ごちそうさまとカナエ草のお茶の違い
「ごちそうさまでした。やっぱりニコスが作ってくれる料理は美味しいなあ」
綺麗に平らげたお皿を前に、満面の笑みのレイがそう言って大きく頷く。
「はい、お粗末様。そこまで綺麗に平らげてくれたら、作り手も本望だよ。もうお腹はいっぱいになったか?」
食後のお茶を淹れながら笑ったニコスがそう聞いてくれる。
「うん、お腹いっぱいだよ。じゃあ、一休みしてお茶をいただいたらお土産を開けないとね」
部屋の隅に積み上げられた木箱の山を見たレイの言葉に、四人も小さく吹き出して何度も頷いた。
「はい、レイとアンフィーにはカナエ草のお茶な。これはタキスが作ってくれた分だよ」
見覚えのある懐かしい秋の模様のカップに注がれた見慣れたカナエ草のお茶を見て、驚いたレイがタキスを振り返る。
「お茶程度なら作るのは簡単ですからね。ここにはアンフィーもいますから、普段からカナエ草のお茶は作っていますよ。さすがにカナエ草のお薬は普段はここではアンフィーには飲ませていませんが、レイが帰って来ると聞いてからは、彼にもカナエ草のお薬を追加で作って飲んでもらっていますよ」
アンフィーを見ると、苦笑いしたアンフィーがカナエ草のお茶の入ったカップを軽く上げて見せた。
「ロディナの竜の保養所では、全員が当たり前に日々お茶もお薬も飲んでいましたからねえ。戻った時に、お茶の味を忘れると大変ですから、最初の頃は定期的にロディナから届く荷物にお願いして、お薬とお茶も届けてもらっていたんです」
「でも冬場は、さすがにシヴァ将軍閣下もここまでお越しにはなれませんし、荷物をここまで届けるのも大変ですからね。それでまあ一人分くらいなら簡単に作れますので、相談の結果、冬の間は私が作る事にしたんですよ」
「そうか。アンフィーは人間だから、竜熱症対策は絶対に必要だものね。ちなみに単なる好奇心なんだけど、カナエ草のお茶ってどうやって作るの? フライパンで炒るの?」
無邪気な質問に、こちらは紅茶を飲んでいたタキスが小さく吹き出して咽せた。
「お茶を飲んでいる時に笑わせないでください。簡単ですよ。カナエ草の柔らかい葉の部分だけを収穫して、それをまずは綺麗に洗います。そうしたら、次にそれを蒸し器で蒸して冷ましてから軽く乾かし、後は手でしっかりと揉めば完成です。ね、簡単でしょう?」
笑ったタキスの説明に、レイは驚いて自分に用意されたお茶を見る。
「へえ、そんな風にして作るんだね。知らなかったです」
「師匠の説明によると、オルダムの白の塔ではお茶を作る専任の竜人が何人もいるそうですよ。なんでも一部の工程にはドワーフが作った専用のお茶作りの為の道具も使うのだとか。まあ、軍部を含めて飲む人数も相当なので、作るのは大変でしょうからねえ。道具を使えるのならそれに越したことはありません」
「へえ、でも聞いた限り今の工程で道具を使える所なんてあるかなあ?」
手にしたカップのお茶を見ながらレイがそう呟いて首を傾げる。
「なんでも、最後の一番大変なカナエ草の葉を手で揉んでお茶にする工程自体を、その道具を使って効率化しているのだとか。どんな風なのか見てみたいですねえ」
笑ったタキスの言葉に、レイも感心したように頷いた
「それじゃあ、今度オルダムに戻ったらガンディに聞いてみようっと」
納得したレイが、そう呟いてカナエ草のお茶を飲む。
「ん? えっと……」
口の中のお茶を飲み込んだ後に、何か言いかけて口ごもる。
「どうかしましたか? 蜂蜜は入れましたよね?」
足りなかったのかと心配したタキスが、蜂蜜の入った瓶を押し出して寄越してくれる。
「いや、そうじゃなくて……」
もう一口カナエ草のお茶を飲んだレイは、無言でアンフィーを見た。
「ね! レイルズ様もそう思われましたよね!」
いきなり、目を輝かせたアンフィーが身を乗り出すようにして大きな声を出す。
「うん。思った! って事は……何が違うの?」
「俺もそれが分からないんですよねえ。一体どうしてなんだか」
苦笑いするアンフィーの言葉に、レイは何度も頷きニコスを見た。
「ねえ、ニコス。これでもう一度僕とアンフィーに、別のカップにお茶を淹れてもらえる?」
「あ、ああ、構わないよ」
不思議そうにしつつも頷いたニコスは立ち上がってヤカンを取って来て、別のポットを棚から取り出してレイが出したお茶を手早く淹れてくれた。
意味が分からないタキスは、一体何事だと心配そうに見ている。
「はい、どうぞ」
別のカップに入ったそれに、いつものように蜂蜜を入れたレイとアンフィーがゆっくりと飲む。
「やっぱり、ああ懐かしいいつもの味だ」
蜂蜜無しで当然のように飲んだアンフィーが、小さく笑ってそう呟く。
「やっぱり違うよね。ええ、どういう事?」
「違うって、何が違うんですか?」
不安そうなタキスの言葉に、笑顔のレイは二つのカップを見せる。
「全然味が違うんだよ。タキスが作ってくれたお茶はすごく美味しいんだ。僕、これなら蜂蜜無しでも飲めると思う」
立ち上がって戸棚からもう一つカップを取ってきたレイは、にっこりと笑ってニコスを振り返った。
レイの言いたい事を即座に理解したニコスが、ポットに残っていた最初のお茶をゆっくりと少しだけ注いでくれる。
「うん、ちょっと苦いけど全然違う。ええ、ほんとに何が違うんだろう?」
蜂蜜無しで平然とお茶を飲んだレイは、不思議そうに首を傾げている。
『違いがあるとすれば、カナエ草自体に含まれる成分の違いだろうな』
机の上に現れたブルーのシルフの言葉に、全員が目を見開く。
『今、其方達が話をしている間に少し調べさせてもらった。どうやら、蒼の森に自生しているカナエ草には、普通のカナエ草よりも薬効成分がかなり濃いようだ。それ以外にも、甘味の元となる成分がいくつか見られる。これで茶を作れば、そりゃあ甘くて美味しい茶になるだろうさ』
面白がるようなブルーの説明に、またしても全員が呆然と並んだカップを見つめていたのだった。
「ねえ、タキスやニコス、ギードは気が付かなかったの?」
しばらく考えて、レイが不思議そうにそう尋ねる。
「いやあ、確かに言われてみればタキスが作った方が、若干甘いような気がする……かな?」
改めて自分が淹れた二種類のカナエ草のお茶を飲み比べてみたニコスが、自信無さげにそう呟く。
「俺には違いがさっぱり分からん。どっちも苦い茶だよ」
同じく飲み比べたギードは、あっさりとそう言って首を振るだけだ。
「私も、ニコスと同じですねえ。言われてみれば、こっちの方が若干甘い気がしないでもないような気がするようなしないような……」
こちらは完全に誤魔化す口調のタキスの言葉にレイが吹き出す。
「ええ、これの違いが分からないって、どうして?」
そう叫んだレイは、アンフィーと顔を見合わせて揃って首を傾げる。
『ほう、人の子とそれ以外の種族で感じる苦味に違いが出るのか? これはまた面白い結果になったな。後ほど白の塔の竜人に知らせてやれ。里帰りの良い土産が出来たではないか』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レイはうんうんとものすごい勢いで頷いていたのだった。




