「それでは、何かあったらいつでも遠慮無く知らせてくださいね。レイルズの事、よろしく頼みます」

「格好良い……」

 跪くマイリーと、凛と立つ王妃の姿は、まるで絵本の中にあった一場面のようだった。その光景に見惚れたレイは、思わず考えていた事をそのまま声に出して呟いてしまい、慌てて口を塞いだ。

 しかし当然、当事者達には聞こえていた様で、立ち上がったマイリーが、苦笑いしながらレイの頭を手で軽く叩いた。

「そんなに褒められると照れるな。俺に惚れるなよ」

 驚いたレイが顔を上げるのと、ガンディとマイリーと王妃が吹き出すのは同時だった。レイも冗談だと分かって一拍遅れて吹き出した。

「お主がそんな冗談を言うのを、儂は初めて聞いたぞ」

 王妃も口元を手で押さえているが、どう見ても目は笑っている。

「私も、貴方がそんな風に笑うのを初めて見たわ。すごいわ、子供って偉大ね。誰にも出来なかった事を、これほど容易くして見せるんですからね」

「なんとでも言ってください。レイルズ、それじゃあ戻ろうか」

 軽くレイの背中を叩いて、逃げる様にマイリーは庭に出てしまった。

「おやおや、逃げられてしもうたわい。もうちっと、遊びたかったのにな」

「私もだわ。彼の笑顔をもっと見たかったのに」

 王妃様まで、ガンディの横に並んで庭の方を向いて残念そうに言っているのを見て、何と無くマイリーが逃げた訳が分かった気がした。

 もしかして、これからは自分もこんな風にからかわれる事になるのだろうか?ちょっと不安になるレイだった。

 呆気にとられて一連のやり取りを見ていたタキスが、笑いを堪えながらレイの肩に手をかけた。

「とにかく戻りましょう。それでは王妃様、失礼致します。どうぞ、レイルズの事を宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げたタキスを見て、王妃はにっこり笑ってその前に立った。

「ええ、貴方の息子は確かにお引き受けいたします。ですが、貴方にもまだまだ頑張ってもらわねばね。エイベル様のお父上様」

「恐れ多い。私は、ただの人でございます」


 今までとまた違った若干の不安を残しつつ、こうして無事に後見人候補との面会は終了したのだった。



 先程の部屋に戻った四人は、一旦、執事の入れてくれたお茶を前に休憩していた。

「お疲れさん。まあ予定外の事もあったが、無事に終了して良かったよ」

「そうじゃな、レイルズがマティルダ様と一緒に部屋に戻って来た時には、何がどうなったのかと驚いたがな」

 笑いながらお茶を飲む二人を見て、タキスがレイの顔を覗き込むようにして尋ねた。

「レイ、気になっていたんですが、どういう展開で王妃様と一緒に部屋に来たのですか?」

 ビスケットを齧っていたレイは、飲み込んでから顔を上げた。

「えっと、そこの石像を見たくて庭に出たんです。そうしたら、向こうの背の高い木に猫がいるのに気が付いて、えっと降りられなくなってたみたいだったので、シルフに頼んで降ろしてもらったんです」

「猫を、シルフに頼んで降ろしてもらった?」

 マイリーの声に、レイは頷いた。

「はい、シルフが三人がかりで僕の腕に降ろしてくれました。そうしたら、逃げるかと思ったら全然逃げなくて、座ったら当然のように膝に来て動いてくれなかったんです。そうしたら、探しにこられた王妃様の声が聞こえて……」

「成る程、それで部屋まで連れて来たのか」

「はい、でも初めはあの方が王妃様だって知らなくて、僕、何か失礼な事言わなかったかな?」

 不安になって来たが、少なくとも王妃様は怒っていないと言ってくださったのを思い出した。

「マティルダ様は、元々、何と言うか……非常にさっぱりした性格の方でね。無駄な媚やおべんちゃらを何より嫌う、あの方の信頼を得ようと思ったら、誠実が一番だ。だから、俺は心配はして無かったぞ。ちゃんと話しができれば、間違いなくマティルダ様はレイルズの事を気に入ってくださると思ってたからな」

「確かにそうだな。まあ何であれ無事にすんで良かったわい」

「それでは戻ろうか。っと、また着替えないとな」

 机の上のベルを鳴らすと、服を手にした第二部隊の兵士達が部屋に入って来た。

 手伝ってもらって、ここに来る時に着ていた、第二部隊の一般兵士用の服に着替えた。

 また彼らに取り囲まれる様にして、竜騎士隊の本部のある別の建物まで、皆一緒に歩いて戻った。


「おお、お帰り。謁見の成功おめでとう」

「お帰り。無事にすんで良かったね」

「お帰り。大成功おめでとう」

「お帰り。それで、どうだったんですか?」

「お帰り。どんなだったのか聞きたいです!」

 案内されて向かった休憩室には、待ち構えていた五人から大歓迎を受けた。

 剣を外して壁際に置くと、レイは嬉しそうに若竜三人組とルークのところに飛んで行った。ロベリオが笑って腕を広げてくれたので、遠慮なく抱きついた。

「でっかい子供のお帰りだ」

 笑って抱きしめてくれたロベリオが、そう言って手を離した。

「それで、どんな風だったのか聞かせてよ」

 目を輝かせる四人を前に椅子に座ったレイは、王妃様と庭で会った時の事や、猫のレイが木から降りられなくなっていたのを助けた事などを話した。

「ええ? シルフに猫を降ろしてもらったの?」

「すごい。もうそんなに使いこなせるんだ」

「さすがは古竜の主だな」

「本当だね。すごい!」

 口々に褒められて、レイは驚いてタキスを見た。

「えっと、別に大した事してないと思うんだけど……」

 タキスは苦笑いして首を振った。

「貴方は自覚が無いようですが、それは風の精霊魔法の中でも、かなり難しい部類に入りますね。まず、生き物相手に風の精霊魔法を使って無事だと言う時点ですごいです。そして、対象となった猫が全く貴方を怖がらなかった事。これは、シルフが猫に対して一切攻撃の意思を見せなかった為です」

 周りで、全員が大きく頷いている。

「それはつまり、貴方がシルフ達を完全に支配下に置いている事を意味するんです。分かりましたか? 良かったですね、ずいぶん腕を上げたようだ。教えている私としても、嬉しいですよ」

 側に来て、頬にキスしてくれた。

「上手になった?僕」

「ええ、とても上手に出来ましたよ。ご褒美をあげても良いくらいです」

 笑うタキスと顔を見合わせてレイも笑顔になった。

「今度のご褒美は何かな?」

「何にしましょうか、考えておきます」

 笑うタキスに、もう一度レイは抱きついたのだった。


 その間にロベリオ達がガンディの所に行って、何やら顔を寄せて話をしているのを、背を向けていた二人は気付かなかった。

「レイルズ! ちょっと話を聞かせろ!」

 いきなり大声で名を呼ばれたレイは文字通り飛び上がった。タキスも半瞬遅れて飛び上がった。

「はい! 何でしょうか!」

 思わず直立して大きな声で返事をする。隣でタキスも直立していた。

「お、お、お前、お前、野生のケットシーに会ったと言うのは誠か! 何処じゃ、何処の森じゃ!」

 いきなり駆け寄って来たガンディに、両手で両肩を力一杯掴まれて、思いきり揺さぶられる。

「ま、待って、くだ、さ、い、あの」

 思い切り振り回されて、目が回りそうだ。ついでに言うと、首が痛い。

「ガンディ、落ち着いて手を離してやってください。それじゃあ、レイルズが首を痛めますよ」

 マイリーがガンディの肩に手をやり、何とか止めてくれた。慌てたタキスが駆け寄って、背中を撫でてくれた。

「師匠、いきなり何事ですか?」

 咎めるようなタキスの声に、ガンディは叫ぶ。

「これが落ち着いていられるか! 野生のケットシーの存在が確認されたんだぞ。しかも(つがい)じゃと言うでは無いか! 今すぐにその一帯を保護地区にせねば!」


 ああ、あの話か。


 若干痛くなった頭を押さえて、レイは興奮するガンディを見た。

「えっと、ブルーに聞いた方が正確な場所は分かると思います。蒼の森じゃなくて、その東にある別の森の湖の畔でした。でも、すごく深い森の奥の方だから、普通の人は入れないと思います。念の為森の守りを強化するって……えっと、ブルーが言ってました」

 最後は無理矢理ブルーに押し付けて、何とか説明した。

「竜の発見時の長距離移動の原因はそれか」

 呆れたような、ヴィゴの言葉にレイも頷いた。

「えっと、そうだったみたいです」

 色々説明を端折った気がするが、何とか笑って誤魔化した。

「あ、でもそれなら……」

 思わず横から口を出したタキスに、ガンディが詰め寄る。

「何だ、お前は何を知っておる? 全部言え!」

「確か、竜の背山脈の北の森にケットシーの番がいるとシルフから聞きました。雛を引き取ってくれたのは、また別の番で、竜の背山脈の東側の森だった筈です。ええと、その年の子は弱くて育たなかったと聞きました」

「雛の元々のお母さんは、密猟者に殺されたって聞きました。雛がいたもんだから、捕まえて売り飛ばされたって」

 それを聞いたガンディは肩を落とした。

「少なくとも、密猟者に母親は殺されたのか」

「幻獣を狩れるほどの腕の持ち主が、密猟者をやっている事実も見過ごせん」

 初めてこの話を聞くマイリーが、怒りも露わにそう言って机を叩いた。

「全くだ。どんな事情があるにせよ、ろくな死に方はせんぞ」

 吐き捨てるようにガンディが言い、皆も大きく頷いた。

「どうやら、どちらの番いがいる場所も、人の住む世界とはかなり離れた、隔絶した安全な場所のようだな」

 安心したガンディが、ため息と共に呟いた。

「俺達みたいに、空を飛んで行かない限り大丈夫って事だな」

 ルークの言葉に、レイも頷いた。

「ブルーの翼でも、行って帰るだけで一日がかりだったよ」

「なら、保護区の件は必要なさそうじゃな。まあ良い、後でもう一度詳しく聞かせてくれ」

 椅子に座ったガンディを見て、頷いたレイも小さくため息を吐いた。


 何だかものすごく疲れた一日だった。

 気を抜くと寝てしまいそうな程の眠気が急に襲ってきた。堪えきれずに、咄嗟に下を向いて何とか欠伸を誤魔化したが、周りには丸分かりだったようだ。

「さて、二人には兵舎に部屋を用意しましたので、今日はここで休んでください。それじゃあ今日はこれで解散だな」

 マイリーがそう言って立ち上がった。

 廊下にいた第二部隊の兵士にいくつか指示を出し、そのまま部屋を出て行った。

「お疲れ様でした。もう今日のところは休んでください。明日以降は、予定の調整がまだ終わっておりませんので何とも言えませんが、陛下と皇太后様も二人にお会いしたいと仰っておられます」

ヴィゴの言葉にレイとタキスは戸惑いを隠せなかった。

「陛下って……皇王様?えっと、皇太后様って?」

「皇太后様は、皇王様のお母上様です。畏れ多い。我らのような只の市井の者がその様な……」

「只の市井の者……ね」

 呆れた様なヴィゴの声に、ガンディも呆れた様に続けた。

「いい加減、其方は自分の値打ちを自覚しろ」

 ヴィゴが大きく頷いて同意した。他の者達も同じ様に後ろで頷いている。

 レイとタキスは、顔を見合わせた。

「そんなこと言われてもね……」

「そうですよ。こっちは森に暮らす農民なんですから」

 大きなため息が、後ろの者達から聞こえた。


「いつになったら帰れるんだろう……」

 森の生活を思い出したレイが、しょんぼりするのを見て、タキスは慌てた。

「何を言ってるんですか。貴方はこれから此処で暮らすんですよ。今から郷愁に駆られてどうするんですか」

「だって……ニコスやギードに会いたいよ」

 顔を上げたレイの悲しそうな顔を見て、ヴィゴが慰める様に肩を叩いた。

「もうしばらく我慢してくれ。秋の収穫までには一度森の家に戻れる様にしてやる」

 その言葉に、レイは嬉しそうに顔を上げた。

「分かりました。じゃあ、我慢します」

 一気に機嫌が良くなったレイを見て、後ろの若者達は、笑いを堪えるのに必死だった。

「レイルズ、それじゃあ今日泊まる部屋に案内するよ、タキスも一緒に行きましょう」

タドラの声に、全員立ち上がった。

「何だか疲れたよ。もう眠いです」

小さく欠伸をするレイを見て、笑って頷いた若竜三人組とルークは、レイの背に手をやって揃って部屋を出て行った。タキスもそれを見て後に続いた。

一行を見送ったヴィゴは、満足そうに頷くと、手早く片付けられた食器の乗ったトレーを手に、部屋を出る。

まるで部屋に人がいなくなったことが分かっているかの様に、部屋の明かりが一斉に消える。暗くなった部屋では、今日の仕事を終えた火蜥蜴達が、ランプの芯に包まって眠りについたのだった。

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