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蒼竜と少年  作者: しまねこ


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紅葉のハートダウンヒルの丘への到着

「うわあ、本当だ。すごく紅葉してるね」

 林沿いに作られた細い道には柵が設けられていて、その道沿いに進んだ一行が到着したのは柵に造られたしっかりと施錠がされている門だ。

 この延々と続く柵の中側全てが、レイが陛下から賜ったハートダウンヒルと呼ばれる丘陵地帯となっている。やや軟弱な土地と岩場が多く開拓には不向きだとして、オルダムから比較的近い地域にも関わらず森や林がほぼそのままの形で残されている。ウサギや鹿、猪やイタチなどの野生動物も多くいるので、昔は王族の狩猟地として使われていた事もある。

 進み出たラスティがその門の鍵を開けるのを、レイ達は目を輝かせて見つめていた。

 すでに柵沿いに広がる林は見事に紅葉していて、燃えるような真っ赤な木もあれば緑から黄色へと今まさに変わっている途中の木もある。

「綺麗ですね」

 目を輝かせたジャスミンの言葉に、レイも笑顔で大きく頷く。

「僕の故郷の森の紅葉も綺麗だったよ。蒼の森の北側は針葉樹が多かったけど、僕の家があった辺りは広葉樹が多かったからね」

 懐かしい故郷の森の景色を思い出しながらレイが小さな声でそう呟く。

「レイルズ。気持ちは分かるけど、ここにはディアやソフィー達もいるから、その名前は言わない様にね」

 片目を閉じたジャスミンにそう言われて、レイは慌てて口を押さえたのだった。

「本当だ。気を付けないとね。ありがとうジャスミン」

「どういたしまして」

 苦笑いしたレイの言葉に、ジャスミンは面白がるみたいにツンと澄ました顔で軽い口調でそう言って小さく笑った。

 レイの故郷については、タキス達の平穏な暮らしを守る意味もあり具体的な地名は正式には公表されていない。

 ある程度の調査力のある貴族ならば簡単に調べる事は出来るが、レイの故郷については具体的な名前は出さない事が暗黙の了解となっている。



「えっと、ハートダウンヒルの敷地内に入ったけど、何処へいくの?」

 門を通り敷地内に入った後は、そのまま道なりに林沿いに進んでいく。

 ラスティの側にゼクスを寄せたレイは、小さな声でこっそりそう尋ねた。

 少女達は、今の所は上手にラプトルを乗りこなしている様だが、以前のティミー達の様に草原を走り回るような無茶な走り方は出来ないだろう。

「はい、この林の奥に小さな泉がございます。そこから小川が流れ出しているのですが、今の時期ならばまだ釣りが楽しめます。綺麗な色のマスが釣れますので、お楽しみいただく予定です」

 成る程。荷物の中に妙に長い包みがあって、あんな武器を何に使うのだろうと考えていたが、どうやらあれは釣り竿らしい。

「へえ、釣りが出来るんだ。今の時期の綺麗な魚なら……ヤマメかニジマスあたりかな?」

「おお、さすがはよくご存知ですね。はい、この辺りはニジマスが釣れます。そろそろ冷え込んできましたから、ちょっと厳しいかもしれませんがね」

 苦笑いするラスティの言葉に、レイも納得して苦笑いしていた。

 確かに、これだけ気温が下がってくれば、川釣りは厳しいかもしれない。

「でもまあ、何かちょっとでも釣れたら確かに楽しいだろうからね」

 お天気は良いので、大物狙いでなければ少しくらいは釣れるだろう。

 蒼の森では、畑の横に小川が流れていて、夏場にはギードと一緒に釣りを楽しんだりもしたのを思い出し、笑顔になるのだった。



「うわあ! 見てください父上! 綺麗な小川が見えます!」

 ヴィゴのラプトルに乗せてもらっていたアミーが、見えて来た景色に一番先に気が付いて大きな声を上げる。

「ああ、まずはあそこで川遊びをするからな」

 笑ったヴィゴの言葉にアミーが目を輝かせる。

「ですが父上、もう水温が低いから水に濡れたら風邪をひきます」

 戸惑うようなディアの言葉に、ソフィーとリーンも小さく頷く。

 すると笑ったヴィゴは、何も言わずに右手で竿を振る仕草をして見せた。

 それを見て何をするのか理解した少女達から歓声が上がる。

「分かった! 釣りをするんですね!」

「私、釣りはやった事が無いので一度やってみたかったんです!」

「私も! 楽しみです!」

 ようやく元気な声が聞こえ、そこからはもう少女達のお喋りが一気に始まり、先程までとは打って変わって賑やかになった一行は、ようやく最初の目的地に到着した。



「へえ、思ったよりも大きな川だね。大きな岩場もあるし、案外釣れそう」

 川幅はそれほどでもないが、流れは起伏に富んでいてなかなかに良い川だ。

 川縁は砂利が平らになっている箇所があるので、あそこからなら少女達でも安全に釣りが楽しめるだろう。

 そんな事を考えながら川に沿って軽くゼクスを歩かせたレイは、すぐに戻って来て周りを見た。

 止まった場所は、平らな草地になっているので、ここなら座っても大丈夫だろう。

 ラプトルから降りた少女達が川の方へ走って行くのを見て、何人かの護衛の者達は即座に少女達の後について行った。

 興味津々で川を覗き込んでいる彼女達を見て、レイは無言で地面を見た。

 しかし釣りをしようと思ったら、まずは餌が必要だ。普通は地面を掘って見つけたミミズを針に刺して川に投げ入れるのだが、果たして少女達はミミズを掴めるのだろうか?

「ううん、花を育てるのが好きなディアとアミーならミミズは見慣れているだろうけど……大丈夫かなあ?」

 執事達が地面に敷布を広げ、折りたたみ式の机や椅子を取り出し始めたのを見て、苦笑いしたレイはまずはゼクスから飛び降りてラプトルを集めて面倒を見てくれている執事にゼクスを預けて少女達のところへ駆け寄って行った。

 しかし、その途中で別の執事があの細長い包みを開けているのに気が付いて思わず足を止めた。

 出て来たのは、予想通りのやや短めの釣竿で、紐の先には小さな釣り針が付いている。

「ねえ、餌はどうするの? 集めるのなら手伝うよ」

 彼女達の人数分の餌を短時間で集めるのはかなり大変だろう。そう思って声をかけたのだが、顔を上げた執事は笑顔で首を振った。

「さすがはよくご存知ですね。ですが今回は先に集めて来ておりますので、大丈夫でございます。お気遣い感謝いたします」

 にっこり笑って土の入った小瓶を見せてくれた。中には何匹ものミミズが入っているのが見えてレイは思わず吹き出した。

「すごいや。準備万端だね。じゃあ僕も一緒に使わせてもらうね」

 笑顔で頷き合い、レイも手伝ってまずは釣り竿を包みの中から引っ張り出していった。

 釣り竿を手にしたレイの元へ歓声を上げて集まって行く少女達を、この後の状況が容易に想像出来るヴィゴをはじめとした大人達は、少し離れたところから揃って苦笑いしながら見つめていたのだった。

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