到着と再会
「ううん、何にもする事が無くて退屈だなあ」
太陽がそろそろ頭上まで登った頃、ブルーの背の上でレイはすっかり退屈していた。
「おやおや、我が主殿は退屈とお見受けする」
からかうようなブルーの言葉に、レイは小さく笑って眼下に広がる一面の緑を見た。
「だって、景色も変わり映えしないしさあ。まあ、寒いのは火蜥蜴のおかげで大丈夫になったけど、ただ座ってるだけで何にもする事が無いって、本当に退屈なんだもん」
開き直って口を尖らせるレイの言葉に、ブルーが堪えきれないかのように低い声で笑う。
「そろそろブレンウッドの街が見えるぞ。まあ、かなり遠いが城壁くらいは其方の目でも見えるのではないか?」
「ええ、どこどこ?」
そう言いながらキョロキョロと周りを見るレイの目の前にニコスのシルフ達が現れて、笑いながら一斉に同じ方向を指差す。
慌てて教えられた左の方角を見ると、確かに遥か遠いが緑の木々の奥に焦茶色の石の城壁が見えた。
「ああ、あれだね。へえ、こっちの方角から見るとあんな感じなんだ」
伸び上がるようにして左側を見ながら、感心したように呟く。
「じゃあ、森のお家まであと少しだね。僕、ちょっとお腹が空いてきたよ」
「大丈夫か?」
「うん、我慢出来ない程じゃあないからね。早くニコスの作ったお料理を食べたい!」
ニコスが作ってくれる様々な料理の数々を思い出して、レイは慌てたように口元を拭った。
また笑うブルーを見て、レイも声を上げて笑った。
「ああ、そろそろ蒼の森に入ってきたね。改めて見るとやっぱり蒼の森は緑の色が違うね」
見下ろした巨大な木々の森を見てレイが感心したようにそう呟く。
「そうだな。この蒼の森は、エントの大老である大爺のおわす森でもあり、以前少し話したと思うが、その地下に大いなる災いの扉を抱く森でもある。ここは太古の影と闇をどこよりも深く持つ森なのだよ。なので、全ての結界の要となる力の中心の森でもあるのだ。決して無くしてはならぬ重要な場なのだよ」
「えっと……」
意味深げなブルーのその言葉に、意味がよく分からなかったレイは戸惑いブルーを覗き込む。
「ああ、其方が気にする事では無いよ。これは我の仕事のうちでもあるからな」
優しい、言い聞かせるようなブルーの言葉に、分からないなりにでも大きく頷いて見せる。
「そっか。僕には分からないけど、ブルーはブルーのやり方でこの世界を守ってくれているんだね。ありがとうね」
笑って手を伸ばして首元をそっと撫でてやる。
撫でられたブルーは、嬉しそうに目を細めて大きく喉を鳴らした。
「ああ、もうそろそろ到着だな。今、シルフ達を知らせに行かせたから、出迎えに来てくれるのではないか?」
笑ったブルーの言葉に、慌てて下を見る。
「ああ! あそこ!」
伸び上がって指差した場所は、見覚えのある石の家の上側にある草原で、そこにはタキス達四人が並んでこっちを見ながら手を振っていたのだ。
「ブルー! ねえ早く早く!」
我慢出来ないとばかりに急かすレイの言葉に、ブルーは面白そうに笑って一気に加速する。
本当にあっという間に草原に到着したブルーは、ゆっくりと四人の待つ草原へ降りていった。
『もう間も無く到着するぞ』
机の上に現れた伝言のシルフが、ブルーの声でそう伝える。
「待っておりましたよ。どうぞあと少し、気をつけてお越しくださいね」
笑った伝言のシルフがくるりと回っていなくなるのを見送ってから、タキスはひとつ深呼吸をする。
「ようやくの到着ですね。では、迎えに行きましょうか」
顔を上げたタキスの言葉に、ニコスとギードだけでなくアンフィーも笑顔で大きく頷く。それから四人揃って大急ぎで上の草原へ上がって行った。
ラプトルの子供のシャーリーと金花竜のヘミングは、すっかり逞しくなって、今では元気いっぱいに草原を走り回っている。
上空に見えた初めて見るブルーの巨体に驚いた二匹は、慌てたように何度か飛び跳ねた後にそのまま走って逃げて行き、ベラとポリーの背後に隠れるようにして草原へ降りて来るブルーを見上げていた。
「ただいま!」
ブルーの巨体が音も無く地面に降り立った直後、その背中からレイが飛び降りて来た。
「おかえりなさい!」
両手を広げたタキスにレイが飛びつき、そのまま体格差もあって堪える間も無く仰向けに押し倒されてしまう。
「うわあ、危ない!」
慌てたようにレイがそう叫んで、タキスを抱きしめたまま両足を咄嗟に踏ん張り倒れるのを堪えた。
直後に、タキスの背後に慌てたようなニコスが滑り込んで来て、三人で顔を見合わせて同時に吹き出した。
「あはは、ごめんねタキス。ニコスもありがとうね」
笑ったレイを、手を離されて立ち上がったタキスは無言で見上げている。
もう間近で向かい合うと、タキスの身長でも思い切り見上げないとそもそもレイの顔が見えない。
「レイ、貴方……人の子が一体何を食べたらこんなに大きくなるんですか?」
真顔になったタキスの言葉に、レイがもう一度吹き出す。
「いやあ、こりゃあ驚きだなあ。デカくなったとは聞いておったが、まさかここまでとは」
こちらも思い切り首を曲げて見上げたギードが、呆れたようにそう呟く。
「なあお主、もしやラプトルの親戚か何かじゃあないか? まさかとは思うが、このままずっと死ぬまで大きくなるなんて事は無いよなあ?」
「ギード酷い! いくらなんでもラプトルと一緒にしないで!」
呆れたように自分を見上げるギードの言葉に、レイがもう一度吹き出しながら抗議をする。
それを聞いてタキス達も揃って吹き出し、草原は暖かな笑いに包まれたのだった。




