出発の朝とマイリーの予定
翌朝、いつもの時間にシルフ達に起こされたレイは、大きな欠伸をしながらベッドから起き上がった。
「おはよう。ふああ……まだちょっと眠いや」
ベッドに座ったまま腕を上げて大きく伸びをしてから、ゆっくりと首を回した。
「今夜は森のおうちのベッドで寝られるね。楽しみだなあ」
嬉しそうに笑ってそう呟くと、ベッドから起きて窓に駆け寄り一気にカーテンを開いた。
「うん、良いお天気だね。これならブルーと一緒に空を飛んだら気持ちよさそう」
よく晴れた空を見上げて笑顔でそう呟く。
『おはようレイ。今朝もずいぶんと賑やかな髪になっているなあ』
ふわりと目の前に現れたブルーのシルフに感心したようにそう言われて、慌てて自分の頭を触る。
「ああ〜〜またやられた！ もう通常に戻ったって言ってたのに〜〜〜！」
レイの悲鳴に、集まってきたシルフ達が大喜びで手を叩き合っている。
『今日の髪はもぎゅもぎゅなの〜〜！』
『ね〜〜〜！』
「もぎゅもぎゅって何それ！ 僕の寝癖に勝手に新しい擬音を付けないでください」
吹き出しつつも抗議するレイの言葉に、シルフ達は揃って胸を張った。
『もぎゅもぎゅは楽しいんだよ〜〜〜！』
『楽しい楽しい』
『ね〜〜』
『ね〜〜〜！』
「ああもう。何が、ね〜〜〜！ だよ」
文句を言いつつもあまりに楽しそうなシルフ達を見たレイも思わず吹き出してしまい、最後は一緒になって笑っていたのだった。
「おはようございます。今朝の朝練はいかがなさいますか？」
その時、軽いノックの音の後に、白服を手にしたラスティが部屋に入ってきた。
「おはようございます。えっと、僕は今日から休暇って事になっているんだよね？ 朝練は参加しても構わないの？」
振り返ったレイの質問に、ラスティが笑顔で頷く。
「もちろん構いませんよ。ですが、出掛ける前にお怪我でもされてはいけませんから、あまり無理はなさいませんように」
「そうだね。じゃあ顔を洗ってきます」
笑ってそのまま洗面所へ向かうレイを見て、ラスティは咄嗟に横を向いて小さく吹き出しながら慌てて後を追った。
「レイルズ様、お手伝いします。今朝の寝癖も、なかなかに芸術的な仕上がりになっておりますよ」
「ああ、忘れてた！ お願いしますラスティ！」
洗面所へ入る直前で立ち止まったレイは、開いた扉にすがりながら思い切り吹き出して大笑いしていた。
「おおい。今朝の朝練はお休みか？」
ラスティとシルフ達に手伝ってもらって何とか寝癖を直したレイが大急ぎで着替えている真っ最中に、軽いノックの音がして開いた扉からルークが顔を出した。
「おはようございます。もう着替え終わりますから、ちょっとだけ待ってください！」
大急ぎで靴を履くレイを見て、ルークは苦笑いしながら頷いて部屋に入って来た。後ろには同じく白服のマイリーやロベリオ、それからティミーもいる。
「何だよ。もしかしてまた寝癖か？」
面白がるようなロベリオの言葉に、ティミーも笑っている。
「もう日常には戻ったんだけど、やっぱりシルフ達は僕の髪の毛で遊びたいみたい。今朝もこのあたりが何だかよくわからない塊になってました」
自分の頭頂部やや左側を指差すレイの言葉に、マイリーが吹き出しかけて咄嗟に横を向いた。
「あれは強烈だったもんなあ。いやあ、俺もここへ来て長いが彼女達があんな技を持っていたとは知らなかったよ。あれは驚きだったよ」
しみじみとしたマイリーの呟きにルーク達が揃って笑い出し、襟元を整えたレイも一緒になって笑っていた。
『毎朝もぎゅもぎゅなの〜〜！』
『楽しいんだもんね〜〜！』
『ね〜〜〜！』
勝手に集まって来て彼らの話を聞いていたシルフ達は、口々にそう言いいながら大はしゃぎして笑っていた。
「もぎゅもぎゅって何だよ。だけど何となく分かる気がするなあ。あれは確かにもぎゅもぎゅって感じだな」
「そこで納得しないでください！」
ロベリオがうんうんと頷きながらそう呟くのを聞いてまたルーク達が揃って吹き出し、レイが抗議の叫びを上げたのだった。
「今朝は、いつもの補助具なんですか？」
ようやく準備が整ったところで朝練の訓練所へ向かったのだが、マイリーが身につけている補助具を見たレイが小さな声で質問する。
「ああ。昨日使っていた部品は、取り外してあるからあのまま返却だな。バルテン男爵がまた頑張って問題点を改良してくれるだろうさ」
苦笑いしたマイリーはそう言ってレイを見た。
「今朝は、もうちょっと大人しくしておくよ。せっかくの休暇なのに、誰かさんが怪我でもしたら大変だからな」
「僕も、怪我をするのも、額に湿布を貼って里帰りするのもどっちも嫌です」
二人とももう湿布は外しているので、何もないお互いの額を見て揃ってまた吹き出したのだった。
「それにしても……あの程度の負荷で壊れるとは、ちょっと意外だったなあ」
「マイリー、無茶言わないでください。普通の人はあんな無茶はしないんだから、あれを基準に考えられたら補助具が可哀想な気がするって」
マイリーの呟きに、ルークがため息を吐いて呆れたようにそう言って背中を叩く。
そもそもマイリーが身につけている補助具は、怪我をして歩けなくなったマイリーを自力で歩かせる為に考えられた補助具なのであって、補助具を付けたままあんな激しい運動をするようには考えられていない。
とはいえ、今ではマイリーの使っている補助具は他の物とは違い彼の希望や意見を聞き入れて、かなりの改良が何度も施されているので、少々無茶な扱いをしても壊れる事はほぼ無いのだ。
だが、たまに昨日のような問題が起こる可能性もあるので、それを確認する意味もあって、少々の無茶は仕事のうちだ、というのはマイリーの言い分だ。
「ああ、それと昨夜ルークと話していたんだが、後半にルークとカウリが森へ行くのだろう？」
朝練の訓練所へ到着したところで、振り返ったマイリーの言葉に満面の笑みのレイが大きく頷く。
「はい、楽しみにしています」
「急なんだけど、彼らが行く時に俺もご一緒させて頂く事にしたよ。まあ俺の場合は、直接会ってバルテン男爵と話をしたいってのが行く理由なんだけどな」
「ええ、そうなんですね。あれ、じゃあ、皆でブレンウッドの街へ行くんですか？」
休暇中でも、街へ行ったら神殿への参拝があるのだろうか。あの大勢の人々を思い出して慌てていると、マイリーは苦笑いして首を振った。
「さすがに休暇中にあの大騒ぎはやめてくれ。俺も嫌だよ。一応、昨夜のうちにタキス殿に連絡を取って俺もご一緒させていただくのは連絡済みだよ。それでバルテン男爵にも連絡を取って、彼に森の家まで来てもらう事になった。まあわざわざ来てもらうのは申し訳ないが、その方が話も早いだろうしな」
確かに、会ってした方が早いだろうし、言いたい事も伝わりやすいだろう。
「そうなんですね。賑やかで僕は嬉しいです」
笑顔で大きく頷くレイに、マイリー達も笑顔で頷いたのだった。
