懐かしい食事と温かな涙
「はい、どうぞ。レバーペーストも用意してあるから、レイはしっかり食べるんだぞ」
レイが自分の席に座るのを見て、笑ったニコスがお皿を渡してくれた。
焼き目のついた分厚いハムと目玉焼きとレタスを見て、レイが何か言いかけて口を噤む。
まずはしっかりと食前のお祈りをしてから顔を上げ、そして、目の前に置かれた普段はここでは見ないレバーペーストの入った大きな瓶を見て、驚いたレイはニコスを見た。
新鮮なレバーは、そもそもここで簡単に手に入るものではない。どうやって作ったんだろう?
「えっと、僕は嬉しいけど……これってどうやって手に入れたの? レバーなんて、ここでは簡単に手に入らないでしょう?」
ニコスに渡された丸パンを半分に割って半ば無意識にレバーペーストを塗りながら、驚きを隠そうともしないレイの言葉にニコスが笑う。
「レイが帰ってくるって聞いたからさ。それにこの後にはルーク様とカウリ様、それにマイリー様までいらっしゃるんだろう? それで一昨日、ギードがブレンウッドまで急遽買い出しに行ってくれたんだよ。これは緑の跳ね馬亭のご亭主にお願いして、あの宿でも出している自家製レバーペーストを、一番大きな瓶で分けてもらって来たんだよ。俺も味見させてもらったけど、これが美味しくて驚いたんだ。レシピを聞いたら教えてくれないかなあ」
笑ったニコスの言葉に、手にしたパンにたっぷりと塗ったレバーペーストを見る。
「レバーフライもあるぞ。ついでにバルテン男爵に頼んでおいて新鮮なレバーを山ほど分けてもらったからな。竜騎士様は貧血には気をつけねばならぬのだろう? 遠慮はいらぬからしっかり食べなさい」
そう言って、レバーフライの並んだお皿もレイの目の前に押しやってくれる。
「そうなんだね。ありがとうギード。そろそろ雪が降るのに、危険な思いをさせてごめんなさい」
冬の蒼の森の危険を心底思い知っているレイの言葉に、ギードは笑って首を振った。
「大丈夫じゃよ。ワシは慣れておる。まあ、今年の冬将軍はかなりののんびりさんのようだからな。良い気晴らしになったわい」
「ありがとうギード」
もう一度そう言って笑ったレイは、レバーペーストをたっぷりと塗った丸パンに、分厚いハムの切ったのを一切れとレタスを挟んで、大きな口を開けてかぶりついた。
「うん、本当だ。美味しい。へえ、いつも食べているレバペーストと、また味が違うね。これはハーブが入ってるのかな?」
「そうだな。恐らくだけど、定番のスパイス以外に幾つか薬にもなるハーブが入っているみたいだ。ハーブはレバーの臭み消しの効果もあるから、確かに良い使い方だな。ううん、やっぱりこのレシピを知りたいなあ」
ニコスもレバーペーストだけを塗ったパンを齧りながら、ぶつぶつとそう呟いては考えている。
「なら、後で緑の跳ね馬亭のバルナルかエルミーナにシルフを飛ばして聞いてみてやるわい。レイの為に教えてくれと頼めば……無理かのう。商売品じゃしなあ」
苦笑いしたギードの呟きに、レイも苦笑いしながらうんうんと頷いた。
「レシピが無理なら、作ったのを売ってもらうのでも構わないよね。いつも送ってくれる荷物と一緒に、定期的にオルダムへ送ってもらえたらちょっと嬉しいかも」
早くも一つ目の丸パンを食べ終えたレイの言葉に、ギードも笑顔で頷いていた。
「では、まずはレシピを教えてもらえないか聞いてみて、駄目だと言われたらそっちで頼んでみるか。それならバルテン男爵に頼んでおけば良いだろうしなあ」
笑ったギードも、大きな口を開けてレバーペーストを塗った丸パンを口に放り込んだ。
「はあ……ニコスの作った料理は、やっぱり美味しいなあ」
食べていた具沢山のスープの入ったカップから顔を上げたレイが、少し目を潤ませながらしみじみとそう呟く。
「そう言ってくれると、作り甲斐があるよ。しっかり食べてくれよな」
「うん、ありがとう、ニコス……」
笑ったレイの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
慌てたように目を擦るレイを見ても、誰も笑わなかった。
顔を上げて目を潤ませたまま、自分を見つめている四人を見て照れたように笑う。
「懐かしいなあ。僕、ここへ来て初めての時も、こうやって、豪華なお料理を出してもらって……あの時の僕はナイフも使えなくて、タキスに分厚いハムと目玉焼きを切ってもらったんだよ。美味しいって、泣きながら食べたよね。本当に美味しかった……本当に、美味しかった。僕、あの時のメニューを全部覚えてるよ。分厚いハムと目玉焼きとレタス。それから焼きたての丸パン……同じだね。あの時は、秋だったからキリルの実があって、ホットミルクだったんだ。今日の方がメニューが多いね。具沢山のスープと、レバーフライとレバーペーストもある」
具沢山のスープが入った大きめのカップをそっと撫でながらまた涙をこぼしつつ笑うレイを見て、ニコスが呆然としていた。
「まさか、覚えていてくれたとはな」
小さなため息と共にそう言って小さく笑う。
「忘れるわけないよ。本当に美味しかったもの。火蜥蜴やウィンディーネの姫もいたよね。あの時の事、まるで昨日の事みたいに思い出せる。懐かしいなあ……母さんに、会いたい」
最後はごく小さな声だったけれども、部屋にいた全員の耳に届いていた。
アンフィーも、一通りのレイの事情はタキス達から聞いて知っている。彼も黙ったまま食事の手を止めて、涙をこぼすレイの事を心配そうに見つめていた。
「えっと、ごめんね。ちょっと……そう、懐かしくてちょっと感傷的になっちゃいました。もう大丈夫だから食べてください」
ようやく止まった涙を拭いて、鼻の先を赤くしたまま照れたように笑うレイを見て、何か言いたげにしていた四人も、笑顔で頷き合って食事を再開したのだった。
その後は、レイがいつも本部の食堂で出るお気に入りの料理の話をして、四人は目を輝かせてその話を聞いていたのだった。
レイの右肩にはブルーのシルフが、左の方にはニコスのシルフ達が並んで座り、ちょっと無理をしつつも笑って話をするレイの事を、少し心配そうに見つめていたのだった。




