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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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お弁当の時間

「ううん、やっぱりニコスが作ってくれるお弁当は美味しそうだね!」

 手にしたパンを見て笑顔でそう言ったレイは、たっぷりの生ハムと塩漬けのキャベツを刻んだ具が挟まれた丸パンを大きな口を開けて食べ始めた。

 満面の笑みであっという間に一つ目を平らげてしまい早くも二つ目のパンを食べ始めたレイの様子を、少し離れたところで留まっていた大爺の目は、時折頷くような仕草を見せながらずっと愛おしげに見つめている。

 レイの後ろに座り直したブルーが、そんな大爺をこちらも何か言いたげにしつつも、特に何も言わずに黙って見ている。



 互いを探り合うような奇妙な緊張感を伴う沈黙を破ったのは、無邪気なレイのため息だった。

「はあ、美味しくってあっという間に二つも食べちゃったや。ちょっとお茶もいただこうっと」

 ニコスが用意してくれたかなり大きめの水筒を手にした。

「あれ、カップが重ねてくれてあるね。これで飲めって事なのかな?」

 水筒の蓋の上には、初めて見る小さめの木製のカップが伏せて重ねられている。

 それを外して地面に置いたレイは、水筒の蓋を開けて斜めにしてカナエ草のお茶をそのカップに注いだ。

 しかし草地で地面が平らでなかった為に、勢いよくお茶を入れた拍子にカップが不意に傾いたのだ。

「ああ! お茶がこぼれちゃう!」

 慌てたようにレイが叫んだ瞬間、大きなノームが一人、地面から飛び出してひっくり返りそうになっていたカップを即座に押さえてくれた。


『やれ驚いた』

『危なや危なや』

『大事ない大事ない』

『無事で何より』


 嬉しそうにそう言って笑ったノームがカップを支えて頷いてくれたのを見て、笑ったレイは改めてカップにたっぷりとカナエ草のお茶を注いだ。

「えっと、助けてくれてありがとうね。おかげでお茶がこぼれずにすんだよ」

 笑顔のノームからカップ受け取りながらお礼を言うと、そのノームはご機嫌でうんうんと頷いた。


『お役に立てて何より何より』

『しっかりと食べなされ』

『愛し子の健やかなる成長は』

『何よりの喜びなり』


 そう言って笑顔で手を振ったその大きなノームは、そのまま不意に消えてしまった。

「ああ、すぐに消えちゃったからよく見なかったけど、今のってかなり大きなノームだったね。すごいや。あれも古代種のノームだったのかな?」

 まだ充分に温かいカナエ草のお茶をゆっくりと飲みながら、ノームが消えた地面を見つめたレイがそう呟く。

「ああそうだよ。あれはこの森にいる古代種のノームの中でも三本の指に入るほどの力の持ち主ぞ。以前エイベルの墓を整えた際、其方の家族のドワーフにも言うたが、この森には全ての属性の古代種の精霊達が何人も暮らしておる。全ての属性の精霊が、な……」


『これこれ、何が言いたいのじゃ?』


 頭上で交わされる何やら含みのある会話にようやく気付いたレイが、三個目のパンを手にしながら心配そうにブルーと大爺の目を見上げる。

「どうしたの? あのノームがどうかした?」

 またよく分からないレイは、一番ありそうなことを考えてそう聞いてみた。


『いや、其方は気にせずとも良いぞ。おお、それもなかなかに美味そうではないか。中は燻製肉とたまごか。よきよき、しっかりと食べなされ』


 レイの不安そうな視線に気づいた大爺の目が、ゆっくりとレイのすぐ側まで降りてきてレイが手にしていた分厚い燻製肉とオムレツを挟んだ一番大きな三つ目のパンを右から左から、そして上から、レイの周囲をぐるぐると回りながらそう言ってくれる。

「えっと……美味しいよ。大爺もよかったら一口食べてみる?」

 興味津々の視線を感じてなんとなくそう言ったのだが、直後にブルーの吹き出す声が聞こえ、続いて大爺も笑い出した。


『フォッフォッフォ。おお、久方振りにその言葉を聞いたぞ。我に食事を勧めてくれる人の子が、ここにもおったわい……いやあ、長生きはするものよのう。愉快愉快……』


 その言葉を聞いたブルーも、おかしくてたまらないと言わんばかりに何度も頷きつつ低い声で笑っている。


『主殿のせっかくの申し出なれど、我にそのような食事は一切不要ぞ。我には良き水と日差しがあればそれで良いのだ。それは其方の血肉となる大事なもの故、遠慮はいらぬ。しっかりと食べなされ』


 森の乙女と話をしていた時とは全く違う、ゆっくりと心底おかしそうに笑う大爺とブルーの様子にレイも何だか嬉しくなって、笑顔で先ほどよりも大きな口を開けて三つ目のパンにかじりついたのだった。



『懐かしや。かの者もあのように大きゅうに口を開けて嬉しそうに頬張っておったなあ……いやあ、懐かしや。懐かしや』

 ゆっくりと目を閉じた大爺のその呟きが聞こえたレイが、不思議そうに食べていた手を止めて顔を上げる。

「かの者? えっと、誰の事?」

 首を傾げるレイの言葉に、一瞬大きく目を見開いた大爺は、しばしの沈黙の後に一つ大きなため息を吐いた。


『では、主殿の食事が終われば、先程の怖がらせた詫びに、一つ昔語りを聞かせて進ぜよう。まあ、何はともあれまずは食べなされ』


 目を細める大爺の優しい声に、笑顔で頷いたレイは言われた通りにまずは食べかけていた食事を再開したのだった。

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