石の家とマイリーの事
「へえ、こりゃあ凄い」
石の家に到着して玄関を入ったところで、カウリは一言そう言ったきり頭上の丸い天井を見上げたまま絶句している。
「ううん、改めて見るとこれはやっぱり凄いよなあ」
「そうだな。確かに凄い。これを人力で掘ったんだと言われても、どうやったのかなんて俺には想像も出来ないよ」
立ち止まってポカンと天井を見上げて固まるカウリの横で、ルークとマイリーも苦笑いしつつ同じように丸い天井を見上げている。
「さあ、どうぞ。まずはお部屋へご案内いたします」
玄関ホールで天井を見上げたまま動こうとしない竜騎士達を見て、ニコスが背後からそっと声をかける。
「ああ、失礼しました。いやあ、それにしてもこれは凄い。ロベリオ達から、部屋の天井も丸いんだと聞きましたが……そうだよな。それなら廊下の天井だって丸くて当然か」
小さく笑ったカウリがそう呟き、自分を見ているギードに笑いかけた。
「要するに、巨大な岩盤を削って作る空間だから、石の家の中の玄関も廊下も、それから部屋も基本的に一番安定した形である丸、つまり円形が基礎の形になるわけですね。まあ、床部分だけが真っ直ぐな平面なのは、その中で人が生活するなら当然の配慮ですよね」
天井部分を見上げながらカウリがそう言って、次に足元の床を見てやや丸みを帯びた壁を見る。
「俺達が普段オルダムで見慣れている家屋敷は、全て切った木材や割った石などを元にして、それらを組み立てて作られているわけだから、当然出来上がりは四角い部屋になる。成る程なあ。作り方そのものが全く違うわけだから、出来上がりに違いが出るのは当然なのか。へえ、こりゃあ面白い」
うんうんと頷いているカウリの呟きを聞いて、ギードが驚きに目を見開いている。
「おやおや、これは素晴らしい。これから説明しようとしていた事を、全てカウリ様に言われてしまいましたなあ」
笑ったギードの言葉に、カウリが吹き出す。
「ああ、こりゃあ失礼しました」
「いやいや。さすがに知識も豊富でいらっしゃる。さあ、ではまずはお部屋へどうぞ」
笑ったギードの言葉にカウリも笑いながら頷き、まずはそれぞれの部屋へ向かう。
「こっちがお土産の荷物なんだね。じゃあ、これは全部まとめて居間へ置いておくから、後で開けようね」
まずはそれぞれ用意していた部屋に私物の入った木箱を届け、それ以外のお土産の入った木箱は、まとめて居間へ運ぶ。
「ああ、レイルズ。その一番上の白いリボンが結んである小さい木箱に、例の壊れた金具と補助具が一式まとめて入っているから、それはそのままバルテン男爵に渡してくれ」
自分の分の木箱を下ろしてもらったマイリーの言葉に、一緒に荷運びを手伝っていたバルテン男爵が笑顔で頷く。
「了解いたしました。ではこれはこちらでお預かりして、確認しておきます」
「ああ、よろしく頼むよ。詳しい話は後でしよう」
部屋に入るマイリーの言葉にバルテン男爵も笑顔で頷く。
「着替えるんだろう? 手伝うよ」
そう言ってカウリが一緒にマイリーの部屋に入り、タキスが続くのを見てレイも慌ててその後に続こうとして廊下に置いた台車を見る。
「ああ、持っていっておく故、レイはマイリー様をお手伝いしてくれ」
それに気付いたギードが当然のようにそう言ってくれたので、お礼を言って荷物は任せてマイリーのあとを追った。
「えっと、僕もお手伝いしますよ」
大柄なマイリーの着替えを手伝うのなら、カウリやタキスよりも腕力のある自分が手伝うのがいいだろう。
「ああ、そうか。レイルズは補助具の最近の仕様を知らないのか。じゃあせっかくだから手伝ってもらおうかな」
剣帯を外しながらのマイリーの言葉に、レイが目を輝かせて頷いた。
上着を脱いだマイリーがベッドに腰掛け、まずは左足の補助具を外す為に腰に回された太いベルトを外し、外側の革製の覆いを順番に外していく。
「へえ、確かに僕が知ってる一番最初の頃とはかなり変わってますね」
残った伸びる革同士のつながった部分を見ながら、レイが感心したようにそう呟く。
「ここが例の問題だった曲がる関節の部分の金具だよ。以前と違って、ここだけ取り外しが出来る仕様になっているんだよ」
そう言ってもう一本回していた腰のベルトを外したマイリーが、膝関節の左右に取り付けられた曲がる関節の金具を外して見せてくれた。
「へえ、これも確かに僕が知っているのとは形が変わってるし、取り外しが出来る仕様に変わったんだね。すごい。この金具、ちゃんと曲がった時に止まるようになってる!」
渡されたそれを見て、そっと動かしながら感心したように声を上げるレイを、マイリーは苦笑いしながら眺めていた。
「おかげで可動性は最初の頃に比べるとかなり良くなったよ。今は、立ち上がる時に少し反動をつけるくらいで、それ以外はほとんど違和感無く歩けているからな。有り難い事だよ」
笑ったマイリーの言葉にカウリも笑って頷いている。そこからはレイも教えてもらいながら、補助具を全て外して着替えを手伝った。
タキスが、着替えが終わったマイリーの左足を診て両手でマッサージをするのを、レイは脱いだ服にブラシを掛けながら心配そうに見つめていた。
「大丈夫だよ。今日はずっと竜の背中に座っていたから、ちょっとむくみが出ているだけだって」
「そうなんだよ。大丈夫だからご心配なく。これ、何もせずにじっとしている時の方が、動き回っている時よりもむくみや腫れが酷い気がするなあ」
苦笑いするマイリーの言葉に、レイは口を開き掛けてグッと堪える。
それが本当なら、一日中会議の時など動かないから左足は使わないので大丈夫だと思っていたが、実はそっちの方がマイリーには辛いという事になる。
「お願いだから無理はしないでください。何でも言ってくれればお手伝いしますからね」
会議に出るのが日常の仕事なマイリーにどうしたら少しでも楽をしてもらえるのか考えたが分からなくて、結局口から出たのはそんなありきたりな言葉だった。
「ああ、もちろん頼りにしてるからよろしくな」
振り返って笑ったマイリーの言葉に、真剣な顔で何度も頷くレイだった。




