帰宅
「ありがとうブルー。ああ、すっかり暗くなっちゃったよ。早く帰らないと皆が心配するね」
ようやく日が沈み御使いの梯子がゆっくりと消え始めたのを見て、レイは慌てたようにすっかり暗くなった星空を見上げて、ブルーの首をそう言って叩いた。
「ああ、そうだな。では戻るとしようか」
笑ったブルーの鼻先だけでなく、翼の左右とレイの頭上にも大きな光の精霊達が何人も現れて柔らかな光を届けてくれる。
「ああ、ありがとうね」
笑ったレイが嬉しそうな笑顔でお礼を言うと、揺らめく光達はまるで笑ったかのように小さく点滅した。
そしてレイの周りでは、いつもの五人の光の精霊達が出てきて、楽しそうにレイの周りをチカチカと点滅しながら飛び回っていたのだった。
「全く、人騒がせな子達よのう。あやつらの早合点のおかげで、我がとばっちりを食ったわい」
ごく小さな声でそう呟いたブルーは、翼を大きく広げて一気に加速して石のお家で到着したのだった。
「ふむ、もう家畜達は中へ入れたようだな。上には誰もおらぬ」
草原の上空でしばし留まったブルーは、苦笑いしてそのまま草原の下の石の家の横にある、今はもうすっかり何も無くなった畑の横の道へ降りた。
石の家の庭は、タキスが管理する薬草園が以前よりも広くなっていたので、ブルーの降りられる場所が無かったのだ。
「送ってくれてありがとうね、ブルー。えっと、明日はどうするのかなあ、ルーク達が来てくれるのは明後日だもんね」
「ああ、そうだな。明日は、ブレンウッドの街からドワーフの男爵が来るようだぞ。おそらく家へ戻れば其方の家族のドワーフが何か教えてくれるだろうさ」
笑ったブルーの言葉に、レイも笑顔で頷き、一応下を見てからブルーの背から軽々と飛び降りた。
当然のようにシルフ達が助けてレイをふわりと地面へ下ろしてくれる。
「シルフ達もありがとうね」
すぐ近くにいた子にお礼を言ってから、振り返って差し出してくれたブルーの大きな頭に抱きつく。
「ブルーもしっかり休んでね。じゃあまた明日!」
「ああ、其方こそしっかり食べて休んでくれ。今日は怖い思いをさせてすまなかった」
しょんぼりとしたブルーの言葉に一瞬驚いて目を見開いたレイは、小さく笑ってもう一度ブルーの大きな頭に両手を広げて抱きついた。
「もう大丈夫だから気にしないで。大好きだよブルー。これからもよろしくね」
鼻先にキスを贈って笑ったレイは、家の扉からタキスが迎えに出てきてくれたのを見て笑顔で手を振った。
「じゃあ戻るね。おやすみなさいブルー」
笑ってそう言うと、タキスのところへ走って行った。
目を細めて走り去るレイの後ろ姿を見つめていたブルーは、タキスと並んで手を振るレイに大きな音で喉を鳴らして見せてから、ゆっくりと翼を広げて上昇した。
「また明日ね!」
「ああ、また明日だな」
耳元で聞こえたレイの声に答えてから、ブルーは大きく翼を広げて森へ向かって飛び去って行った。
見えなくなるまで見送ったレイとタキスも、顔を見合わせて頷き合って仲良く家へ戻って行ったのだった。
「ただいま! 僕もうお腹ペコペコだよ」
まずは手と顔を綺麗に洗ったレイは、大急ぎで居間へ戻り、レイの大好きな真っ白なシチューが用意されているのを見て歓声を上げた。
「ほら、これと雑穀パンならワインはどれがいいと思う?」
「レイに選んでもらおうって言っていたんだよ。どうだ? ピッタリの一品を選んでくれるか?」
にんまりと笑ったギードとニコスの言葉に、レイは慌てて戸棚を開けてワインを選び始めた。
「ええと、クリームシチューに合わせるならこれくらいかなあ。あんまり重くない、軽めの赤。これは竜の鱗山に近いテンベックの山側にあるワイナリーの物だね。この辺りのブドウはワイン用でもやや甘めのものが多いんだ。僕は好きだけど、これでどう?」
残念ながら、クリームシチューに合うワインは聞いた覚えが無いので、目の前に並んだ様々なワインの中から、レイは必死で考えて、結局自分が好きそうなワインを選んだのだった。
「ああ、なかなかに良いワインだな。ではこれに致そう」
嬉しそうなギードが受け取り、ワイングラスの横に並べる。
「えっと、二位杯目はこっちかな。これも赤だけど、最初の程は甘くないよ。でもこれも軽めのワインだね」
立ち上がったレイの言葉に、鍋を持ったニコスも笑顔になる。
「成る程。酒精の強さで選んでるだろう?」
にんまりと笑ったニコスの言葉にギードが吹き出すのと、レイが悲鳴をあげるのは同時だった。
そのままそれぞれぞれの席についてシチューのお皿が渡され、ギードが開けてくれたワインが注がれる。
「精霊王に感謝と祝福を。そしてレイのこれからに乾杯!」
「精霊王に感謝と祝福を。そしてレイのこれからに乾杯!」
「精霊王に感謝と祝福を! そして大切な家族に乾杯!」
レイの乾杯の言葉に皆笑顔になり、それぞれワインを口にしてから食事が始まった。
ブルーと一緒に森へ行って何があったのか、誰も聞かない。
レイもあえて何も言わずに笑顔でワインを飲み、久しぶりに食べるニコスのシチューの美味しさに感激して身悶えて、皆に笑われたのだった。




