古代種の精霊達
「大好きだよ。ブルー」
もう一度、自分に言い聞かせるかのように小さな声でそう呟いたレイは、大きなブルーの頭に抱きついたまましばらく動けなかった。
「ああ、愛しているよレイ。我が主殿」
大きな音で喉を鳴らしていたブルーは、そう言ったきりレイが自分から離れるまで一切動かずにじっとしていた。
ようやく手を離したレイと目を見交わして笑い合ってから鼻先にキスをもらって、それからブルーはゆっくりと顔を戻した。
『まあまあ』
『相思相愛で羨ましい事』
呆れたかのようにそう言って笑って拍手をする森の乙女のシルフは、もう先程の別人かと思う程の威圧感は全く無く、あれは夢だったのかと思う程に普通だ。
笑いを収めた彼女は、ふわりと飛んでレイの目の前までやって来て留まった。
『おやおや』
『会うた時から思うていたが』
『何やら妙な気配がしておるなあ』
『おやおや、これはまた……』
森の乙女はレイを見つめたまま、意味不明な事を呟きつつまるで検分するかのようにレイの周りをふわふわと飛び回っている。
「えっと……」
意味が分からず戸惑うようにレイが彼女の動きを目で追っていると、ブルーが嫌そうに翼を広げてレイを包むようにして、彼女の視線からレイを隠してしまった。
「森の乙女、我が主に無礼をするな」
咎めるようなブルーの声を聞いてレイが慌てる。こんな間近でまた先程みたいな喧嘩になったら、今度こそ逃げる間も無く気絶しそうだ。
しかし、森の乙女はそんなブルーの言葉を聞くなりくるりと回って一瞬で消え失せ、次の瞬間にはブルーの翼の内側、つまりレイの頭上に姿を表した。
『シルフの目から隠せる訳が無かろうがこの愚か者が』
鼻で笑って上を向いてそう言った森の乙女は、改めてレイの目の前へ飛んで来てそれから彼の胸元を見た。
そこには、母さんの肩身の木彫りの竜のペンダントがある。
『精霊王はいたずらがお好きと見ゆる』
『ずいぶんと手の込んだ事をなさるものよ』
『まさか……が竜の主となる日が来ようとはな』
「え? 今、何て言ったの?」
大きなため息と共に呟かれた言葉が聞き取れず、思わず聞き返してしまう。
すると、森の乙女はもう一度レイを見つめてから彼の胸元にある木彫りの竜のペンダントを見た。
『主殿』
『其方はこれが何なのか知っておるのか?』
そう言って胸元のペンダントを示す。
「えっと、これは母さんの形見のペンダントだよ。いつも母さんが身に付けていたんだ」
ペンダントを左手の上に乗せて見せてやる。
その答えにまた大きなため息を一つ吐いた彼女は、ふわりとレイの掌の上に降りて来た。
『出よ。太古の友よ』
重々しい口調で森の乙女がそう言ってレイのペンダントを軽く叩いた瞬間、草地いっぱいに光があふれた。
突然の光に驚き、レイは咄嗟に右手で目を覆って悲鳴を上げる。
「何事か!」
驚くブルーの声と同時に光が消えた時には、レイの目の前にいつもの光の精霊達が全部で五人、それから以前一度だけ会った、とても大きな光の精霊とシルフが二人ずつ出てきてレイの目の前に並んだ。
『懐かしや』
『懐かしや』
『ここは清浄なる場』
『ここは懐かしき古き良き場』
精霊達は口々にそう言い、いつもの五人の光の精霊達は嬉しそうにレイの頭上を飛び回り始めた。
『エントの大老にまたお目にかかれるとは驚きなり』
『久しき友よ息災で何より』
『森の乙女も息災か』
『息災か』
突然出てきた大きな光の精霊達とシルフ達は、笑ってレイに一礼すると黙ったまま自分達を見つめていたあの大爺の目のところへふわりと飛んでいった。それを見て、森の乙女もそれに続いた。
そしてそれを見ていたブルーが、無言のまま開いていた翼を閉じてくれた。
視界が開けて頭上を見ると、ブルーは明らかに怒ったような表情で、しかし黙ったまま大爺のところへ行った精霊達を見つめていた。
「えっと……」
完全に置いてけぼり状態で何がどうなっているのかよく分からないレイは、何か言いかけたが口をつぐんだ。
まずは精霊達と大爺の話を聞こうと思ったからだ。
『ふむ、久しいのう。其方達も息災そうで何よりじゃ』
レイのペンダントから出て来た、明らかに古代種と思われる大きなシルフ二人と光の精霊二人を前に、大爺が重々しい声でそう言って頷く。
『古き友らがこれほど集まってくれるとは、長生きするものよのう。今日は善き日ぞ……』
巨大な目がそう呟いてそっと閉じる。そして、ゆっくりと歌い始めた。
「あれ? この歌って……?」
物悲しくも哀愁漂うその歌が、静まり返った草地に響いて広がっていく。
しかしどこかで聴いた覚えがありレイが密かに首を傾げていると、ブルーもそれに続いて大爺と一緒に歌い始めた。
頭上にはシルフ達や光の精霊達が、地面にはウィンディーネ達やノーム達それに火蜥蜴までもがそれぞれ数えきれないほどに大勢現れて草地を埋め尽くしていた。
そして大爺の本体であるオークの樹をはじめ、この草地を取り囲む巨木の枝や幹のうろからは、レイは初めて見る樹木の精霊であるドライアード達がこれも大勢現れて、大爺とブルーの歌を目を閉じてうっとりと聴き入っていた。
大爺とブルーの歌う声は優しく重なり、ブルーの足に座ったレイも、時を忘れてその不思議と懐かしい歌声をうっとりと聴き入っていたのだった。




