休憩室にて
マイリーに連れられて部屋を出て行くレイルズを見送ったロベリオ達は、一斉にルークを振り返った。
「何でお前だけ、あんなに聞き分けがいいんだよ!」
「ずるい!何か知ってるんだったら教えてくれよ」
「そうです、一体誰なんですか?」
若竜三人組に詰め寄られて、ルークは苦笑いすると立ち上がった。
「それじゃあ俺達は休憩室にいます。何かあったらいつでも呼んでください」
第二部隊の兵にそう伝えると、三人を振り返った。
「何してる、行くぞ」
顔を見合わせた三人は、頷いてルークの後に続いた。確かに、後見人の話や昨夜の内緒話を報告するのなら、部外者も入ってくる可能性のあるあの場所は適切では無い。
四人が向かった竜騎士専用の休憩室には、ヴィゴが座って書類を広げていた。
「おお、レイルズはもう行ったのか?」
入ってきた四人を見て、ヴィゴは書類から顔を上げる。
「ええ、マイリーと一緒に城へ向かいました。ヴィゴ……いつもマイリーに、ここでは仕事するなって言ってるのは誰だったっけ?」
ルークがからかうように笑いながら、ヴィゴの肩を叩いて隣に座る。机の上の書類を手に取って、無言で手伝い始めた。
タドラが、窓際に置かれたお茶の道具の所に行って、手早く人数分のお茶の用意をする。ロベリオとユージンは、戸棚からマフィンやビスケットを取り出して、皿にまとめて乗せて持ってきた。
机の端にお皿を置いた二人も、そのまま何枚かの書類を片付けるのを手伝った。
隣の机に、人数分のお茶が用意された頃、ヴィゴが出来上がった書類を手に立ち上がった。
「助かったよ。取り急ぎ片付けねばならんのはこれだけだ。ちょっと持って行ってくる」
書類の束を手に出て行くヴィゴを見送って、ルークは小さく笑った。
「ヴィゴが書類仕事してるって事は、事務仕事がかなり溜まってるって事だな。レイルズって、書類仕事はどうなんだろうね? マイリーの助手が出来る奴だったら良いのにな」
その言葉に、皆一斉に申し訳無さそうに笑った。
何しろ今の竜騎士隊の中では、マイリーが面倒な書類や手配をほぼ一手に引き受けている状態で、ルークが怪我のせいで実働部隊の人数には入っていない為、マイリーの臨時の助手のような扱いだ。
他の者達は、事務では日常の日報や報告書の作成が主な仕事で、今のところ作戦の計画立案などには殆ど関わっていない。
竜騎士隊は、ファンラーゼン軍の中でも特別扱いで、どの部隊にも属さない独立特殊部隊だ。
軍人としての直接の階級は無く、実際の戦闘の際には、部隊長や司令官クラスと同等の扱いとなるのだ。その為、士官クラス迄なら直接命令する事が可能となる。
平時の仕事内容も多岐に渡り、事務能力を始め宮廷の社交界での話術から人脈作りまで、実にさまざまな知識を求められるのだ。
「まあ、それはこれからの成長に期待って感じだな。マイリーが、覚えが良ければ張り切って教えそうだな」
ユージンの言葉に、他の三人も笑って頷いた。
「それで、後見人って誰なんだよ。いい加減教えてくれって」
ロベリオの言葉に、ユージンとタドラも大きく頷く。
ルークは、お茶を飲んで顔を上げた。
「お前ら、気付いて無かったみたいだけど、マイリーはちゃんと教えてくれたぞ」
「え? いつそんな事言った?」
ロベリオの言葉に、二人も顔を見合わせて首を振る。
「いつも言ってるけど、お前らはもうちょっと周りに気を配れ。マイリーはこう言ったんだよ。今日の謁見の場にはお前らは入れない、ってね」
「え? それのどこが……? あ! そう言う事か!」
ユージンが顔を上げてルークを見た。
「恐らく間違ってないと思うぞ。それで」
納得顔の二人に、ロベリオとタドラが両手を上げて降参のポーズを取る。
「教えて、分かりません!」
「僕も無理!」
それを見て、苦笑いしたルークは、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「謁見の場には、ってね。普通なら面会とか接見って言う筈なのに、わざわざ謁見って言った意味は一つしかないだろ?」
「あ、そう言う事か」
「分かった!、つまり……陛下と隊長は最終手段だってマイリーが言ってたから、これは違う。そうなると、もう思い当たる人物は二人だな」
「王妃様か、皇太后様」
「うわあ、これまたすごい方が出てきたぞ」
三人が感心したように言うのを聞いて、ルークはちょっと考えながらビスケットを齧った。
「皇太后様は、体調が優れない事や、最近の宮廷の社交界には殆ど顔を出されてない事を考えると、おそらく後見人候補はマティルダ王妃様だろうな」
「でも、確かにこれ以上ない人選かも。マティルダ様なら絶対レイルズを気に入ると思うな」
「確かに。あの方ならレイルズの事、気に入りそうだ」
「上手くいくといいね」
「あ! って事は、今頃レイルズの奴、猫のレイとご対面してるかも」
ルークの言葉に、若竜三人組も吹き出した。
「確かにそうだね。見たかったな、初のご対面の瞬間」
「どんな反応だったんだろうね」
「王妃様にレイって呼ばれたら、レイルズだったら絶対に普通に返事してそう」
その場面が容易に想像出来てしまい、全員堪えきれずに大爆笑になった。
「それで、昨夜の事を詳しく聞こうじゃないか」
ルークが笑いながらロベリオの背中を叩き、タドラとユージンも涙を拭いて顔を上げた。
「ええと、どれから話す?」
「先ずは……ケットシーの話からかな?」
ロベリオとユージンが顔を寄せて相談して入ると、ヴィゴが戻ってきた。
「ヴィゴ、お茶飲みますよね?」
タドラが立ち上がって、やかんをもう一度火にかける。
「おお、すまんな」
戸棚から自分の分のカップを持ってきたヴィゴが、タドラの入れてくれたお茶をカップに注いで、椅子に座った。
「ヴィゴは、後見人が誰か知ってるんですよね?」
ルークの問いに、お茶を一口飲んだヴィゴは頷いた。
「もちろん知ってるぞ。何だ、まだ聞いてないのか?」
「帰ったら教えてくれるって言ってたんです。それで俺達で考えたんですけど、候補が二人に絞られました。恐らくこの方で間違い無いだろうなって予想は立てたんですけど」
「それでお前らは誰だと思ったんだ?」
顔を上げたヴィゴが、面白そうにルークを見る。
「マティルダ王妃様、ですよね?」
目を見張ったヴィゴは、大きく頷いた。
「正解だ。すごいなお前ら、どこから出たんだそれは」
感心したようなヴィゴの言葉に、ルークは肩を竦めた。
「マイリーがヒントをくれたんで、まあちょっと考えたら予想はつきましたよ」
満足そうなヴィゴを見てから、ルークはロベリオを振り返った。
「それで今から、昨夜のお泊まり報告を聞く所です」
「おお、それは俺も聞きたいな」
ヴィゴもそう言って、ビスケットを齧りながらロベリオとユージンを見た。
「えっと、じゃあ先ずは、書斎で幻獣図鑑を見ていた時の話から……」
二人の口から語られた、野生のケットシーの雛の話に一同は呆気にとられた。
「何と、あの最初の発見時の竜の長距離移動の原因は幻獣絡みだったのか」
「本人は、全く事の重大性を分かってませんでしたけどね。それと、これは絶対内密にしてもらいたい話なんで……」
ロベリオとユージンが、二人掛かりで部屋に結界を張り、ケットシーが人間の言葉を話した事を報告した。
ルークとタドラは、驚きのあまり言葉も無かったが、ヴィゴは逆に困ったような顔をした。
「ふむ、これはレイルズに口止めしておかねばならんな」
「え、待って。ヴィゴはケットシーが人間の言葉を話すって、知ってたんですか?」
四人の視線を一斉に浴びて、ヴィゴは苦笑いしながら頷いた。
「ガンディから昔聞いた事がある。研究者の間では、有名な仮説らしい。なぜ仮説かというと、そもそも野生のケットシーに会う事が無いから確認のしようが無いって事なんだがな。その話、後でガンディにも報告してやってくれ。間違い無く大喜びするぞ」
「ええ、落ち着いたら報告しておきます」
張った結界を解きながら、ユージンが答えた。
「いや、ガンディが戻ったらすぐに報告してやれ。恐らくそのままレイルズの所に突撃するぞ」
大真面目なヴィゴの言葉に、全員同時に吹き出した。
「ガンディって、幻獣好きだもんな」
「竜も大好きだよね」
皆笑っているが、そのお陰で自分たちの竜の健康も維持されている事を忘れてはいない。
ガンディは、医術や薬学だけで無く、幻獣に関する研究でも有名なのだ。こちらは、半分以上彼の趣味らしいが、とにかく詳しい。そして、自分で愛玩用の竜を飼うほどの幻獣好きなのだ。
綺麗な緑の鱗のピックと名付けられた小さな丸い竜は、いつもガンディの研究室で、彼の足元にじゃれついている。
竜騎士隊付きの薬師でもある今の地位は、恐らく彼にとって心底楽しい天職なのだろう。
「俺達は、竜が焼きもち焼くからあんまり構わないけど、ピックって小さくて可愛いよな」
「確かにあの子は可愛い」
「まあ、ガンディくらいの知識と財力が無いと飼えないけどね」
苦笑いする彼らに、ヴィゴが呆れたように言う。
「お前らには自分の竜がいるだろうが。愛玩動物が欲しければ自宅で飼えよ。兵舎は騎竜以外の動物は禁止だ」
「やだなあ、分かってますよ。でもまあ……レイのもふもふを見てると、俺は猫が欲しくなるな」
「俺は犬が良いな」
ルークの呟きに、ロベリオが答える。
「僕は鳥が良いな。良い声で鳴く子」
「女子か、お前は。鳥なら絶対鷹か鷲だろ」
タドラの言葉に、ロベリオが反論する。
「ええ? 鷹は愛玩動物じゃ無いでしょ?」
鷹や鷲などの猛禽類は、一部の貴族達から絶大な人気があり、愛好家が多い。鷹狩りや鷲の羽根比べなどが、定期的に催されているほどだった。
「確かに、猛禽類は愛玩動物では無いな」
ヴィゴが笑ってそう言うと、ゆっくりとお茶を飲んだ。
「猫、小さな犬、鳴き声や羽根の綺麗な鳥は人気の愛玩動物だな。まあ、犬でも猟犬や軍用犬は全く違うから一括りには出来んがな」
残りのお茶を飲みながら、レイルズとタキスの二人が光の精霊魔法を使える事も話した。
光の精霊魔法を使える人間は、滅多にいない。
精霊魔法訓練所のケレス学院長がこの話を聞いたら、間違い無く狂喜乱舞するだろう。
「なあ……あの話は隊長やマイリーもいる時が良いよな」
「ああ、あの話ね。正直忘れていたいんだけどな……」
闇の眼の事を思い出して遠い目になったロベリオとユージンに、三人が驚いて二人の顔を見る。
「何だ、一体何があった?」
「まあ、もう解決した話らしいんですが……到底はいそうですかって、聞き流せる話じゃ無くて……本当にこれは簡単に話せる話じゃ無いんで、全員揃った時にきちんと話します」
ユージンの言葉に、三人は納得したように頷いた。
「でも絶対、他にもまだありそうだよな、あれ」
「うん。それは俺も思った。レイルズは言ったんだ『あれ、これも言っちゃいけない事だったのかな?』って」
「言った言った。これも、って事は、他にもまだあるって事だよな」
何とも言えない顔で頷き合う二人を見て、ヴィゴも納得した様に頷いている。
「あの森には、まだまだ色々と我らの知らぬ事が潜んでいそうだな。レイルズと森の住民達という伝も出来た事だ。機会があれば、一度あの森を調査してみても良いかもしれんな」
「蒼の森の精霊達と、ラピスが許してくれれば、ですね」
あの森の静かな怖さと、ラピスの怒りの恐ろしさを知るルークとタドラは、顔を見合わせて苦笑いしていた。
その時、ヴィゴの腕にシルフが現れた。
『マイリーだ無事に面会は終了』
『マティルダ様はレイルズの後見人になる事を了承してくださった』
『今からそちらに戻る』
『以上だ』
「了解した。ご苦労だったな。詳しい話は戻ってから聞こう。以上だ」
ヴィゴの言葉に頷いたシルフが、くるりと回って消えるのを見送ると、手分けしてお茶のカップやお皿を綺麗に片付けた。
このままここで、大仕事を終えた一行が戻ってくるのを待つ事にした。




