広葉樹と針葉樹
ヴィゴを先頭に大人数の一行は一の郭の道を通り、以前ティミー達と一緒に遠乗りに出掛けた時と同じ城門を通って城壁の外へ出て、そのまましばらく街道を進んだ。
男の子達の時の様に、誰かが無茶な走り方や勝手な行動ををするわけでも無く、まだ緊張しているのかいつもはおしゃべりな少女達だがそれほどの会話も無く、一行は黙々と街道を進み、途中で横道に入って街道から離れていった。
「ああ、以前来た時よりもさらに下草が刈られているね。ううん、これだけの場所を季節に応じて全部整えるのって大変そう」
横道に入ってしばらくしたところで見覚えのある林が見えてきて、そのまま道なりに林の中へ入ったところでレイが思わずゼクスを止めて周囲を見回しながらそう呟く。
「下草が刈られているって、どういう意味ですか? だって、この道の周りにはあんなに草が生えていますよ?」
林の中へと続く道に入ったところで、隣にいたジャスミンがレイの呟きが聞こえたようで、同じくラプトルの足を止めて不思議そうにそう尋ねる。
他の少女達も、次々にラプトルを止めて興味津々でこっちを見ている。
「えっと、下草って言っても今生えているのは柔らかな稲科の雑草で、この程度ならラプトルなら何の問題もなく進めるでしょう?」
そう言ったレイが、道から少し逸れて林に近い草地のところをわざと通ってみせる。それを見て揃って頷く少女達も、護衛の者達と一緒にレイの周りに集まってくる。この辺りは地面も平坦で危険は無い。
「確かに、草で足元は見えませんがラプトルは平気で歩いているわね」
自分の乗るラプトルの足元を見下ろしたディアの言葉に、何事かと来てくれたタドラやカウリ達も同じように足元を見下ろしている。
「だけど、人の手が入っていない森の場合は、下草はこんなものじゃあないよ。硬いイバラや、これも針金みたいに硬い蔓草なんかが複雑に絡まり合っていて、ラプトルでも入れない場合も多いんだ。当然、徒歩なんかだと全く手も足も出ないよ」
手綱を離したレイが、一応足元を確認してからゼクスから飛び降り、生えている柔らかくてまっすぐな雑草を引き抜いてみせ、両手を使って草を払って、他には何もない事を見せる。
少女達にとっては、今目にしている様な光景が自然の森の状態だと思っていたのだが、森育ちのレイはそうでは無いのだと言う。
「だから、例えば僕が住んでいたような深い森の中には、いわゆる獣道みたいなのがいくつもあって、ラプトルで森の中を行く時にはそこを進むんだよ。逆に言えば、それ以外には森へ入る道は無いって事。どこでも入れるわけじゃあないんだ」
「獣道?」
少女達の声が綺麗に重なる。
「そう、獣道。文字通り野生の動物達が通る事によって自然に出来る道のことだよ。えっと、猪や鹿なんかがいつも通っていると、当然その場所は踏まれて草が生えにくくなるでしょう。そんなふうにして草が生えにくくなると歩きやすくなるから、当然他の動物達もどんどんその道を通る様になる。そんなふうにして森の中に自然に出来るのが獣道だよ」
感心した様に頷く少女達。その横ではカウリやタドラだけでなく、護衛の者達や使用人達も感心した様に一緒になって聞いている。
「だから例えば今いるくらいの木々が育った林だと、人が手を入れていなければ足元はもっと危険が一杯で気軽にラプトルで進む事は出来ないね。レンジャー達が乗っているみたいな森を歩き慣れているラプトルだと、用心しながらゆっくりなら進めるかな。街の中しか歩かない子達だったら、ちょっと苦労するだろうね」
「へえ、そうなんですね。じゃあ、ここを整えてくださるレンジャーの方々に感謝しないとね」
笑顔のジャスミンの言葉にヴィゴやカウリ達も笑顔で頷く。
「じゃあ行こうか。ここは針葉樹が多いからあまり紅葉していないけど、ハートダウンヒルの辺りは広葉樹の林があちこちにあったから、きっと紅葉が綺麗だと思うよ」
「ああ、確かにあの辺りは見事な紅葉が見られるぞ。何本か紅葉する巨木があるので楽しみにしていなさい。それは見事だぞ」
レイの言葉に続き、ヴィゴが頷いてそう教えてくれる。
「へえ、そうなんですね。確かに何本か大きな樹があったけど、言われてみれば広葉樹だったね。うわあ楽しみだ」
嬉しそうなレイの言葉に、ソフィーとリーンが顔を見合わせて揃って首を傾げる。
「レイルズ様。広葉樹ってなんですか?」
「先ほどは、針葉樹ともおっしゃられましたが?」
逆に聞かれたレイの方が驚いて目を見開く。
花好きなディアとアミーも、樹木はあまり興味が無かったようで同じく不思議そうにしている。
「そっか、植物の種類も知らないんだ。貴族の人達には、まずそこからなんだね」
ごく小さな声でそう呟いたレイは、にっこりと笑って近くにある大きな針葉樹を指差した。
「例えばこれは、杉の木。お家の壁に使ったり、椅子や机にもなる。木材としてよく使われる良い木だよ。これは針葉樹なんだ。ほら、葉っぱが針みたいに尖っているでしょう?」
レイが指差す木を少女達が揃って見上げる。
「確かにそうね。葉っぱが痛そう」
無邪気なリーンの言葉に、皆が笑う。
「あっちにあるのは、広葉樹だね。あれは楓。フウの木とも呼ばれる。あれも木材として使われる木だよ」
ゼクスを少し進ませて、手を伸ばして頭上の葉を引っ張って見せる。
「ああ、成る程。葉っぱが針の様だから針葉樹。こっちは葉っぱが平らで広いから広葉樹、なんですね!」
納得した様なディアの言葉に、レイが笑顔で頷く。
「ディア正解。もう一つの特徴としては、広葉樹と針葉樹は基本的に落葉、つまり葉っぱが落ちるか落ちないかだね。広葉樹の多くは、秋に紅葉して葉っぱを落としてしまうけど、針葉樹は冬になっても緑の尖った葉はそのままなんだ。ほら、降誕祭の時のツリーによく使われるイチイの木も針葉樹だよ。ちなみに竜騎士隊の紋章にも使われている柊は、常緑広葉樹。つまり冬になっても葉っぱが落ちない広葉樹だね」
突然始まった森の木々の説明に、少女達だけで無く、ある程度は知識としては知っていても街育ちであまり興味の無かったカウリやタドラまで、この時ばかりは興味津々でレイの説明を聞いていたのだった。




