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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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精霊界の岸辺

「えっと……」

 木彫りの竜に戻ったペンダントを見ながら、今のブルーの言葉の意味を考える。

「えっと……さっきここから出て来た、普段は出て来ないすごく大きな光の精霊とシルフ達。あの子達が出て来たのって、確か竜熱症を発症した僕が、ブルーに連れられてタキスと一緒にオルダムへ初めて行った時だから、もう三年以上前の話だよ? アルカーシュの生き残りだったアルファンをマティルダ様が紹介してくださった時だよね。それにあの時の事って、僕あまりよく覚えていないんだけど……もしあの時にあの子達が何かしたんだとしたら、それから三年も経ってから彼女が目を覚ますって時間的に変じゃあない? 寝坊するにしても遅すぎると思うけどなあ。それなのに、彼女はちょっと早起きしたんだって言ってたよ?」

 心底不思議そうなレイの言葉に、ブルーは苦笑いするかのように頷いて喉を鳴らした。

「まあ、人の子の感覚ではそうであろうな。だが、数年程度は精霊達にとっては大した問題では無いぞ」

 ブルーの言葉に、レイがまた首を傾げる。

「大した問題じゃあないって、どういう意味?」

「そのままの意味だよ。其方も物語で読んだ事があるであろう? 人の子が不思議な場所へ迷い込み、何らかの頼まれごとや冒険をして、ようやく元いた場所へ戻ってみれば、数日どころか数年や数十年経っていた。などというのを」

 確かにそういった物語は数多くある。レイも何冊も読んだ覚えがある。

「だけどあれは、創作の物語だよ?」

「創作の物語の中にも、真実のかけらはある。例えば、界渡りと星の影、という現世(うつしよ)常世(とこよ)二つの世界を行き来した男の話を覚えているだろう?」

 思わぬ本の名前が出てきてレイは笑顔で頷く。

 それはオルダムへ来てすぐの頃に勧められて読んだ本のうちの一冊だ。とても面白くて夢中になって読み耽り、その後も何度もお城の図書館で繰り返し借りて読んでいたら、綺麗な挿絵付きの本を降誕祭の贈り物で貰い大喜びしたのだ。

 今でもレイの部屋の本棚に並んでいる。精霊王の物語と並んでお気に入りのうちの一冊だ。



 それは恋人を病で亡くして絶望した一人の騎士が、星の綺麗な夜に水辺へ行った時に迷い込んだ不思議な世界で、仲良くなったシルフ達の住む森を荒らして木々を枯らそうとしていた黒い影をまとった狼の化け物を、その世界で出会った仲間達と共に様々な苦労の末に持っていたミスリルの剣で倒すという、いわゆる異郷冒険譚だ。

 最後は本人が願って元の世界へ帰るのだが、何とそこでは百年以上の時が過ぎていて帰る家も戻る場所も無くなっていたのだ。結局、途方に暮れていた主人公は、心配して迎えに来てくれたシルフ達に伴われてあの不思議な世界へ去っていく。といったお話だ。



「あれは実際にあった話が元になっている。主人公の彼が行ったのは、精霊界の岸辺と呼ばれる、いわばこちら側の世界と僅かに交わって混じりあっている特別な場所でな。通常、精霊界へ行ってしまった人の子はこちら側に帰る事は出来ぬが、精霊界の岸辺までならば精霊達が許せば人の子でも帰る事が出来るのだよ」

 思わぬ話にレイの目が見開かれる。

「ただし、そこでは現世と違って時の流れが曖昧でな。あの物語の主人公のように、向こうでわずか数年過ごしただけの筈がこちらでは何百年も経っていた、などというのは珍しくない。もちろん、現世と同調していて同じように時が流れておる事もある。そんな話もあったであろう?」

 面白がるようなブルーの説明に、頷いたレイの眉間に皺が寄る。

「えっと、つまり……」

「あの森の乙女が眠っておったのは、その精霊界の岸辺に作られた揺籠の中だったのだよ。精霊界の岸辺は、精霊界と物質界、つまり現世であるこちら側の世界の両方の声を聞く事が出来る場所でもある。そこで其方と共にいるあの古代種の精霊達が勘違いをしてこちらの世界でとある封印を一つ解いてしまった。眠っていた彼女の側にいたシルフが当然それを彼女に知らせ、彼女は起き出してこちらの世界へ渡ってきた。精霊界の岸辺にいた彼女にとっては僅かな時間であったが、こちらでは数年経っておった訳だな」

 詳しいブルーの説明を無言で聞いていたレイは、眉間に皺を寄せたままで真剣に考える。

「えっとつまり、眠っていた森の乙女は、本来ならまだ起きるはずのない時期に僕のペンダントにいる子達の勘違いのせいで間違って起こされちゃった訳だね。だけどそんな事情を知らない彼女は、こちらの世界へ来てみて、本当なら何かが起こっているはずなのに全然何も起こっていなくて、その上、それを知っているはずのブルーが平気で知らん顔をして僕と一緒にいたからあんなに怒った? それでブルーは、彼女がそんな勘違いをしているなんて知らずに、彼女に一方的に怒られて……怒り返した訳だね?」

 かなりの時間を考えて、ようやくまとめた考えをつっかえつつも口に出して確認する。

「まあ、その考えで間違うておらぬよ。先程大爺が歌ってくれたあの歌には、人の子には聞けぬ特別な言葉が隠されておる。彼女はそれを聞き、自分が眠っておった間の事を知ったのだよ。まあこれをどうやって知ったかと聞かれても、人の子である其方に解るように説明するのは、我であっても無理だなあ」

 困ったように苦笑いするブルーの言葉に、ようやくレイの眉間の皺が消えた。

「分かった。じゃあもう誰も怒っていないし、問題は無いんだね?」

「ああ、大丈夫だよ」

 笑って優しい声で頷くブルーの言葉に、レイは安堵のため息を吐いた。

「良かった。僕本当にびっくりしたんだからね。それに、実を言うと怒ったブルーはちょっと怖かった……」

 もう一度大きな頭に抱きついたレイは、最後はごく小さな声でそう言ってそっとブルーの額にキスを贈った。

「大好きだよブルー。これからもよろしくね」

「愛しているよ主殿。何度でも誓おう。我は常に愛しい其方とともにある」

 大きな音で喉を鳴らすブルーの厳かな誓いの声に、レイも何度も頷いてはキスを返した。

 大爺はそんな仲睦まじい二人の様子を黙って見つめていたが、またゆっくりと歌い始めた。

 それはいつもブルーが歌っている、あの癒しの歌だ。それを見て、森の樹々の間からこちらを伺っていたドライアード達が大爺と一緒に歌い始める。シルフ達やノーム達、ウィンディーネ達もそれに加わり一緒になって歌い始めた。

 火蜥蜴達は、それぞれ好きな場所で寛ぎながらうっとりと目を閉じて優しいその歌声に、レイと一緒に聞き惚れていたのだった。

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