レイの好きな事
「おお、こっちはまたずいぶんと豪勢な品揃えだぞ」
一番重かったあの木箱を開けたギードが、予想通りの中身を見て嬉しそうな笑顔になる。
「おお、確かにこれは豪勢ですねえ。おやおや、これは貴腐ワインですか。久しぶりに見ましたよ」
横から覗き込んだタキスの言葉にレイは満面の笑みになる。
「貴腐ワインって美味しいよね。実はこれ、僕のお気に入りなんだ」
まさかのレイのおすすめだった事に驚き目を見開く四人を見て、レイも木箱の中を覗き込む。
「えっと、最初の頃は夜会へ参加していてもあまりお酒も楽しめなかったんだ。だけど、ゲルハルト公爵閣下から貴腐ワインを教えていただいて飲んでみたらすっごく美味しかったんだ。それで正直に感想を言ったら、後日色々とおすすめの貴腐ワインを届けてくださったの。それ以来、夜会の時にはいつも貴腐ワインが用意されるようになったし、いろんな方が詳しく教えてくださるようになったんだ。おかげで、貴腐ワインにはちょっとだけ詳しくなったよ」
笑って一本取り出し自慢げに笑うレイに、タキス達は苦笑いしている。
「そりゃあ新しい竜騎士様が……まあ、レイはまだ見習いだけど、そのお方が気に入ったとなればその噂はあっという間に貴族達の間に広がるだろう。となると、今まであまり貴腐ワインを飲まなかった人達も、それならばそれを飲んでみたいと思うわけだ。そうなると、当然出入りの商人は貴腐ワインの品揃えを強化するだろうし、レイが言ったように夜会での取り扱いも増える。もしかしたら新しく貴腐ワインを取り扱う商人も増えるかもな。それは、結果的に手間のかかる貴腐ワインを生産している生産者に還元されるわけだから、別に悪い事じゃあないよ。それで利益が出れば、ワイナリーはまた頑張って新しいお酒を造ったりもするのさ」
ニコスの言葉にレイも笑顔で頷く。
「似たような事をルークにも言われたよ。だから、好きな事は遠慮せずに言えばいいって。実を言うと、僕が竜騎士見習いとして紹介されて以降、お城の図書館から一時期天文学に関する本が軒並み貸出されて足りなくなっちゃって、大学の天文学の教授が、図書館が新しく本を購入する際の監修に駆り出されたなんて事もあったの。もう大騒ぎだったんだよ」
「あはは、そりゃあまたとんでも無いところに騒ぎが行ったんだなあ。ご苦労様」
貴族達の事情に詳しいニコスが、その話を聞いて笑っている。
「まあ、もう落ち着いたみたいだけどね」
「そりゃあまあ、天文学は興味本位で勉強出来るような学問じゃあないだろう。だけど、それが元で星に興味を持ってくれる人が一人でも増えれば、レイは嬉しいんじゃあないか?」
レイの考えていることなんてお見通しのニコスの言葉に、貴腐ワインを木箱に戻したレイは満面の笑みになる。
「本当にそうだよね。そういえばここへ来る前に何人もの商人の人からも聞いたんだけど、今年の降誕祭の贈り物に、星を題材にしたアクセサリーや装飾品が大人気なんだって。あ、さっきの天体望遠鏡を用意してくれた商人の人は、星系信仰の信者の人なんだ。それで以前から星にまつわる道具を取り扱っていて、僕も彼のところから色々と購入してるんだ。彼も、以前よりも天体に関する道具の人気が凄くて、もう大忙しなんだって笑ってたよ」
「ああ、新しい竜騎士様が紹介されると、そういった騒動は毎回聞きますね。お好きなものや趣味の物などが有名になって、場合に寄っては大騒ぎになる事もあるのだとか。それならルーク様のハンマーダルシマー騒ぎが有名ですよ」
アンフィーの言葉に、タキスが不思議そうに首を傾げる。
「ハンマーダルシマー? 初めて聞きますが、それは何ですか?」
そこでレイは、嬉々としてルークが弾くハンマーダルシマーという楽器がどれ程優しくて美しい音を出すのかや、その楽器を演奏する事自体とても難しくて、そう簡単には音が出ない事も話した。
ニコスは当然その楽器を知っているし、ギードも冒険者時代にオルベラートにいた頃にお祭りの時にハンマーダルシマーの演奏を聴いた事があるらしく、レイの詳しい説明に笑顔でうんうんと頷いていた。
「へえ、それほど素晴らしいのなら、一度は聞いてみたいものですねえ」
アンフィーも噂は知っているが実際の楽器は知らないようで、タキスと一緒になって笑っていた。
「まあ、ハンマーダルシマーはさすがに俺も弾けないけど、竪琴ならここにもあるから、後で是非レイに弾いてもらおう」
「おお、それは良いなあ。実際に弾いておるところを見てみたいものだ」
嬉しそうなギードの言葉にタキスとアンフィーも笑顔で揃って拍手をする。
「あはは、じゃ後で少しだけね」
照れたように笑い、一つ深呼吸をしたレイは気分を変えるように大きく伸びをした。
「ええと、じゃあお土産はこれで終わりかな? あ、この箱がまだだったね」
もう一つ、これもかなり重い木箱を見てレイがそう言って釘抜きを手にする。
「これはかなり厳重だね」
何本もの打ち付けられた釘を丁寧に抜き、ようやく開いた木箱の中身を見て目を見開く。
「ほらタキス! 本が入ってるよ。これは医学書だね。こっちは論文が入ってるよ。あ、ガンディからタキスへの手紙が入ってるよ」
「ああ、それは師匠から聞いています。有り難いですねえ。論文は、最新の薬に関する論文の写しなので、届くのを楽しみにしていたんですよ。これは後でゆっくり読ませてもらいます」
白の塔の最高責任者であり気難しい竜人としても有名なガンディからの手紙を受け取り、最新の論文の写しを嬉しそうに手にするタキスを見て、それから何冊もの医学書が入った木箱を見たアンフィーは、驚きに言葉も無い。
農民出身で、ロディナの一般職員として働いていたアンフィーは、読み書きこそある程度は出来るがそれだけだ。正直言って、本なんて神殿の経典以外読んだことすら無い。
「ううん、ここにいると、自分がいかに無知で無教養なのかって事を思い知らされるなあ。まあ、当たり前なんだから仕方ないんだけどねえ」
苦笑いして小さく肩をすくめたアンフィーは、散らかっている木箱の蓋を集めて壁に立てかけた。
「では、順番に運びますね。まず、これは地下の食糧庫行きだな」
台車に積んであった、最初に開けた食料の入った木箱を運んで部屋を出ていくアンフィーを見て、レイとギードが慌てたようにその後を追いかけていった。
「手伝うよ。これは地下までは一人では運べないって」
階段の前で止まったアンフィーに笑顔のレイが声をかけ、三人で手分けして地下の食糧庫へ荷物を運んで行った。
「ああ、すみません。手伝います」
すぐにニコスとタキスも追いかけてきてくれたので、荷運びはあっという間に終わった。
「じゃあ、あとは厩舎の掃除だな。それが終われば、そろそろ上の草原にいる子達を連れて来ないと」
森の日暮れは早い。
ニコスの言葉にレイも笑顔で頷き、久し振りの厩舎の掃除に大張り切りするのだった。




