天体関係の贈り物
「シャム、久し振り」
駆け寄ってきたレイの言葉に、レイを見たシャムもにっこりと笑顔で一礼した。
「レイルズ様、先日は沢山のご注文をありがとうございました。もしもお届けした品物で何かお気付きの事などございましたら、なんなりとお申し付けください」
「えっと、この前瑠璃の館のお披露目会をしたんだけど、特に問題は無かったと思うよ。天球儀や天球図のタペストリーも、廊下の幻獣の版画も、見事だって皆からお褒めの言葉をいただいたよ」
それからお披露目会の時に、ロベリオ達やディレント公爵閣下からも、飾り方の趣味が良いと褒められた話もした。
「ああ、さすがですね。お褒めいただいたとの事。お手伝いした私も嬉しいです。いやあ、私もこの商売をして長いですが、あのお屋敷は本当に素晴らしかったですからね。飾るのが本当に楽しかったですよ」
うんうんと満足そうに何度も頷きながらそう言い、机に並べた様々な品物を示した。
「本日は、降誕祭の贈り物との事でしたので、主に装飾品を中心にお持ちしております。書籍に関しましては、目録がございますので、何かご希望のものや内容がありましたらお教えください。責任を持ってご紹介させていただきます」
「うん、本も見たいけど、それは後にするね。じゃあまずは贈り物選びだね」
ティミーは本が良いとの事だったので、出来れば版画が美しい天文学の初心者向けの本と星の図鑑は選びたいと考えている。それから、以前ティミーが竜騎士隊の本部へ来た時の贈り物選びの時にお願いした、政治経済関係の本も何冊か選ぶつもりだ。
「今年は、特に天体関係の装飾品が大人気になっておりまして、我が商会も忙しくさせていただいております。星や月を模した装身具は、今年の降誕祭の贈り物としては大人気の品ですね」
嬉しそうなシャムの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「さっきドルフィン商会の方にも聞きました。星や月の形をしたペンダントやネックレス、ブローチやブレスレットなどは大人気なんだって。僕、輪っかのある星をかたどったペンダントや三日月に座った猫のペンダントを選んだよ」
「ああ、私も先程拝見させていただきました。どれも素晴らしかったですね。あのような特殊な星や月を模した装飾品が人気になるとは、なんとも嬉しい事です」
本当に嬉しそうな笑顔でそう言ったシャムは、我に返ったかのように軽く咳払いをしてから慌ててテーブルに並んだ品々を振り返った。
「ああ、ついつい話し込んでしまいましたね。失礼致しました。では、まずはこちらの天球儀からご紹介させていただきます」
にっこりと笑ったシャムが示した机の一角には、それほど大きくはない天球儀が幾つも並べられている。
「これらは、実際の天球儀よりは精度は劣る、いわば観賞用の飾りとしての天球儀です。ですが、これも今年は本当に大人気です。在庫が一気に減って、職人達は嬉しい悲鳴をあげていますよ。私も、一年でこんなにも多くの天球儀を販売したのは、生まれて初めての経験です。いやあ、有り難い話です」
苦笑いするシャムの言葉に、レイも思わず小さく吹き出した。
「ごめんね。それ半分は僕のせいだと思います。夜会やお茶会で、何度も星の話や月の話をしたもの。職人の皆様、どうか頑張って作ってください」
「いやいや、半分どころか、思い切りレイルズ様のおかげございます。ありがとうございます。人々が、日々の暮らしの中の習慣として、時折空を見上げ、夜空に輝く星や月に想いを馳せてくださるのは、星系信仰のまさに第一歩ですからね。天球儀を作っている工房の皆も、とても喜んでいました」
「それならよかった。えっと、職人さん達に伝えてください。僕も楽しみにしているので素敵な物を沢山作ってください。でも、無理は駄目だよ」
「おお、職人達にまでお気遣いいただきありがとうございます。もちろんお伝えいたします。きっと大張り切りで何か作ってくれると思いますので、新作があればまたお持ちいたします」
「うん、楽しみにしてるね」
星にも興味を示してくれるティミーには天球儀も贈りたいと考えていたレイは、まずは天球儀を選ぼうとしたその時、ふとある事に気が付いて何か言いかけて黙り込んだ。
『ん? いかがした?』
急にレイの様子が変わった事にすぐに気付いたブルーのシルフが、耳元で優しい声でそう尋ねてくれる。
「ねえ、せっかく休暇を貰って森のお家へ帰るんだから、タキス達にも何かお土産を持って帰りたいんだけど、ブルーは何がいいと思う? ギードがいるんだから、石の付いた装飾品はタキス達にはいらないよね。精霊の指輪は、皆良いのを持っているみたいだし」
『ああ、確かにあのドワーフならここにあるくらいの品ならば作ってくれるだろうな。ふむ、それならば、森やブレンウッドの街では手に入らぬようなものが良いだろうな。はて、何が良いかのう……』
楽しそうにそう呟いたブルーのシルフは、天球儀の近くに並んでこっちを見つめているニコスのシルフ達を見た。
『今こそ其方達の出番であろうが。何をしておる。一緒に考えてやれ』
『ええ〜〜聞かれたのは蒼竜様なのに〜〜〜』
声を揃えてそう言ったニコスのシルフ達が、コロコロと笑ってレイの元へ飛んで来る。
『彼らなら主様から何を貰っても喜ぶと思うよ』
『主様の好きなものを選んであげるといい』
『お土産は食べたら無くなるようなものじゃあなくて』
『出来れば形として残る物が良いよ』
次々に教えてくれるニコスのシルフ達の言葉に、考え込んだレイが無言になる。
しばらく考えた後に、急に目を輝かせてシャムを振り返った。
「ねえシャム。天体望遠鏡って手に入りますか?」
「はい、もちろんございますよ。ですが申し訳ございませんが、かなり特殊な物ですので本日はこちらには持ってきておりません。倉庫に在庫はございますので、すぐにでもご用意出来ますが」
天体望遠鏡と言われてシャムは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに大きく頷き笑顔になる。
「よかった。それなら明日で構わないので、大きめの天体盤を四つと一緒に一台本部へ届けてもらえますか」
「かしこまりました。すぐに準備させます」
笑ったレイの言葉に、シャムは頷いて控えていた別の担当者に即座に店の倉庫担当者と連絡を取り天体望遠鏡を一台すぐに用意するように伝えた。
急いで精霊通信の出来る部屋に向かう担当者を見送り、まずは天球儀を選び始めたのだった。




