ティミーの休暇初日
頂いた休暇の初日、午前中は竜騎士隊の本部でゆっくりと休憩して本を読んでいたティミーは、早めの昼食を食べてからお城にある精霊王の神殿の別館へ向かい、まずは精霊王の祭壇にしっかりとお祈りを捧げた。
竜騎士見習いの制服を着た小柄なティミーは、礼拝堂にいるほぼ全員から無言の注目を集めていたが、しっかりと顔を上げて胸を張ったティミーはそんな視線の数々にも怯える事も無く平然としていた。
お祈りを終え、迎えに出て来た神官に案内されて奥へ下がる彼を、好奇の目を隠そうともしない貴族の人々の視線が追いかけていたのだった。
礼拝堂を出て神殿の中にある応接室へ案内されたティミーは、お茶の用意をしてくれた神官様にお礼を言ってソファーに座り、久し振りの紅茶をそっと口に含んだ。
だけど神官様はすぐに下がってしまわれたし、一緒に来てくれた執事のマーカスや護衛の者達は別室にて控えているのでここにはいない。なので、部屋は一人だけになってしまった。
「はあ、かなり慣れたとは思っていたけど、さすがにここへ一人で来るのは初めてだもんなあ。ちょっと緊張しちゃった」
ティミーは小さなため息を吐き、そう呟いて置いてあったクッションを抱えた。
「販売会。今年はどうだったんだろう。僕が書いたカードは誰か買ってくれたかなあ」
小さくそう呟いて、もう一度ため息を吐いてクッションに顔を埋めた。
午前中、ティミーの母上は、所属している未亡人倶楽部が定期的に行っている奉仕活動に参加していて、この精霊王の神殿の別館にいたのだ。
今回、神殿内にある広い部屋で行われたその奉仕活動は人を集めた販売会で、神殿が管理している孤児院の子達への降誕祭の贈り物を買う為の資金集めが主な目的だ。
倶楽部関係者からの寄付で集められた様々な品々の価格は、全て入札方式となっている。当然、これは寄附が目的なので小さな物であってもかなりの金額を書いてくれる人が多くいて、こういった販売会では多くの資金が集まっている。
今年は、せっかくなので自分も入札する側に参加したいと母上に申し出ていたのだが、まだ貴方は未成年なのだから気にしなくても良いと言われてしまい、結局、いつものように手書きのカードを贈ったのだ。
それは、貴族の未成年の子供達が寄付が目的の販売会などの際によく作るカードで、大抵はちょっとした絵を描いたり魔除けの模様などを描き、装飾文字で寄付のお礼の言葉を綴っただけの簡単なものだ。
これに大人達が価格を付けて買ってくれ、その買取価格がそのまま寄付金となる。
誰が作ったカードなのかは知らせないのが暗黙の了解で、そうなると文字が上手で綺麗な模様のカードの方が高い値段が付きやすい。
なので、貴族の子は皆綺麗な字を書けるように幼い頃から練習をするし、絵を描く練習をしたりもする。
特に文字の綺麗さは、大人になった時にそのまま個人の評価の判断基準の一つにもなるのだから、当然皆必死で練習する。
実は勉強家でもあるティミーの書く文字はとても綺麗だし、彼が作る装飾カードはとても綺麗だと毎回大評判で高値が付いているのだが、ティミーはその事を知らない。
『心配せずとも大人気だったぞ』
その時、紅茶のカップの縁にシルフが現れて座り、笑って手を振りながらそう教えてくれた。
「ゲイル。ええ、そうなの?」
驚いたティミーは、体を起こしてシルフを覗き込む。
『かなりの高値が付いていたぞ』
「それは嬉しいなあ。誰が買ってくださったんだろう?」
優しいターコイズの使いのシルフの言葉に、ティミーは嬉しそうにそう呟いてクッションを抱え直した。
『教えてやろうか?』
「ああ、駄目駄目! それは教えないで!」
笑ったターコイズの言葉に、ティミーが慌てたように顔の前で手を振る。それを見て、ターコイズの使いのシルフは楽しそうに笑っていた。
『毎回ティミーが書くカードはとても美しいとご婦人方に大評判らしいぞ』
ふわりと飛んで来て鼻の頭にキスをくれたシルフの言葉に、ティミーは驚きのあまりポカンと口を開けて見ていた。
「そうなの? ええ、そんなに上手くないと思うけどなあ」
『我は嘘は言わぬよ』
『ああそろそろお母上が来られるぞ』
笑ったターコイズの使いのシルフの言葉に、ティミーは慌てて残っていた少し冷めた紅茶を頂いたのだった。
しばらくして、ターコイズが言った通りに母上であるヴィッセラート伯爵夫人が部屋に入って来たのだが、残念ながら感動の再会とはならなかった。
何故か当然のように一緒に入ってきた未亡人倶楽部の方々が、あっという間にソファーを占領してしまったのだ。
だがティミーは嫌な顔一つせずににこやかに挨拶を交わし、これからも母上をどうかよろしくお願いいたしますと頭を下げ、居並ぶご婦人方を感激させていた。
当然のようにそこからご婦人方の質問攻めにあい、ティミーは久し振りの母上に甘えるどころかろくに話も出来ないままに、延々と愛想笑いをしながら話相手をする事になったのだった。
結局、ようやく解放されて一の郭の久しぶりの屋敷にティミーとお母上が戻ったのはもうすっかり日が暮れた時間になってからの事で、馬車の中でティミーは、久し振りに会えた母に誰にはばかる事もなく思い切り甘えていたのだった。
「セージ! 元気にしていた?」
到着した屋敷で大勢の使用人達に出迎えを受けたティミーは、久し振りに戻った自分の部屋のベッドにセージがいるのに気付いて、目を輝かせて駆け寄ろうとした。
しかし、ベッドで寝転がっていた猫のセージは、駆け寄って来たティミーを見るなり飛び上がるみたいに起き上がって、そのまま脱兎の如く部屋から逃げ出してしまったのだ。
「ええ……?」
そのあまりの逃げっぷりに、ティミーだけでなく一緒に部屋に入って来ていたマーカスまでが呆気に取られている。
無言で顔を見合わせたティミーとマーカスは、ほぼ同時に慌てたように後を追って廊下に出た。
すると、猫のセージが少し離れた階段の途中で立ち止まってまん丸になった目でこっちを見ているのに気付いて、今度は驚かさないようにゆっくりと近寄って行った。
「ただいま。セージ、僕だよ」
苦笑いしながら、そう話しかけたティミーはゆっくりと右手を差し出だしてセージの鼻先へ持って行く。
少しだけ後ろに下がったセージは、思い切り不審そうにクンクンとその指先の匂いを嗅ぎ始めた。
ティミーもマーカスも無言のままじっとしている。
しばらくして嗅ぐのをやめたセージは、今度は動かずにティミーをじっと見つめている。
「僕だよ? 驚かせてごめんね」
出来るだけ優しくそう声をかけてやった時、突然目を輝かせてまだ差し出したままだったティミーの指先に頬擦りしてきた。
そして突然に始まった、凄い勢いで鳴らされるセージの喉の音。
しばらく二人揃って呆然と猫のセージを見つめていたが、状況を理解して二人同時に吹き出してしまった。
「ねえ、これって……もしかして、冗談抜きで、僕の事を忘れてて、今、今思い出した?」
「の、ようですねえ……しかもどうやら、必死で誤魔化しておられるようですねえ……」
必死で笑いを堪えたティミーの呟きに、同じく笑いを堪えたマーカスがそう言ってうんうんと頷く。
「もうセージ! いくら何でも僕を忘れるなんて酷いよ!」
記憶にあるよりも一回り以上大きくなった猫のセージを抱き上げたティミーは、声を上げて笑いながらそう叫んだ。
笑いが止まらないままにセージを抱いて、マーカスと一緒にまずは着替えをする為に部屋へ戻って行ったのだった。
ひとまずベッドに戻された猫のセージは、ティミーが着替えている間中、ずっとご機嫌で喉を鳴らしていたのだった。




