レイの誓いと大切な家族
「うん、ちゃんと出来ているよ。凄い、アンフィー。もしかして僕より優秀なんじゃあない?」
笑ったレイの言葉にアンフィーは困ったように苦笑いしながら、手にした棒を教えてもらった通りに構えては、一生懸命に上下に振って型通りの素振りを繰り返し練習していた。
せっかくなので、基礎の棒術や護身術程度はここにいる間に覚えるといい。
ニコスにそう提案されて、それならばとやる気を出した武術には全くの初心者のアンフィーに、ニコスだけでなくレイとギードまでが張り切って一番最初の基礎から嬉々として教えると言い出し、まずは硬くなっている身体を解す為の準備運動や柔軟体操のやり方を一通り教えた。
ところが意外な事に、アンフィーはこれを知っているのだと言う。しかも、普段からこれらの準備運動や柔軟体操を、朝起きた時に自分の部屋でやっているのだと言う。
「ええ、どうして武術初心者、と言うか未経験者のアンフィーがこれを知っているの?」
驚くレイに、体を起こしたアンフィーは少し考えてから納得したように頷いた。
「これらは、俺の友人でもある軍の下級兵士達に教えてもらったものですよ。ロディナの竜の保養所には当然ですが軍に所属する下級兵士が大勢います。もちろん俺の友人にも軍属の者が何人もいます。これはそんな彼らが早朝の朝練の前に外の広場で行っているもので、それは俺のような一般の職員達も一緒にする事が多いんですよ。特にこれをやっておけば、冬の寒い朝であっても厩舎の掃除や力仕事をして筋を違えたり体を痛めたりする事が全くと言っていい程に無いんですよ。最初の頃は一緒にしていたのは数人だけだったんですが、俺も含めて面白がって続けて参加するようになると、今申し上げたように、明らかに身体の動きが何もしない時よりも良いのに気がついてね。そうしたら他の者達まで噂を聞いて段々と参加するようになって、いつの間にか早朝の準備運動や柔軟体操、それから人によっては荷重訓練も軍人達の指導で一緒になってするようになったんです」
「へえ、そうなんだ。一般の人と軍属の人が一緒に仕事をするロディナならではの話だね」
感心したようなレイの言葉に、ニコス達も笑顔で頷いている。
「これならもう、早速実技の基礎に入れるぞ。となるとまずは、全ての基礎となる腰を落とした構え方と棒術の基礎からだな」
進み出たニコスの言葉に真剣な表情でアンフィーが頷き、レイが彼の目の前で基本の構え方をやって見せて、ギードも加わって三人がかりで詳しい説明を始めた。
基本となる構えの説明をした後は、受身の取り方や金剛棒の構え方なども一通りの説明をしていく。
その後は、まずは型通りに軽く棒を振る練習だ。
「ええ、確か僕はいきなり構えているギードに打ち込んだよね?」
真剣に延々と素振りをするアンフィーを見て、レイが不思議そうにしている。
「ああ、素振りばかりでは面白く無かろう?」
笑ったギードの言葉に、レイも苦笑いしながら頷く。
「特に子供に教える場合は、まずは訓練そのものを面白いと思うてもらわねば長続きせんからな。となると、一人で黙々と素振りをするよりも誰かに打ち込む方が面白いからな。実際、面白かったであろう?」
片目を閉じたギードにそう言われて、吹き出しつつもレイは大きく頷く。
「確かにその通りだね。構えているだけのギードに夢中になって何度も打ち込んだんだっけ」
嬉しそうにそう言って素振りをする振りをする。
「始めて棒術訓練を受けた次の日は、身体中痛くて痛くて目が覚めたんだよね。それなのに無理して頑張って立ち上がったら、起こしに来たタキスに生まれたばかりのラプトルみたいって言って笑われたんだよ。ひどいと思わない?」
「ああ、確かにそんな風でしたねえ。動きは妙にギクシャクしていたし、両手は寝る前に湿布していましたから、包帯をぐるぐる巻きにしていたんでしたね」
口を尖らせるレイの言葉に笑ったタキスが、自分の掌にもう片方の手で包帯を巻くような仕草をして見せる。
「それから、何とか身支度を整えて居間に行ったら笑顔のギードにこう言われたんだよ。この痛みを覚えておけって、訓練をした証の記念すべき初めての筋肉痛なんだってね」
目を輝かせて話すレイの言葉に、照れたようにギードが笑う。
「そうであったかのう。厩舎で痛がってヒイヒイ言っておった事くらいしか覚えておらぬなあ」
誤魔化すようにそう言って笑っているが、当然ギードはあの日の事をまるで昨日の事のように鮮明に覚えている。
まだ体も細くて小さかったレイが、必死になって短い棒を手に自分に打ち込んで来たあの時の事も。
小柄な初心者とは思えない肘まで届く打ち込みの衝撃をいなしつつ、少しコツを教えただけで、戸惑う事も無く真っ直ぐに打ち込んできたその太刀筋を見てギードは確信していたのだ。
この子は間違いなく強くなる。と。
そしてその予想は違わず、今のレイはギードの予想の遥か先にまで進んでいる。
「こうも言ってくれたよね。この痛みもいつかは笑い話になるって、今は柔らかい掌もいずれ硬くなる。それが男になるって事なんだってね」
今ではすっかり硬くなった自分の掌を見ながら、レイは誇らしげに笑った。
「僕、こんなに大きくなって少しは強くなれたでしょう。だけどあの時のギードの言葉をずっと覚えているよ。それで訓練をしながらいつも思っていた。絶対にもっともっと強くなるんだって。そして精霊王に誓ったんだ。大好きな、僕の大切な家族を今度は強くなった僕が守るんだってね」
驚く一同を見て、もう一度レイは胸を張って笑った。
「それに、今ではこうも思っているよ。大好きなディーディーがいるこの国を守りたいってね。もちろん僕はまだ見習いで、実際には出来る事なんて本当にまだ全然無いんだけどさ。だけどそれは、この国の竜の主に課せられた大切な責任であり役割でもあるからね」
最後は誤魔化すように笑って肩をすくめたレイの言葉に、しかしタキスとニコスとギード、そしてアンフィーまでがそれぞれに大声を上げてレイの元へ駆け寄って来てそのまま抱きついた。
大きなレイの体は、そんな三人をしっかりと抱きしめ返し、その三人ごとまとめて抱きついてきたアンフィーにも笑って腕を緩めて改めて抱きしめ返した。
「皆、大好きだよ。僕、頑張るから見ていてね」
とうとう我慢しきれなくなって声を上げて泣き出した三人に驚いたように目を見開いたレイは、一番自分に視線が近いアンフィーまでもが目を潤ませて自分を見つめているのを見て、もう一度誤魔化すように恥ずかしそうに笑ったのだった。
その頬が赤くなっているのを見て笑ったアンフィーも目を閉じて、腕の中の三人ごとレイを力一杯抱きしめたのだった。




