少女達の遊び
「レイルズ様、お菓子どれもすっごく美味しいです」
フォークを持ったアミーが嬉しそうにそう言って小さく切った栗のパイを口に入れた。
アミーはまだナイフをうまく扱えないので、こういった一口で食べられないお菓子などは、あらかじめ執事が食べやすいように切ってくれているのだ。
「お口に合ったならよかった。皆が喜んでいたって、マークとキムにも報告しておくね」
笑ったレイの言葉に、チーズケーキを食べていたジャスミンがまた唐突に真っ赤になる。それを見て、また少女達が大はしゃぎでジャスミンをからかう声が聞こえて、見ていたヴィゴ達も揃って苦笑いしていた。
少女達は、もうずっとご機嫌で楽しそうに、あれが美味しい、いやこっちの方が私は好きだと話をしながらいくつものお菓子を突っついては笑っている。
それを残りのお菓子を平らげながら見ていたレイは、密かに感心していた。
どうやら郊外でのお茶会は、普段のお茶会よりもかなり自由にしてもいいみたいだ。
さすがに口に物を入れたままで喋るような事は誰もしないが、なんとなく屋敷の中で見る時よりも、皆のびのびしているように感じられた。
彼女達が、先ほどのどんぐりの独楽を取り出して、机の開いたところでこっそり回しながら、どんぐりの独楽なんて初めて遊んだけど、とても楽しかったと言って笑っているのを聞いたレイは、少し濃くなってミルクと蜂蜜を追加しようとしていたカナエ草のお茶が入ったカップを置いて彼女達を見た。
「ねえ、ちょっと疑問に思ったんだけど聞いてもいい? 単なる疑問なんだけど、どんぐりの独楽で遊ぶのが初めてなら……女の子達って、普段はお家の中では何をして遊んでいるの?」
この年頃の少女達は、レイにとってはまさに未知の生き物に近い。普段は何をして遊んでいるのかすら全く想像もつかない。
レイの質問に、少女達が顔を見合わせる。
「何って……そうね。例えば刺繍をしたり縫い物をしたりするわね。編み物をする事もあるわ」
「私とソフィーは、今は二人でエルの寝巻きを作っているの。赤ちゃんは、すごく汗をかくしすぐに汚すから、着替えはたくさんいるのよね」
「それに直ぐに大きくなるからね」
ソフィーとリーンが、そういって揃って縫う振りをして楽しそうにコロコロと笑う。
「エルは可愛いものね。へえ、エルの寝巻きは二人が縫ってあげているの?」
目を輝かせるレイの言葉に、二人は照れたように笑って首を振った。
「もちろん私達だけじゃあないわ。お針仕事はもっと上手な方が何人もお屋敷にいるから、私達も縫っている。が正解ね」
「でも、赤ちゃんの服は小さいし縫う所も少ないから楽でいいわね」
「確かにそうね。でも、小さくてもレース編みでおくるみやフードを編んだ時は大変だったわね」
小さなため息を吐いたディアの言葉に、ジャスミンも笑って頷いている。
「えっと、刺繍、縫い物、編み物。他には?」
「読書をしたり、お花の手入れをする時もあるわ」
少し考えて答えたディアの言葉に、他の少女達も笑顔で頷いている。
「それから、リューリットとアークで、ドールハウスで遊ぶ時もあるわね」
手を打ったソフィーの言葉に、リーンも嬉しそうな笑顔でうんうんと頷いている。
「ああ、そうだわ。ねえねえ、この前言っていたリューリットの冬のドレスは出来上がったの?」
ジャスミンが目を輝かせてソフィ達を見る。
「もちろんよ! ディアのお母上がお古のリボンを分けてくださったでしょう。あれのおかげですっごく素敵になったの。袖口と襟周りには、一番細いレース針で、縫い糸を使ってレースを編んだのよ!」
「ええ、それはすごいわ。ねえ、見てみたい!」
「うわあ。縫い糸でレースを編んだんですか? すっごい!」
「私のリューリットには、まだリボンしか追加出来ていないわ。小さいのはとっても難しいんだもん」
「もちろんよ、いつでも遊びに来てちょうだい。他にも毛糸のドレスも編んだわ」
「編み図を見せてください!」
「もちろん。じゃあ、編みたい毛糸を持って来てくれたら、教えてあげるわよ。使う毛糸は極細だからね」
「分かった。それなら今度お邪魔する時は、私の毛糸のコレクションも持って行くわね」
目を輝かせて楽しそうに話をしている少女達を、途中からすっかり置いてけぼりにされたレイ達男性陣がポカンと眺めていた。一人事情がわかるヴィゴは、何も言わずに面白そうにそんな彼らを眺めていた。
「えっと、リューリットとアークって……初めて聞く名前だけど、どなたですか?」
ジャスミンの袖を少しだけ引いて、小さな声で尋ねる。
すると、少女達は揃ってレイを振り返った。
「ええ、ご存じないんですか?」
「レイルズ様って、バルテン男爵様とお知り合いなんでしょう?」
「それなのに、どうしてご存じないんですか?」
思わぬ名前が突然出てきて、レイは驚きのあまり目を見開いてジャスミン達を見た。
「えっと、バルテン男爵って……マイリーの補助具に使っている伸びる革を作った、ブレンウッドのドワーフギルドのギルドマスターの事だよね?」
当然とばかりに揃って頷く少女達を見て、さらにレイが首を傾げる。
「えっと、どうしてここでバルテン男爵の名前が出てくるの?」
不思議そうなレイの質問に、ジャスミン達は揃って顔を見合わせて笑い出した。
「さすがのレイルズ様も、これはご存じなかったみたいね」
ディアが笑ってそう言い、掌を広げてみせた。
それはレイとは全く違う、細くてしなやかな女の子の手だ。
「これくらいの……だいたい15セルテくらいね。小さいんだけど、指先からお顔まですっごく精密に出来ている人形で、関節部分が球体になっていて、あの、伸びる革をごく細くしたもので手足をつなぎ合わせているんです。なので、少しくらいなら動かしてポーズを取らせる事が出来るんです。こんな風にね」
そう言ってカップを持つ右手を上げてポーズを取って見せる。
「体のバランスも人の体に近いので、ドレスや衣装を着せるとすっごく素敵になるんです」
「この秋に王都で売り出されて、もう大人気で全然手に入らないんです。父上が頑張って下さって、我が家では男女一体ずつだけは手に入れてくださったんです」
ソフィーの言葉にリーンも苦笑いしながら何度も頷いている。どうやら手に入れるのはかなり大変なものらしい。
「私のところにも男女一体ずついるわ。リリーとルウって名前を付けました」
「名前は二人で考えたんです。だって、ソフィー達と遊ぶ時に間違ったら大変だもの」
ディアの嬉しそうな言葉に、アミーもそう言って得意げにしている。
「へえ、そんな人形があるんだ」
レイの認識では、人形といえば赤ん坊や小さな子供が抱いて遊ぶ、柔らかくてふわふわなモヘアと呼ばれる毛を植毛したぬいぐるみや、貴族の屋敷などに飾っておく、50セルテくらいはある装飾人形と呼ばれるものくらいだ。だが、今の彼女達の話す人形は、それらとも全く違うみたいだ。
「この人形は、ドールハウスにぴったりの大きさなんです。だからそこで暮らしているって設定にして遊んでいるんです」
「ね〜〜」
「ね〜〜〜!」
「へ、へえ……」
ものすごい勢いで説明してくれる少女達の言葉に、やや気圧されたレイはただただ感心していた。
「へえ、小さな人形で遊ぶなんて、僕には全く未知の世界だねえ。すごいや」
無邪気に感心するレイの周りでは、一緒になって聞いていたシルフ達が、自分達は? と言わんばかりに自己主張を始めたのを見て、ジャスミンは笑いを堪えるのに必死になっていたのだった。




