贈り物選びの開始
「えっと、じゃあソフィー達にはドルフィン商会から選ばせてもらう事にするね。それならまずはマークとキムの為の物からかな」
クッキーの説明を聞いて、安心したように笑ったレイが机の上に並んだ事務用品をゆっくりと見ていく。
「へえ、文箱も良いけど、彼らならこの書類入れも良さそうだね」
レイが見ているのは、木目が綺麗に透けて見えるように飴色の塗装が施された蓋の無い平たい木箱で、書類入れや小物入れとして使われているものだ。大小いくつかの大きさがあり、入れ子にしてひとまとめになったものが並べられてる。
「ああ、確か今の彼らは専用の研究室を持っているらしいですね。それならこういった普段使いの出来る資料用の書類入れは喜ばれると思いますよ。こちらにもう少し大きめの物もございますし、色違いもございますよ」
レイの視線に気付いたクッキーが、笑顔でそう言って幾つか取り出して見せてくれた。
「へえ、色違いもあるんだね。えっと……じゃあ、大きさはあるだけ全部用意してもらって、この白木のをキムにして、こっちの茶色をマークに……どうかな?」
レイが指差した白木の木箱も、艶出しされてオイルを塗り込まれているので表面はツヤツヤでとても綺麗だ。
「かしこまりました。ではこちらの色で一通りの大きさをご用意しますね」
クッキーがそう言って、後ろに控えている人に小声で指示をする。
「ああ、手帳カバーも良いね。じゃあこれもお願い。えっと、こっちがキムで、こっちがマークね」
革製の手帳カバーが並んでいるのに気が付き、嬉しそうに選び始める。
制服のポケットに入れる事を考えて、あまり分厚くない柔らかな革製のものを選んだ。どちらも綺麗な飴茶色だが、キムの方がやや黒みがかっている。
兵士隊には日付の入った手帳が全員に配られている。これはその手帳の大きさに合わせて作られているので、そのままカバーとして使えるのだ。当然、レイも使っている。
今、二人が使っている手帳カバーは布製のものでかなりボロボロになっていたのを思い出して小さく頷く。
「使ってもらえるといいな」
小さくそう呟き、次へ行こうとしてふと目についた手帳カバーに足が止まる。
「へえ、綺麗な青だね」
柔らかな革製のそれは、まるでブルーの鱗のような透き通るような青い色で、全体に少しムラがあってちょうど遠目に見た鱗みたいになっている。
「ああ、それは新作の藍色ですね。この青は布には良く染まるのですが、革の場合は色がすぐに退色してしまって、定着させるのにかなり苦労したのだとか。ですがとても綺麗な色になりましたね」
笑顔のクッキーの言葉に、レイはにっこり笑ってそれを手にした。
「えっと、これは僕が欲しいんだけど、自分の分もいいよね?」
今、レイが使っている手帳のカバーはここへ来て初めての降誕祭の時に、ルークがくれた贈り物の中に入っていた物で、薄茶色の革製のカバーだ。かなり使い込んでいて気に入っていたが、ちょうど手の当たる位置に大きく引っ掻いたような傷が付いていて気になっていたのだ。どこでついた傷なのか記憶には無いが、遠征訓練に出掛ける前には無かったはずなので、向こうで何かしている時についた傷なのだろう。
「もちろんです。手帳カバーは複数お持ちになって、定期的に交換なさるのが良いですよ。もしも傷みなどがあれば、場合によってはその間に修理する事も出来ます。それに交換しながらお使いになった方が長持ちしますよ」
笑顔でそう言われて、思わず胸元から今使っている手帳を取り出す。
「ほら、ここのところが何かに引っ掛けたみたいで大きな傷になっているの。使う時に手に当たるからちょっと気になっていたんだ。これも直る?」
なんとなく小声でそう尋ねる。
「ああ、何か金属に引っ掛けたんですね。ううん、これはさすがに元通りにはなりませんが、傷の入った部分にオイルを塗り込んで慣らしていただけば防水にはなりますし、ある程度傷自体も塞がって平らにはなるので、お使いになる際に邪魔にはならないと思います。あとは、傷も歴史だと思って気にせずお使いになる方もおられますし、傷がついたらすぐに新しいものに交換なさるお方もおられますので、そこはもう好きになさればいいと思いますよ」
苦笑いしたクッキーの言葉に、レイは無言で今まで使っていた方のカバーの傷を見る。
「じゃあ一度修理してもらって、大丈夫そうなら交換しながら使う事にしようかな。えっと、どれくらいで交換するのがいいの?」
さすがに毎日交換するのは面倒だろう。
「そうですね。半年から一年単位で交換なさる方が多いでしょうか。月初めや新年に合わせて交換すれば忘れませんから、おすすめですよ。ですが、今お使いのそれはかなり深そうな傷ですので、出来れば早めに修理に出された方がよろしいかと」
遠慮がちなその言葉に頷き、もうこの場で付け替えてもらう。
ラスティに一旦傷の入った方は預けて、修理出来るかを確認してもらうように頼んでおき、他を選んでいく。
ディーディーとニーカには、去年と同じく暖かな綿兎の毛の靴下を全部で五枚ずつと、同じく綿兎の毛で出来た大判の膝掛けを選び、彼女達の手でも扱いやすそうな女性用の細身の万年筆とインク瓶も選んだ。
しかし、次に行こうとしたレイは、何枚も並んでいる靴下を見て無言になる。
「いかがなさいましたか?」
不思議そうなクッキーの言葉に、レイは少し考えてから靴下を見てからクッキーを振り返った。
「ねえ、ディーディーとニーカが神殿でのお務めの際に寒い思いをしているのなら、神殿にいる他の巫女様達も同じように寒い思いをしているって事だよね?」
「それはまあ……そうでしょうね」
小さく頷いたレイは、ハンドル商会の品物を選んでいるルークの元へ駆け寄った。
「ねえルーク、神殿の他の巫女様達にも降誕祭で贈り物をしても構わない?」
「お、おう。もうお前も成人年齢なんだから、別に構わないぞ。だけど……何を贈るつもりだ?」
「えっと、ディーディーとニーカに綿兎の毛の靴下を贈ろうと思ったんだけど、それなら他の巫女様達や僧侶様達だって同じように寒い思いをしているって事だよね?」
遠慮がちなレイの言葉にルークだけでなく、同じく振り返ってこっちを見ていたロベリオとマイリーも揃って頷く。
「ああ、それなら俺達竜騎士隊からって事で、街の女神の神殿とお城の分所の方に数をまとめて贈ってあげればいい。それで良いですよね?」
最後は振り返ってこっちを見ているマイリーに確認する。
「ああ、いいぞ。それくらい喜んで協賛するよ。その分は、別で竜騎士隊宛に伝票を切ってもらってくれ。俺が代表でサインしておく」
「お願いします。じゃあシャムの所でも綿兎の靴下なら扱っているから、クッキーと相談して数をまとめて街の女神の神殿と城の分所へ贈ってやってくれるか」
「かしこまりました」
笑顔で頷いたクッキーは早速シャムと笑顔で握手を交わしてから、メモを手に相談を始めた。
「えっと……じゃあ、こっちも見せてもらおうっと」
嬉しそうに笑ったレイは、まだまだ並んでいるさまざまな品物を勝手に見始め、それに気付いたクッキーが慌てたように戻って来て、そこからまた順番に子供達への贈り物を選び始めるのだった。




