食事とお土産
ギードと一緒に着替えを終えたバルテン男爵が居間へ駆け足で戻ってきて、全員揃って温かなポトフとパンの昼食を終え、ゆっくりと紅茶とカナエ草のお茶をいただいてからまた上の草原へ戻り、子竜達をバルテン男爵に紹介した。
ブルーの尻尾を追いかけて元気に遊ぶ子竜達を、皆笑顔でいつまでも眺めていたのだった。
その後は、少し雪に埋もれているが草原の横に作ったあの訓練場所を見せて、また別の意味でバルテン男爵を驚かせて皆で笑い合ったのだった。
「ねえギード、夕食のお酒はこれで良い? 僕とタキスが選んだんだけど」
笑顔で振り返ったレイが、右手に持ったワインのボトルのラベルを見せる。
「おおグラスミア産の赤ワイン。リヒテンシュタイン工房の新酒ですか。うむ、これは良い。肉に合わせるにはピッタリの一品ですなあ」
机の上には、分厚く切った赤鹿の熟成肉を焼いたものが、温野菜と一緒に盛り付けられている。
「赤鹿の熟成肉に、リヒテンシュタイン工房の新酒の赤ワインですと?」
上質なワインやウイスキーの産地として有名なグラスミアの中でも、最高品質と謳われるリヒテンシュタイン工房の今年の新酒。生産数に限りがある為にブレンウッドでは殆ど手に入らず、バルテン男爵は今年は手に入れられずに涙を飲んだ一品だ。
驚きに目を見開いているバルテン男爵を見て、苦笑いしたギードがポンポンと彼の腕を叩く。
「まあ、この程度で驚いていては身が持たぬぞ。ほれ、座った座った」
無言でコクコクと頷いたバルテン男爵は、レイから渡されたワインの封を切って蝋をナイフで掻き落としているギードの様子を、何とも言えない顔で見つめていたのだった。
全員のグラスにワインが注がれ、いつものようにタキスがグラスを掲げる。
「精霊王に感謝と祝福を。そしてバルテン男爵のこれからのますますの活躍を願って。乾杯!」
「精霊王に感謝と祝福を!」
皆揃ってグラスを掲げて乾杯する。レイも、笑顔で一緒に乾杯をした。
分厚い赤鹿の熟成肉も、久しぶりに食べる雑穀パンも、たまらないくらい美味しくて、少しだけ涙が出そうになって必死で誤魔化したレイだった。
「ご馳走様でした。いやあ、まさか蒼の森でこのようなご馳走をいただけるとはなあ。ニコス、とても美味かったよ」
満面の笑みのバルテン男爵の言葉に、ニコスは嬉しそうに笑っていた。
豪華な食事が終わり、皆で手分けして食器を片付ける。
食後には、バルテン男爵が持って来てくれた地元の蒸溜所で作られたウイスキーの封を切った。
「さてと、ではこれをお渡ししておきましょう。レイルズ様、どうぞ」
部屋を見回して、ソファーに置いてあった包みを持ってきたバルテン男爵は、包みを開けて木箱ごとレイルズに渡した。
「えっと、これって……?」
「まあ、開けてみてくだされ」
ウイスキーの入ったグラスを手にしたバルテン男爵が、ちょっと得意げな顔になる。
「じゃあ、開けさせてもらうね。えっと……あ、ここに金具があるけど、これ、どうやって開けるの?」
木箱の上部の上部には持ち手が付いていて、側面やや上側部分に小さな出っ張りがあるのを見てレイが首を傾げる。
出っ張りの下側に微かに線が見えるのでここが上側に開くのだろうけれど、その開け方が分からない。
小指の先ほどの小さな出っ張りを見て困ったように首を傾げるレイを、バルテン男爵は嬉しそうに見つめている。
「あ、分かった。きっと、押すんだと思うな」
笑顔になったレイが、その出っ張り部分をそっと押すと予想通りに蓋が開いた。
「へえ、この箱自体が凄いよね。これもカラクリになってるんだね」
目を輝かせたレイがそう呟きながらそっと蓋を開く。
「あ! やっぱりあのお人形だ。ああ! しかも色々入ってる!」
記憶にある人形一体の大きさよりも、かなり箱が大きかったので何故かと思っていたら、中には何と、少女達が遊んでいた男女の人形が二体ずつと、恐らく子供役なのだろうこれも男女のかなり小さな人形と、それから明らかに赤ん坊らしき人形までがそれぞれ二体ずつ綺麗な布に包まれて入っていたのだ。
「ほう、これはまたなかなか精巧に出来ておるのう」
横からギードが感心したように呟きながらレイの手元を覗き込む。
「良いから見てよ。ほら、ちゃんと手足だけじゃあ無くて首も動くんだよ」
大きい方の男性の人形を取り出したレイが、それをギードに渡す。
「ほほう、成る程なあ。基本的な形はあの動く人形をもとにして、仕組みをもっと簡略化してあるのか。これは面白い」
人形の仕組みに興味深々のギードを見て、バルテン男爵がにんまりと笑う。
「なあギード。お前さんの細工の腕を見込んでの頼みなんじゃが、これを作るのを手伝ってはくれぬか。今、各地のドワーフギルドからこれの注文がとんでもない数で入って大変なんじゃよ。細工職人総出で製作しておるのだが、とにかく作る端から売れて売れて、もう大騒ぎなんじゃ。頼むから、助けると思って手伝ってくれ!」
真顔のバルテン男爵の言葉に、全員揃って吹き出す。
「あはは、凄いや。ギードの予想通りになってる!」
レイが笑いながらそう言うのを聞いて、ギードももう一度吹き出す。
「何じゃ?」
不思議そうにしているバルテン男爵に、昨夜の会話をタキスが笑いながら説明して、もう一度皆で大笑いになったのだった。
その後にバルテン男爵から詳しい話を聞いたところ、今はとにかく手が足りないので人形のみを作り、簡単な布の服を着せただけで販売しているのだが、本来は、豪華なドレスや様々な制服などを作って人形と合わせて販売する予定だったのだそうだ。当然、その辺りの話はルーク達ともしているらしいので、今後はそちらはルーク達が支援しているあの職業訓練所の作品も販売する予定になっているのだそうだ。
「今はとにかく、人形を作れる職人と、それからドレスや小物を作ってくれる職人を探しておるところだよ」
苦笑いするバルテン男爵の言葉に、ニコス達は顔を見合わせて笑顔で頷き合った。
「よし、それじゃあギードはとにかくその人形を作ってくれよ。俺が人形に合わせてドレスや服を作ってやるからさ」
笑ったニコスがそう言って手を上げる。
「それなら、私とアンフィーは小物作りを担当しますよ」
手先が器用なタキスとアンフィーも笑顔で手を上げるのを見て、作り手が増えたと言ってバルテン男爵は大喜びしていたのだった。
「僕も何か作ってみま〜す!」
負けじと手を上げるレイの言葉に、またしても皆で笑い合うのだった。




