託された形見の品
「なんだなんだ? ずいぶんと賑やかだなあ」
笑って追いかけっこをしながら居間に駆け込んできた三人を見て、ニコスとアンフィーが驚いて振り返る。
「レイのお腹が減っておるそうじゃが、準備はどうだ?」
「ううん、悪いがもうちょっとだけ待ってくれるか。今、これを茹でているところだ」
そう言いながら、煮立った鍋をかき混ぜている。
「大丈夫だよ。じゃあお皿を準備しておくね。ええと、どれを出すの?」
戸棚に駆け寄ったレイの言葉に、アンフィーが笑顔で駆け寄って一緒にお皿やグラスを取り出しはじめた。
「では、夕食には何か良いのを一本開けるとするか。さて、何が良いかのう」
笑ったギードは、そう言いながら別の戸棚を開けた。そこには何本もの瓶が並んでいる。
「それなら、夕食の時には赤ワインを開けよう。レイのおすすめの貴腐ワインは、後でゆっくりいただきたいからな」
「確かに、貴腐ワインは食事の時にいただくにはちょいと甘過ぎるからなあ」
笑ったギードもそう言い、何本かある赤ワインを選びはじめた。
「ねえ、それならこっちがいいよ」
笑ったレイが、ある一本を指差す。
「おお、グラスミア産の赤ワイン。食事と一緒にいただくには良い一本じゃな。ではこれにいたそう」
嬉しそうなギードの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「ワインにもすっかり詳しくなったみたいだなあ。嬉しいねえ」
机の上に置かれたそのワインを見て、ニコスも嬉しそうにしている。
大きめのお皿にさまざまな料理が綺麗に盛り付けられ、温かなスープも用意された。
「では、いただくとしましょう」
全員が席についたところで、タキスがそう言い揃って食前の祈りを捧げる。
それから、ギードが手早くワインの栓を抜いてくれてそれぞれのグラスに注がれる。
「精霊王に感謝と祝福を! そして我らの息子のこれからに乾杯!」
「精霊王に感謝と祝福を!」
タキスの言葉に皆も笑顔で応える。
笑顔で頷き合い、ゆっくりとワインを飲み干した。
「ううん、やっぱりニコスのお料理は美味しいねえ。僕、これ大好き!」
レイが嬉しそうに食べているのは、茹でたじゃがいもを使ったオルベラートの郷土料理だ。茹でて潰したじゃがいもを小麦粉と一緒に練って、小さな団子状にしたものをフォークを使って平たく潰しながら筋をつける。これを軽く茹でて柔らかくしてクリーム状のソースに絡めたものだ。
ソースの味付けや一緒に盛り付ける具材は様々で、地方や家庭によって様々に工夫の出来る料理でもある。
「これ、殿下がご結婚されてから本部の食堂でも時々出るんだけど、トマト味のソースが多いんだよね。僕は、この白いクリームのソースが良いなあ」
「レイは、このクリームソースを使ったメニューが好きだよな。シチューもそうだし」
「うん、あれも大好き!」
目を輝かせるレイの言葉に、アンフィーもうんうんと頷いている。
結局、レイは多めに作ってくれていたそれをおかわりして全部平らげてしまい、ニコスに呆れられていたのだった。
「ううん、その体にふさわしい食欲だなあ。これは今後も予定よりも多めに料理を作っておくべきだな」
かけらも残さず綺麗に平らげたレイのお皿を見て、嬉しいやら呆れるやら忙しいニコスだった。
食事の後は、軽く摘めるものを用意してレイのおすすめの貴腐ワインを開けてみた。
「おお、これは濃厚な香りだ、素晴らしい」
「確かに、これは素晴らしい香りだな」
ニコスとギードが揃って嬉しそうに頷き合っている。
「ううん、ここまで香りが濃厚な貴腐ワインは、俺は初めていただきます。いやあ、ここにいると本当に贅沢出来るなあ」
アンフィーは、嬉しそうにそう言ってグラスを揺らしている。
そんな彼らを嬉しそうに眺めていたレイは、不意に一つ息を飲んで慌てるように立ち上がった。
「あ、あのね。えっと、ちょっと待っててね!」
そう言って突然部屋を出て行ったレイを、四人は揃って不思議そうに見ていた。
「なんだ?」
「何か忘れ物でしょうかねえ?」
ギードとアンフィーが揃って不思議そうにそう言って首を傾げていると、本当にレイはすぐに戻ってきた。
「あのね、実は預かり物なんだけど、ニコスに渡すものがあるんだ」
座りながらそう言われて、ニコスが驚いてレイを見る。
「俺に?」
小さく頷いたレイは、手にしていた小袋をそっと取り出して机の上に置いた。
「これを俺に?」
不思議そうにしつつそっと手を伸ばしてそれを掴む。
無言で頷くレイを不思議そうに見てから、ニコスはその小袋を開けて中を覗き込んだ。
「一体何だ? こ、これは……!」
綺麗な絹の布に包まれたそれをそっと取り出して開いたニコスは、出て来た腕輪を見て目を見開いて絶句した。
「えっと、それは殿下のご成婚の際に、昼食会でご一緒したオルベラートのデセルト伯爵様から預かったものなんだ。ニコスに渡して欲しいって……ニコスなら、それが何か分かるよね?」
レイの言葉にもう一度息を飲んだニコスは、目に涙を浮かべながら何度も何度も頷いた。
「ああ、これは……若様の腕輪だ。確か、石を外してしまって修理をお願いしたとおっしゃっていたのに、どうしてこれが、こんなところに……」
震える手で何度も腕輪を撫でるニコスの言葉に、何事かと黙って見ていたタキス達も驚きに目を見開いている。
「えっと、デセルト伯爵様によると、旅に出る前に会った際に、その若様が引っ掛けて腕輪の石を外してしまったんだって。それで伯爵様がニコスの若様のウィリディス様から預かって、修理しておくから土産話と交換だって約束をしたんだって。結局それは若様にはお返し出来なくて、でもずっと持っていてくださったんだって。それで僕の養い親がニコスだって事が、ほら、オリヴェル王子様がティア妃殿下と一緒にここへ立ち寄ったでしょう。そのお陰で貴族の人達に知られちゃったんだよね。それに、あの竪琴の事もあるしさ。そんなわけで、デセルト伯爵様のお耳にもその事が入ったみたいで、それでその腕輪を僕に託してくださったの。ウィリディス様の形見の品としてニコスに渡してくださいって」
「で、でもこれは……家がお取りつぶしになった今となってはオルベラートの国庫に入るべきものであって、俺が勝手に貰う訳には……」
戸惑うように首を振るニコスの言葉に、レイも笑顔で首を振った。
「それなら大丈夫だよ。デセルト伯爵様によると、それは伯爵様が引き継いだ事になっているんだって。それでニコスにそれを渡すって事は、陛下にもお知らせしていて国内での処理は全て終わってるっておっしゃっていたよ。だから安心して貰ってください」
笑ったレイの言葉に、とうとうニコスは机に突っ伏して声を上げて泣き出してしまった。
「あ、ありがとう。大切な品を……ありがとう……ありがとう……」
腕輪を抱きしめるように両手で持ったニコスは、泣きながら何度も何度もそれだけを言い続けていたのだった。




