声飛ばし
「おお、これは美味そうじゃなあ」
暖かな居間へ通されたバルテン男爵は、用意されていた暖かなポトフの入った大鍋を見てこれ以上ないくらいの笑顔になる。
「体が冷えておった故、温かいスープは有り難いのう」
毛皮の分厚い上具を脱ぎながらそう言ってまた笑う。
「おいおい、その重装備では飯も食えまい。とりあえず部屋へ案内してやるから、まずは着替えて来い」
呆れたようなギードの言葉に、上着を手にしたバルテン男爵も今更気が付いたと言わんばかりに目を見開き、それから二人揃って吹き出した。
「おお、確かにその通りだな。ではちょいと失礼して急ぎ着替えて参りますわい」
上着を手にして肩をすくめるバルテン男爵の言葉に、皆も笑った。
「はあい、じゃあ待ってるから、早く戻ってきてね」
ポトフのお皿を並べるレイの言葉に二人が揃って笑顔で頷き、揃って足早に部屋を出ていく。
「そういえばバルテン男爵には、どの部屋を使ってもらうの? 明日にはマイリーやルーク、それからカウリも来るんだよね?」
お茶の用意をするタキスを見て、レイはアンフィーと一緒に窯からパンを取り出しながらニコスを振り返る。
「ああ、こっちの客間は竜騎士の皆様にお使いいただくから、バルテン男爵はギードの家に泊まってもらう事にしたよ。普段使っていなかった部屋を急遽片付けて、客間として使えるように準備したんだ。まあ、あの二人はかなり長い付き合いみたいだし、二人で積もる話もあるんじゃあないか?」
「そうだね。向こうでなら遠慮なくゆっくり話が出来るね」
ニコスの言葉に笑って頷きカトラリーを用意して並べていたレイは、部屋の隅に置いたままになっている包みに気が付いた。
「あれ? ねえ、あの荷物ってバルテン男爵のものだよね。もしかして忘れて行ったのかな?」
慌てたように包みの側へ駆け寄り、包みには手を触れずに宙を見上げる。
「ねえシルフ。バルテン男爵を呼んでくれるかな」
頷いたシルフがくるりと回って消えてすぐに、数人のシルフが現れた。
「えっと、レイです。バルテン男爵、居間に荷物をひとつ忘れてるよ。布で包んだ木箱みたいな物だけど。持って行っても構わないなら、僕が今からそっちへ持って行くけど、どうしますか?」
笑って並んだシルフにレイが話しかけると、すぐに応えがありシルフ達がバルテン男爵の声で話し始めた。
『ああ失礼いたしました』
『その荷物は後程』
『レイルズ様にお渡ししようと思うて』
『置いてきた物です』
『構いませぬゆえ』
『その辺に転がしておいてくだされ』
笑ったその言葉にレイも笑顔になる。
「ああそうなんだね。了解です。じゃあ、このまま置いておくね。二人とも早く戻ってきてください。僕、お腹がぺこぺこで倒れちゃいそうですよ」
泣く真似をするレイの言葉に、バルテン男爵だけでなくギードの吹き出す声までシルフ達が忠実に再現してくれる。
『わはは』
『それは大変じゃな』
『大急ぎで着替えます故』
『もう少々待ちくだされ』
二人の笑い声と共にそう言い、手を振ったシルフ達が次々にクルリと回って消えていく。
「じゃあ、これはここに置いておけばいいね」
笑ったレイがそう言い、意外に軽いその包みを持って少し考えてからソファーの端に置いておき、少し冷めたパンをいつものカゴに取っていった。
笑顔で手を振るシルフ達がくるりと回って消えて行くのを見送ったバルテン男爵は、最後の一人が消えたのを確認してからもの凄い勢いでギードを振り返った。
「おい! い、い、今のは何じゃ! レイルズ様の、レイルズ様のお声が、お声がそのまま聞こえたぞ! あれは一体何なんじゃ!」
血相を変えるバルテン男爵の言葉に、苦笑いしたギードがうんうんと頷く。
「そうだよなあ。我らはもう慣れたが、普通あれを見るとこうなるのは当然よなあ」
「慣れた? という事は……」
無言で先程までシルフ達が並んでいた机の上を見る。
「あれは、元々蒼竜様がお使いになっておられた声飛ばしの技で、我らも初めてあれを見た時は、そりゃあたまげたものさ。だが、いつの間にかレイまでが当然のようにあの声飛ばしを使っておるぞ。まあ、さすがは古竜の主となられるほどのお方よな」
肩をすくめるギードの言葉に、無言になるバルテン男爵。
「古竜の主……そうさな。確かにその通りだ。確かに、我らとは色々と出来が違うようだなあ」
バルテン男爵本人も、実は光の精霊まで扱う優秀な精霊魔法使いだ。火の術は最上位まで扱えるし、風の術も上位まで使いこなす。そして土の術も上位まで使えて、まさに鍛治職人となる為に生まれてきたような適正なのだ。
「普段は無邪気と言うても良いくらいなのだが、時折ああやって、とんでもない事を平然とやってのけるお方よ。きっと王都でも色々とやらかしておると思うぞ」
「わはは、げに無垢と無邪気は最強なりと言うでな。振り回される周りのお方々の様子が目に浮かぶようだな。まあ、その辺りは竜騎士様方がお越しになられたら、詳しく聞けばよいわ。きっと喜んで話してくださるだろうさ」
手早く着替えをしながら豪快に笑うバルテン男爵の言葉に、持ってきていた荷物を片付けていたギードも一緒になって笑っていたのだった。




