おやすみなさい
「はあ、この部屋で寝るのも久しぶりだね」
天体観測を終えて部屋に戻ったレイは、久し振りの自分の部屋を見回して笑顔になった。
綺麗に整えられた懐かしい部屋とベッド。いつも勉強するのに使っていた机の上には、埃の一粒だって落ちてはいない。
「今の僕なら、ベッドはギリギリだね。あはは、足元に追加してくれてある。凄い!」
しかし壁際に置かれた自分のベッドを見たレイは、思わず吹き出しながらそう言って笑った。
恐らく、今のレイの身長を聞いたニコス達が急遽用意してくれたのだろう。ここにいた時にいつも使っていたベッドの足元部分にピッタリと平らなベッドと同じ幅の足置きがくっつけて置かれていて、重ねたシーツがそれを綺麗に包んでくれている。おかげで、今の身長のレイが足を伸ばして横になっても足の先がベッドからはみ出さないようにしてくれてあるのだ。
それだけでなく、上掛けの毛布も以前使っていたものよりも大きくて長いし、羽根布団も一回り以上大きなものが用意されている。
「どっちも新品だ。って事はこれ……わざわざ用意してくれたんだ。別にここで寝るのは数日なんだから、小さなベッドで足を曲げて眠るのでも良かったのに」
ベッドに腰掛けたレイが、嬉しそうにそう呟いて追加された足置きの部分をそっと撫でた。
「レイ、着ていた上着にブラシをかけておくから、ここに掛けておいてくれるか」
軽いノックの音と共に、開けたままだった扉からニコスが顔を覗かせた。
「ありがとうニコス。だけどやり方は分かるから、それくらい自分で出来るよ。それよりこれ、わざわざ買ってくれたの?」
ベッドの毛布と羽根布団を引っ張りながらそう尋ねると、ニコスは笑って首を振った。
「いや、実を言うとこれはオルダムのラスティ様が送ってくださったんだよ。その足置きは、ベッドの幅に合わせてギードが作ってくれたんだけどさ」
驚くレイに、ニコスは笑って頷く。
「今のレイの身長なら、恐らく以前使っていた寝具は使えないだろうからってわざわざ連絡をくださって、ベッドの延長の仕方も教えてくださったんだ。それくらいならギードが作れるって言ってくれたからそっちはギードに任せて、ラスティ様にはレイの身長に合わせた毛布と羽布団を送っていただいたんだよ」
「ええ、そうなの?」
毛布を見て目を見開くレイに、ニコスは苦笑いしている。
「さすがに、その大きさはブレンウッドの街の店では売っていないだろうから、作るとなると一から注文する事になる。まあ、それだとどれだけ急いでもらってもお前の帰郷に間に合わないだろう? お前の身長はどれだけ伸びているかって話はガルクール様からも詳しく聞いていたから、休暇で帰って来てくれるって聞いてから、ベッドと毛布をどうすればいいかってのは、実を言うと密かな悩みの種だったんだよ。届いたその大きな毛布と羽根布団を見てラスティ様の手配と気配りに心から感謝したよ」
まさかのラスティの気遣いに、レイは言葉もなくベッドを見つめた。
「こんなところにまで、ラスティに助けられてるんだね。感謝しないと」
嬉しそうなレイの呟きに、ニコスも嬉しそうに頷く。
今のレイの一言だけで、ニコスにはラスティがレイの事をどう思ってくれているかが手に取るように分かった。
「ああ、そうだな。感謝しないとな」
しみじみとしたニコスの呟きに、無邪気な笑顔で頷くレイだった。
それから、レイは着ていた上着を脱いでニコスの前でブラシをかけて見せ、これなら大丈夫だと褒めてもらった。
「いつも、ラスティがしてくれているのを見ていたからね」
シャツ姿のレイは得意そうにそう言って笑っていた。
「おやすみ、明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」
「おやすみ、ニコスにもブルーの守りがありますように」
寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだレイに、笑ったニコスがそっとキスを贈りいつものお休みの挨拶をする。レイも笑ってキスを返して、久しぶりの挨拶を返した。
部屋の明かりを消して手を振ってから部屋を出ていくニコスを見送り、扉が閉まる音を聞いてから上向きになったレイは小さなため息を吐いた
『どうした? ため息など吐いて』
優しいブルーのシルフの声に、レイが横を向く。
「うん、ニコス達が小さくなったなって思ったら、なんだか堪らなくなってさ」
枕に顔を埋めたレイの言葉に、一瞬目を見開いたブルーのシルフはそっとレイの額にキスを贈った。
『其方がここにいた頃から比べて、どれだけ身長が伸びたか覚えているだろう? そりゃあずっと変わらない彼らを大きくなった其方が小さく感じるのは当然であろう?』
「そうだよね。頭では分かってはいるんだけどさ……」
言い聞かせるような優しいブルーの言葉に照れたように小さく笑ったレイは、一つ深呼吸をしてから毛布の中にモゾモゾと潜り込んだ。
「やっぱり石のお家は寒いね。顔を出していると鼻が凍りそうだよ。だけど、中には湯たんぽを入れてくれてあるから暖かいんだ」
自分を見ているブルーのシルフに笑ってそう言うと、そのままモゾモゾと完全に潜り込んでしまった。毛布からは、レイの真っ赤な髪の毛だけがはみ出している状態だ。
すると、枕元に置かれたペンダントから火の守り役の火蜥蜴が出てきて、毛布の中へいそいそと潜り込んで行った。
それを見たブルーのシルフが笑うと、部屋に何匹もの火蜥蜴達が現れて口を開けて次々に息を吐き出し始めた。
しばらくすると、まるで暖炉に火を入れた時のように部屋が暖かくなってきて、ベッドからは穏やかな寝息が聞こえ始めた。
『おやすみ、良い夢を』
軽く毛布をめくってレイの顔を出してやると、ブルーのシルフはその鼻先にそっと想いを込めたキスを贈ってから胸元に潜り込んで一緒に眠るふりを始めた。
火蜥蜴達が温めてくれた部屋では、集まってきたシルフ達がレイの髪の毛を引っ張って、せっせと楽しそうに遊び始めていたのだった。




