シルフとレイと子竜達
「こ、古代種のシルフだと……?」
「しかも、初めて会うたと言いおったな……」
「そ、それなのに……あんな複雑な事を……」
「我らがどれだけ苦労しても、絶対に上がらなんだものを……」
ニコスとギードの消えそうな呟きを聞き、まだ呆然としていたタキスが無言で自分の周りにいるシルフ達を見る。
今、彼らの周りにいるシルフ達は普段から見慣れた小さな女性の姿をした半透明の子達ばかりで、身にまとった布を風にたなびかせてふわりふわりと飛んでいるだけだ。多少大きさに違いはあるものの、ほぼ全員が手のひらほどしかない小さな体をしてる。
そんな彼女達はキラキラと目を輝かせて、レイとその頭上にいる大きなシルフを見つめている。
「知り合いですか?」
タキスの言葉に、シルフ達が笑いさざめく。
『知り合い?』
『知り合い?』
『誰と誰が?』
『誰と誰が?』
『知り合いって?』
『何だろうね?』
『何だろうね?』
笑って質問に質問を返して好きに笑い合っているシルフ達に、苦笑いしたタキスが質問を変える。
「ではこう尋ねましょう。先ほど子竜達を連れて上がってくれた、あの大きな古代種のシルフを貴女達は知っているんですか?」
すると、真顔のタキスの質問にまた一斉にシルフ達が笑った。
『もちろん知っているわ』
『知ってる知ってる』
『彼女は森の乙女』
『古の頃より』
『蒼の森にすむ』
『彼女は稀有なる森の乙女』
『ちょっと早起きしちゃったの』
『早起き早起き』
『だから遊ぶんだって』
『遊ぶの遊ぶの』
『大好きだもん』
『大好き大好き』
『ね〜〜〜!』
『ね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
笑いながら若干意味不明な事を答えるシルフ達を見て、またタキスが無言になる。
「森の乙女? 古の頃より深き蒼の森にすむ稀有なる森の乙女? ううん、一体何なのでしょうか?」
初めて聞く何やら意味有りげな言葉に考え込んでいると、レイの不思議そうな声が聞こえた。
「ねえタキス。何してるの? どうかした?」
「あ、ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました。はあ、全く貴方にはいつもながら驚かされますね」
わざと呆れたようにそう言い、足元を見てから小さく吹き出す。
「おやおや、ブラシとバケツを下に置いてきてしまいましたね。取ってきますから、レイはシャーリーとヘミングと遊んでやってください。このところあまりお天気が良くなかったので退屈していましたからね」
肩をすくめてそう言うと、レイに手を振ってブラシを取りに螺旋階段を駆け降りて行った。
「ごめんね。じゃあブラシはよろしく。シャーリー! ヘミングも! ほらおいでよ。一緒に遊ぼう!」
笑ったレイは、そう言って腰のベルトに取り付けた小物入れからこっそり用意していた紐を取り出した。
その紐の先には引き裂いた20セルテほどの長さの布が、束になって結び付けられている。レイがガルクールに頼んで端切れをもらって作った、特製猫じゃらしならぬラプトルじゃらしだ。
「ほ〜ら、捕まえてごらん!」
笑ってそう言いながら右手で持って紐を軽く振り回してやると、当然束になった部分がそのあとを追うようにして右に左に大きく振られる。
それを見たシャーリーとヘミングだけでなく、何とベラとポリーまでが興味津々で駆け寄ってきたのだ。
「ちょっと待って! 君達は駄目だよ〜〜!」
慌てたレイが紐を持って走って逃げるが、それを見るなりベラとポリーは揃ってレイを追いかけ始めた。
いくらレイの足が速いと言っても所詮は人間の走れる速さでしかなく、しかも長距離を速いまま走り続けるのは大柄なレイにはかなりの無理がある、なので当然、大人のラプトルの足の速さに適うはずもない。
ましてやベラとポリーは森育ちの頑丈な身体をしているので、当然走る速さもかなりのものだ。
あっという間に追いつかれてしまい、レイの手からラプトルじゃらしの紐が早々に奪い取られてしまう。
「ああもう! コラ〜! 返しなさ〜〜い!」
紐を咥えたベラが嬉々として走り出し、当然咥えた紐の先の布の束が勢い余って振り回されるのを見てポリーがそれを追いかけて走り出す。そしてそれをレイが笑いながら追いかけて、その後ろをシャーリーとヘミングがこれまた嬉々として追いかけ始める。
しかし、レイは早々に息を切らせて脱落してしまった。
「ああ、もう、駄目……息が、出来、ない、よ……」
肩で息をしながら近くにあった適当な大きさの岩に倒れ込むようにして座ったレイは、息を整えようと何度か深呼吸をしながら草原を見る。
レイの視線の先では、楽しそうに咥えた紐を引っ張り合いっこしながら嬉々として草原を走り回るベラとポリーと、その周りで飛び跳ねて追いかけながら、時折布の先を咥えて引っ張り、下から隙あらば紐を取ってやろうと狙っているシャーリーとヘミングの姿があったのだった。
家畜達やトリケラトプスのチョコは、そんなベラ達を何ごとだと言わんばかりに遠巻きに見ているのだった。
「あはは、僕が持って一緒に遊んであげるつもりだったのに、ベラとポリーが子供達と遊んでくれているね。まあ、せっかく作ってきたんだから、遊んでもらえるなら何でも良いよね」
もう一度大きく深呼吸をしたレイは、そのまま仰向けに岩の上に倒れ込んだ。
「はあ、ちょっと休憩。ううん、今日もいいお天気だね」
見上げた真っ青な空に浮かぶ真っ白な雲を見ていたレイの目が輝く。
「ああ、ブルー!」
北側の竜の背山脈の方角から大きな翼を広げたブルーが飛んで来て、草原の上を何度か旋回してからいつもの定位置にゆっくりと降りてくる。
それを見て腹筋だけで起き上がったレイは、立ち上がって愛しいブルーの元へ一気に駆け出して行ったのだった。




