古代種のシルフ
「ほう、これはまた珍しい子がおるではないか」
驚いたようなブルーの言葉に、子竜達を見ていたレイが顔を上げる。
「珍しい子って、あの大きなシルフの事?」
その声が聞こえた黒角山羊にブラシをかけていたタキスが、慌てたように顔を上げてレイを見る。
そのタキスの様子を見たニコス達も何事かと手を止めて、タキスの視線を追って蒼竜様と仲良く話をするレイを見る。アンフィーにはシルフ達は見えないが、何やら様子の違うタキス達を見て心配そうにしつつも黙っていた。
彼らの無言の視線に全く気が付かないレイは、不思議そうにあの大きなシルフを見た。
「えっと、彼女は蒼の森にいる古代種のシルフだって言ってたよ。さっき、下の厩舎からここへ上がってくる時に、螺旋階段を怖がって上がれないシャーリーとヘミングを羽虫で誘導して連れて来てくれたんだ。優しい子だったよ」
無邪気に笑うレイの言葉を聞き、ブルーが大きなため息を吐いた。
「森の乙女よ、久方振りよな。一つ尋ねるが、其方が何故にこのようなところにおるのだ?」
咎めるような強いブルーの言葉に、驚いたレイがブルーを見上げる。
ブルーが彼女を警戒しているのに気付いて、慌ててブルーのすぐ側へ駆け寄る。
「ふむ……」
口を開きかけたブルーは、明らかに何か言いたげに遠巻きに自分を見ているタキス達と、戸惑うアンフィーを見て、それからすぐ側まで来て心配そうに自分を見上げるレイを見た。
「レイ、今日は良いお天気のようだ。せっかくだから少し一緒に空を飛ぼうか。我の背中に乗りなさい」
今のブルーの背中には、鞍も手綱もない。だが、唐突なその言葉にレイは何も聞かずに笑顔で頷いた。
「うん、いいね」
伏せてくれたブルーの腕からシルフの助けを借りて遥かに高い位置にあるブルーの首元まで一気に飛び上がり、いつもの定位置に鞍が無いのも気にせず軽々とまたがる。
「えっと、ちょっとブルーとお散歩してきます」
笑顔でそう言われて、我に返ったタキスがややぎこちない笑顔で頷く。
「ああ待って! レイ、それならこれを持って行けよ!」
同じく呆然とレイを見上げていたニコスが慌てたようにそう言って、タキスが先程バケツと一緒に持って上がってきたカゴから大きな包みを取り出した。
「今日は天気が良さそうだから、少し寒いが昼はここで食べようと思って簡単に用意してきたんだよ。これはレイの分だよ。お茶と、念の為に膝掛けも一緒に持って行きなさい」
集まってきてくれたシルフ達に膝掛けにまとめて包んだそれらを託すと、彼女達は当然のようにそれを受け取り、ふわふわと宙に浮かせてレイのところまで持って行ってくれた。
「ありがとうニコス。じゃあ行ってくるね」
にっこり笑って包みを受け取ったレイは、それをそのまま胸元に抱えてそっとブルーの首元を撫でた。
「じゃあ行こうか、ブルー」
「うむ、では行くとしよう」
いつも通りの様子でそう言ったブルーは、大きな翼を広げてゆっくりと上昇した。
上空で軽く旋回してから一気に飛び去っていった。
あっという間に見えなくなったその巨大な姿を言葉も無く見送ったタキス達は、しばらくして揃って大きなため息を吐いた。
「あの、一体何事ですか?」
唯一全く状況が分からなかったアンフィーが、遠慮がちにタキス達に話しかける。
「彼女もいなくなりましたね……」
まだ呆然としていたタキスが、慌てたように周囲を見回し、先程のあの大きなシルフがいなくなっている事を確認してからもう一度大きなため息を吐いた。
「どうやら蒼竜様は、あの古代種のシルフと我らには聞かれたくない内緒の話をしたかったようですね。まあ古竜のする事に、我らが口を出すのは烏滸がましい。ここはレイにお任せ致しましょう」
もう一度大きなため息を吐いたタキスが肩をすくめながらそう言い、何か言いたげにしているシルフ達を見た。
「先程のあの大きなシルフについては、全て内緒の話ですからね」
にっこりと笑って、シルフ達に向かって口元に指を一本立てる。それを見て、シルフ達が一斉に頷く。
『分かった分かった!』
『シーなの!』
『シーなの!』
『内緒内緒!』
『シーなの〜〜!』
『ね〜〜〜!』
『ね〜〜〜!』
一気に機嫌を直して笑うシルフ達を見て、今度は安堵のため息を吐いたタキスだった。
「おい、一体何がどうなっているんだ?」
不安そうなニコスの言葉に、タキスは黙って首を振った。
「彼女達が言っていたでしょう? シーなんですよ」
そう言って、にっこりと笑ってもう一度口元に指を立てた。
『シーなの!』
『内緒内緒』
『シーなんです〜〜〜!』
タキスの周りに集まったシルフ達が、また一斉にそう言って楽しそうに口元に指を立てる。
「あはは、了解だ。じゃあもう聞かないよ。ああ、大変だ! カナエ草のお茶の水筒をレイにそのまま渡しちゃったから、アンフィーの分のお茶が無いよ。もう一度入れてくるから悪いがブラシをよろしくな」
話を変えるように笑ったニコスの大声に、タキス達が揃って吹き出す。
「おやおや、蒼竜様だけでなく他の竜騎士の皆様も来られるのに、それはいけませんねえ。では、私達で手分けしてブラシをしてしまいましょうか」
「そ、そうですね。ではニコス、申し訳ないけどお茶の準備はお願いします」
苦笑いしたアンフィーも、タキスの言葉に続いてそう言ってバケツの中から大きな柄の付いたブラシを手にした。
「ほら、チョコ。ブラシをしてあげるからおいで」
草を食んでいた大きなトリケラトプスのチョコに優しく声をかけてやると、嬉しそうにひと声鳴いたチョコは、いそいそとアンフィーの側へ歩いてきた。
笑ってチョコにブラシをかけ始めたアンフィーを見て、タキスとギードもブラシを手にした。
「じゃあ、すぐに戻ってくるよ」
笑ったニコスはそう言って、足早に石の家へと続く坂道を駆け降りて行ったのだった。




