雪の道行き
「ふむ、街の辺りと違ってこの辺りまでくると、さすがに雪が積もっておるなあ」
早朝にブレンウッドを出たバルテンは、ラプトルの鞍上から周囲を見回しながらそう呟いた。
街道沿いの森には、まだまだ少ないとはいえ真っ白な雪が積もっているのが見えているし、街道の両端に定期的に作られている雪置き用の広場には、既にうず高く雪が積み上げられている。
街道は警備兵達が定期的に雪かきをしてくれているので、たとえ真冬であっても問題無く通行する事が出来るようになっているが、もう少し進んで蒼の森へ入る脇道に逸れると、もうそこからは手付かずの雪の積もった冬の森の中となる。
もちろんバルテンが乗っているラプトルには相応の雪対策の装備をしてあるし、バルテン自身も分厚い毛皮を着込んでいる。
「早いところ石の家へ到着して暖かい昼飯を食いたいものじゃ」
苦笑いしながらそう呟いたバルテンは、人が少ない街道の真ん中辺りをラプトルを急かせて一気に駆け出して行った。
「まだ来ないね。バルテン男爵、大丈夫かなあ」
家畜達へのブラシを終えたレイが、心配そうにそう言いながらゆっくりと立ち上がって空を見上げながら大きく伸びをする。ポツリポツリと浮浪雲がいくつか浮かんでいるだけで、今日もよく晴れた冬の透明度の高い青い空だ。
「男爵なら、少し前に街道から森へ入ったところだ。あの辺りは小川が隠れるほどにかなり雪が積もっておる故、少々用心してゆっくりと進んでおるようだから、到着にはまだもう少しかかるだろうさ」
草原の端で座って寛いでいるブルーの言葉にレイが納得したように頷く。
「そっか、ここの草原は早朝の風が全部吹き飛ばしてくれるからほとんど雪が積もらないけど、確かに街道からここまでの小道の辺りなら、今でもかなりの雪が積もっていそうだね」
「そうだな。だがまあ、あの男爵も旅慣れておるようだから心配はいらぬさ」
笑ったブルーの言葉に、ギードの苦笑いしつつ頷いている。
「心配はいらぬよ。あやつも雪道には慣れておるからな」
「そうなんだね。じゃあ、僕はまたシャーリー達と遊んでくるね」
昨日と同じ、あのラプトルじゃらしを取り出す。
若干汚れているが、今のところまだ壊れた様子はない。
目を輝かせた二匹が駆け寄って来るのを見て、レイは笑いながら手にしたそれを振り回して走り出す。
嬉々として子竜達がその後を追いかけるのを見て、ベラとポリーも一緒になって走り始める。
「ああ、また取られた〜!」
ベラが一瞬でレイの手からじゃらしの紐を奪って一気に加速する。それを見て追いかけるポリーと子供達。
草原を縦横無尽に走り回りながらの追いかけっこを、置いていかれたレイは笑いながら眺めていたのだった。
「おっと危ない。ここは氷が張っているがその下は小川か。ふむこれは気をつけねばな。教えてくれて感謝しますぞ。シルフ達、それにウィンディーネ達も。引き続き道案内をよろしくな」
もう少しで落ちるところだったラプトルが踏み抜いた氷の穴を見て、苦笑いしながらそう呟いたバルテンは、直前に危険を知らせてくれたシルフ達とウィンディーネ達にお礼を言って、ゆっくりとラプトルを進ませた。
「ふむ、こんな冬の森を一人で歩くなど、いつ以来かのう。不謹慎だが、なかなかに楽しいわい」
小さく笑ってそう呟いたバルテンは、今でこそブレンウッドのドワーフギルトのギルドマスターと言う責任ある立場を預かり、また陛下より爵位を授けられて貴族の男爵となってはいるが、元を正せば生まれは竜の背山脈の麓にある鉱山の街で生まれ育った生粋の鉱夫の息子だ。
だが、若い頃はかなりの暴れん坊で、とある乱闘騒ぎを引き起こし、修行という名の追放処分状態で故郷を後にしたのだ。
その後、知り合いの伝手を頼って武器工房で働き始めた。そこで優秀な鍛治職人となり刀匠と呼ばれるほどになるも、友人の借金の保証人となっていた為に手持ちの財産を全て失う事となり冒険者となったのだ。ギードと知り合ったのもその頃の事だ。
だが、冒険者は思いの外彼の性分には合っていたようで、そこで様々な経験を得て信頼出来る多くの仲間達と出会った。そして怪我を機に冒険者家業から足を洗った時、多くの人達からの推薦を受けて丁度引き受ける人がいなくて困っていたブレンウッドのドワーフギルドを預かる事となったのだ。
彼自身は地位や身分にこだわりは無いが、それでも多くの人々と関わり、新たな物作りにも励める今の立場は本当に有り難いと感謝している。
例の伸びる革を発明して以降は、特に今まで以上に多くの人達と関わるようになって日々忙しい毎日を送っている。
「ほんに、人生何が起こるかなど本当に分からぬものよなあ。鉱夫の息子だった俺がドワーフギルドのギルドマスターになっただけでも驚きだったのに、好きな事をしていただけで陛下から直々に男爵の位を授かり、まさか竜騎士様と共に物作りが出来る日がこようとはなあ。精霊王は悪戯がお好きな方よ」
鞍の後ろに取り付けた大きな籠を振り返って、そこに積み込まれている大小の荷物の中身を思い出して鞍上で思わずそう呟くバルテンだった。




