ただいまと陣取り盤の対決
「今日は本当にありがとうござました。とても楽しかったわ。正直言ってラプトルに乗る自信は無かったんだけど、今日でちょっとだけ自信がついたわ。それに、大きなラプトルももう怖くないわ」
ボナギル伯爵邸の前で、出迎えに出てきたボナギル夫妻と抱擁を交わしたジャスミンは、笑顔で振り返りラプトルに乗ったままのレイ達にそう言って笑って優雅に一礼した。
「こちらこそ、楽しかったよ。よかったらまた行こうね。えっと、それじゃあ失礼しますね」
最後は、自分を笑顔で見ているボナギル伯爵に向かってそう言い、レイも鞍上から軽く一礼する。
「ありがとうございました。どうぞ、お気をつけて」
笑顔で見送ってくれた伯爵夫妻とジャスミンに笑顔で手を振り返し、来た道を途中まで戻って円形交差点のところで屋敷へ戻るヴィゴとタドラとも別れて、本部から一緒に来てくれた執事達や護衛の者達、それからラスティと一緒にレイは本部へ戻って行ったのだった。
無事に本部へ到着したレイは、一日走ってくれたゼクスにしっかりとブラシをかけてあげてから本部の休憩室に戻った。
「おかえりなさい!」
休憩室ではマイリーとルークが陣取り盤を挟んでまさに真剣勝負の真っ最中で、その横に座って見学していたらしいティミーが、戻って来たレイに気が付いて笑顔で振り返って手を振った。
隣にあるテーブルには飲み掛けのワインとグラスが二つ、それからティミーのものだろうカナエ草のお茶が入ったカップとビスケットの瓶も置かれている。
「はい、ただいま戻りました。ううん、さすがにちょっと疲れたね」
ティミーの隣にそう言って首を回しながら座ったレイは、興味津々で対決中の陣取り盤を覗き込んだ。
「僕がマイリー様に陣取り盤を教えていただいていたところへルーク様が戻って来られて、ちょっと仮想敵役になってくれってマイリー様に言われて、そこにルーク様が座ったんです」
小さな声で、ティミーが今の状況を説明してくれる。
「えっと、じゃあこれって……?」
「はい。最初は、詳しい説明をしながら攻め方や守り方を実際に展開して見せてくださっていたんですけれど、途中でルーク様が、面白いからこの攻め方でひと勝負しようっておっしゃられて」
「それでマイリーが受けたんだね?」
「はい、もう開始早々どちらも凄い勢いで攻撃するから、見ている僕の方がハラハラしっぱなしなんです。でも、とても勉強になります」
「へえ、攻め方を決めてから対決すると、こんな激戦になるんだ」
見た事のないほどの激戦に、もうレイは疲れも忘れて夢中になって二人の勝負を見つめていた。
しかし、かなりの激戦の展開となっていたマイリー対ルークの陣取り盤の勝負は、終盤になって盤上の駒が減ってくるとマイリーの連続攻撃にルークの守りが総崩れとなり、結局最後はあっけなく勝負が決まってしまった。
「うわあ、もう無理! これで詰みだよ。どこにも逃げ場が無い! マイリー、相変わらず性格の悪さが攻撃方法にも出てるよ。もうやだ〜〜〜!」
側にあったクッションに倒れ込んだルークの敗北宣言の叫びに、揃って夢中になって見学していたレイとティミーが目を輝かせて拍手をした。
「ありがとうございました! 素晴らしい勝負を見せていただきました!」
「凄い! 二人とも凄いです!」
ティミーとレイの満面の笑みを見て、マイリーが笑ってルークの腕を突っつく。
「まあまあ、ルークも頑張ったじゃないか。俺はもうちょっと早く音を上げるかと思っていたんだけどなあ」
「うう、これは悔しい。絶対に勝ってやるつもりだったのに〜〜!」
突っ伏していたクッションをバンバンと叩くルークの叫びに、マイリーが鼻で笑う。
「ふん、まだまだそう簡単には負けてやらないからな」
「覚えてろよ。絶対いつか叩きのめしてやる」
起き上がったルークの悔しそうな言葉に、マイリーは妙に嬉しそうだ。
「是非とも精進してくれ。骨のある相手が出来て俺は嬉しいよ」
その言葉に、ルークが驚いて目を見開く。
「うわあ、初めて陣取り盤でマイリーに褒められた! ええ、絶対に打ち負かして見せますから楽しみにしていてくださいよ」
起き上がったルークの言葉に、陣取り盤を片付けていたマイリーはもう一度嬉しそうに笑って二人は拳を突き合わせた。
「えっと……今のって、褒めたの?」
そんな二人の様子を見ていたレイが、小さな声でティミーに尋ねる。
「そうですねえ。まあ、今のは褒めたと言ってもいいのではないでしょうか? ルーク様を対等の相手として認めたという意味ですからね」
どちらが年上か分からないような会話に、ルークとマイリーが揃って面白そうにそんな二人を横目で見ている。
「うわあ、分かりにくい。ねえマイリー、褒める時はもっと素直に褒めてください」
「素直なマイリーなんて、俺でも見た事無いって」
吹き出したルークの言葉に、同じく苦笑いしたマイリーが頷いている。
「それで、遠乗りはどうだったんだ?」
明らかにわざとだろうが、マイリーが話題を変えてくれたのでレイは笑顔で大きく頷く。
「はい、お天気も良かったしとても楽しかったです。えっと、ヴィゴとタドラとカウリが一緒に行ってくれたんですけど、ディアとアミー、ジャスミンとアルジェント卿のお孫さんのソフィーとリーンも一緒だったので、とても賑やかでしたよ」
「到底、賑やかでしたですむ顔ぶれじゃあない気がするけどなあ」
笑ったルークの呟きに、レイが不思議そうに首を傾げる。
「まあ、まだ休むには早いな。それじゃあせっかくだから、少し飲みながらどんな風だったのか教えてくれよ」
執事が用意してくれた空のグラスを渡されたレイはお礼を言って受け取り、机の上に置いてあったワインを入れてもらった。
ティミーには、別に用意してあった葡萄のジュースが用意される。
「精霊王に感謝と祝福を」
それぞれのグラスを掲げてまずは乾杯する四人の様子を、ブルーのシルフを先頭にソファーの背に座ったそれぞれの竜の使いのシルフ達が愛おしげに見つめていたのだった。




