思い出話
「ああブルー! 来てくれていたんだね!」
家畜や騎竜達を連れて上の草原へ上がったレイは、草原の端に座ってこっちを見ているブルーを見て歓声を上げて駆け寄って行った。
「おはよう、レイ。昨夜は大騒ぎだったようだな」
笑みを含んだ優しい声でそう言われて、自分が酔っ払ったことを思い出したレイは小さく吹き出し、誤魔化すように両手を広げて大きなブルーの頭に飛びついた。
「あれは、えっと、楽しかったから良いんです!」
楽しかったから良いのだと堂々と断言するレイの言葉に、ブルーが堪えきれないように笑っている。
「まあ、これも経験だろうさ。好きなだけ楽しむが良い。あの程度の事なら面倒見てやる故な」
「うん、お願いね!」
笑ってブルーの大きな額にキスを贈ったレイは、抱きついていた手を離してブルーの足元に集まって来ている黒頭鶏達を見た。何も言わずにレイがブルーを見上げると、心得ているブルーが大きな足で爪を立てながら足踏みをしてから少し場所を移動する。
掘り返された地面に黒頭鶏達が嬉々として駆け寄り、先を争うようにして地面をほじくり返し始めるのをブルーは面白そうに眺めていた。
「ああ、成る程。蒼竜様が硬い地面をその大きな爪で掘ってくださると、黒頭鶏達は土の中に隠れている虫を探せるのか。へえ、ちゃんとそれを理解して集まって来る黒頭鶏達もすごいなあ」
少し離れたところでブラシの入った木桶を手にこっちを見ていたアンフィーが、感心したようにそう呟く。
「ああ、そう言えば以前から黒頭鶏達は、いつも蒼竜様の足元に集まっていたなあ」
「そうだったなあ。それが原因で、我らの嘘がルーク様に見破られていたのだったなあ」
アンフィーの呟きを聞き、ニコスとギードが苦笑いしながら頷き合っている。
驚いたレイが、二人を振り返って首を傾げている。
「ほれ、チョコにブラシをしてやるから其方も手伝ってくれ。ブラシをしながら、今の話を詳しくしてやる故な」
笑ったギードにそう言われて、笑顔で頷いたレイが駆け寄ってギードの手から家畜用の大きなブラシを受け取る。
「じゃあ、チョコ。ブラシをするからじっとしていてね」
チョコの横に立って鼻先を撫でてやりながらそう話しかけたレイは、腕を伸ばして首に張り出している大きなフリルの裏側部分にブラシをかけ始めた。チョコの反対側に回ったギードもブラシを始める。
それを見て、アンフィーとニコスとタキスもそれぞれ家畜やラプトル達にブラシをかけ始めた。
しばらくはそれぞれ無言でせっせとブラシをしていたのだが、背中辺りのブラシを始めたところでギードが口を開いた。
「まだ、蒼竜様の存在が公になっておらんかった頃、野生の竜の存在を調べに竜騎士様方がここへ竜と共にいらした事があった。ほれ、以前少し話したのを覚えておるじゃろう? タキスと一緒に其方は石の家へ戻った時の事じゃよ」
その話は確かに聞いた事があったので、手を止めてギードを見たレイが素直に頷く。
「その時にここへ竜に乗って来られたのはルーク様とタドラ様だった。当然だが其方の事も蒼竜様の事も我らは知らぬ存ぜぬで通した。竜を見たのは今日が初めてじゃと言うてな」
「だが、後でルーク様に言われたんだよ。あの時に俺達が嘘をついていたのは、実は分かっていたってな」
「ええ、どうやって?」
驚くレイに、ギードとニコスは顔を見合わせて苦笑いしている。
「それの原因が、まさにその黒頭鶏達だったのじゃよ。ルーク様によると、普通ならば草原に竜が降りてくれば、小さな黒頭鶏や家畜達は即座に逃げ出してそれこそ森の中か岩陰に隠れて出て来ないとな。だが、あいつらは逃げるどころか竜達が飛び立つと同時に足元に集まって嬉々として地面をほじくりかえし始めた」
「つまり、これは竜の存在自体に家畜達が慣れていて、しかも竜が飛び立つ際に地面に爪を立てるのを知っているのだと、そう見破られてしまっていたわけだ」
ギードとニコスが交互に説明してくれる話を聞きながら、レイはただただ感心していた。
「ああ、竜熱症を発症した僕がオルダムから戻って来た時に、ルークがここでそんな事をギード達に話していたね。へえ、あれってそう言う意味だったんだ」
実際に初めてルークとタドラがここに来た時の、彼らとのやりとりがどれだけ緊張感を伴う切迫したものだったのかをレイは知らない。
無邪気に感心しているレイを見て、あの時の心臓が止まりそうな程の緊張感を思い出したニコスとギードは揃って苦笑いしていたのだった。
「本当にオルダムに運ばれた時のレイは、手遅れ寸前のギリギリの状態だったそうだからな」
「全くだよ。今、こうして立派な竜騎士見習いとなり元気に笑っていられるのだから、あの時のレイを助けるために手を尽くして下さった全ての方々に心から感謝するよ」
顔を見合わせて揃ってため息を吐いたギードとニコスは、こっちを見ているタキスとも顔を見合わせ、揃って肩をすくめたのだった。




