ホリーグラスの平原
「では、頑張って練習した成果をレイルズ達に見てもらわねばな」
娘達を抱きしめていた手を離したヴィゴの言葉に、少女達が揃って笑顔で頷く。
「え? 何を練習したの?」
不思議そうなレイの言葉に、笑顔のヴィゴが振り返る。
「まあ、まずは場所を移動しよう。ハートダウンヒルの辺りは、少々高低差が多く地盤も軟弱なところがあるからな。この先にあるホリーグラスの平原へ行くぞ」
「ヴィゴが竜騎士になった後、陛下からいただいた草原地帯だよ。敷地の端の辺りには林がいくつかあるけど、ほぼ平坦な土地でね。初心者の子達がラプトルを思い切り走らせるには良い場所なんだ」
タドラが横から説明してくれて分かった。今からそちらへ移動して、彼女達もラプトルを走らせるのだろう。
笑顔で頷いたレイは、振り返って驚いた。
いつの間にか、昼食をいただいた時に広げられていた分厚くて大きな敷布や、少女達がお昼寝に使っていたクッションやパラソルなどが全て綺麗に片付けられていて、もうすっかり出発準備が出来上がっていたのだ。
「うわあ、あっという間に片付いちゃったんだね。すごいや」
小さく拍手をしたレイは、執事が引いて来てくれたゼクスの手綱を受け取った。
「よし、では行くとしようか」
ヴィゴの言葉に、皆が一斉にそれぞれのラプトルに乗る。一人ではまだラプトルに乗れないアミーは、またヴィゴのラプトルに一緒に乗せてもらっている。
来た時とは違い横に広がって、ゆっくりと並足程度の速さで移動していった。
「うわあ、紅葉が見事だね。あの辺りなんて林が丸ごと真っ赤になってる。あっちの大木は一本の木に緑に黄色、赤、茶色までいろんな色があるや。どっちを見てもすっごく綺麗だ」
『ああ、確かにとても美しいな』
すっかり定位置になっている右肩に座ったブルーのシルフの言葉に、横を向いてそっとキスを贈り笑顔になる。
レイにしたらかなりゆっくりな速さだが、少女達は若干緊張した面持ちで背筋を伸ばして基本通りに前を向いて手綱を握っている。なので、あまり周りの景色を見ている余裕は無さそうだ。
迂闊に話しかけて横を向いた拍子に落馬でもされては大変なので、苦笑いしたレイは周りの景色を楽しみつつ少女達の少し後ろを、時折ブルーのシルフと小さな声で話をしながらのんびりと進んで行った。
万一、誰かが落っこちそうになった時にすぐに気付ける位置だ。
少女達のラプトルの周りには時折ノーム達が姿を現して、真剣な表情でラプトルに乗る彼女達に楽しそうに手を振ったり投げキスを贈ったりしていた。
少女達の中では唯一ノーム達の姿が見えるジャスミンも、真剣に前を向いているので足元のノーム達に気付く事は無かった。それでも、ノーム達も別に怒ったり残念がる様子もなく、時折気まぐれに姿を現しては、ラプトルを追いかけて楽しそうにしていた。
「守ってくれているんだね。ありがとうね」
ゼクスの足元に現れて手を振るノームに、小さく笑ったレイも手を振り返した。
「うわあ、一気に平らになったね。ここがそのホリーグラスってところなの?」
ハートダウンヒルの敷地を囲っている柵沿いの道をしばらく進み、入った時とは別の門から外に出た一行はゆっくりと進んで一気に視界が開けた場所で止まった。
先程のハートダウンヒルの敷地内は、時折大きな岩場があったり、急な段差がいくつかあったりしたのだが、ここから見える敷地はほぼ全て平原になっているみたいだ。
「うわあ、綺麗なところですね。今はちょっと足下の草も色が悪いけど、これって春に来たらすごく緑が綺麗だろうね?」
少し進み出て、まだラプトルに乗ったままのヴィゴにそう尋ねる。
「ああ、この辺りは春が一番綺麗だよ。向こうに見える今は真っ赤になっている林は、新緑もとても綺麗だよ」
笑顔のヴィゴが指差す場所には紅葉樹が集まった林があり、確かに今は見事なまでに真っ赤に紅葉している。
「ああ、あれなら確かに新緑も綺麗でしょうね。へえ、じゃあ今度は春に来ないとね」
うっかり呟いたその言葉に、少女達が一斉に目を輝かせたのに気付いていないのは、この中ではレイルズだけだった。
「おお、見事に真っ平だなあ。これなら少しぐらいあの子達でもラプトルを走らせられそうだなあ」
ラプトルに乗ったままのカウリが、少し近くへ来て遠くを見ながらそう言って笑っている。
「確かに、これなら少しくらい走らせても大丈夫そうだね。えっと、どうするのかな?」
振り返ると、執事達が荷運び用のラプトルから縦長の大きな木箱を下ろしている。
「あれ? また変わった箱だね。何が入っているのかな?」
それを見たレイの呟きに、聞こえたらしいカウリが教えてくれる。
「ああ、あれはラプティポームと呼ばれる遊び用のスティックを入れる専用の箱だよ。へえ、あれを出したって事は、彼女達もするんだ。おお凄え」
「ラプティポーム?」
初めて聞く名前にレイが首を傾げる。
「ええと、羽根打ちとかポームって呼ばれる遊び、知っているだろう?」
そう言いながら腕をゆっくと頭上で前後に振ってみせる。
「えっと、こんな形のポームで羽根の付いた玉を打ち合う、あれ?」
レイも同じように頭上で腕を振ってみせる。それなら、以前離宮の横の川で水遊びをした時に、ロベリオ達と一緒に遊んだ覚えがある。
「えっと、だけどあれは暑い時期に川に入って遊ぶんだって聞いたよ。今から水遊びはちょっと無理があると思うけど?」
レイは、まだこの気温なら川に入れと言われたとしても別に大丈夫だが、女の子達は確実に風邪をひくだろう。
「それとは似ているけど全然違うよ。まずスティックが違うし球も違う。遊び方も全然違う。だけど何故だかラプティポームって呼ばれているな。理由は俺も知らないよ。まあどんな遊びかは、実際にやってみてのお楽しみだな」
笑ったカウリの言葉に何だか分からないなりに頷いたレイは、カウリと一緒にゆっくりとラプトルを進ませて謎の箱から何かを取り出し始めた執事達のところへ近寄って行ったのだった。




