朝の大騒ぎと小さな約束
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、まだ眠い目を擦りながら何とかベッドから起き上がった。
「ふああ。まだちょっと眠いや。でも起きないとね」
大きな欠伸を一つしてから腕を思いっきり伸ばす。
『おはようレイ。今日は一日良いお天気のようだぞ』
レイの右肩にふわりと座ったブルーのシルフは、レイの柔らかな頬にそっとキスを贈りながらそう教えてくれる。
「よかった。せっかくの遠乗りなのに、お天気が悪いと行けないもんね」
笑って立ち上がったレイは、もう一度腕を頭上に上げて思いっきり伸びをする。
「ええと、今朝の寝癖は……」
そう呟きながら恐る恐る自分の頭を触ったレイは、頭頂部の辺りに少し大きめの塊はあるが、それ以外は案外大した事はないようで普段と変わらない程度の寝癖に驚いて頭上を見上げた。
「あれ、今日はずいぶんと大人しいね」
『そろそろ日常なの〜〜〜』
ふわりと飛んできた一人のシルフが、そう言いながらレイの周りを飛び回る。
『だから怒らないでね』
『怒らないでね』
『大好きなんだもん』
『触りたいんだもん』
『ね〜〜〜!』
周りを飛び回るシルフ達が、慌てたように口々にそう言ってレイの鼻先や頬にキスを贈る。
「えっと……」
別に彼女達に怒った覚えは無いのだが、何かあったのだろうか?
少し考えたレイは、右肩に座ったままのブルーのシルフを見た。
「ねえブルー、彼女達にもしかして何か言った?」
『ほう、何故そう思う?』
若干わざとらしい口調で質問に質問で返され、苦笑いしたレイは頭上を飛び回っているシルフ達を見上げた。
「僕は別に怒った覚えは無いのにわざわざ彼女達があんな風に言うって事は、もしかしてブルーが何か言ったのかなって思ったの」
肩をすくめたレイの言葉に、ブルーのシルフは苦笑いしながら頷いた。
『いや、夜明け前の早い時間頃に彼女達がまた其方の髪でいつものように遊んでおったのだが、そのうちの一人がここがちょっと長すぎると言い出しおってな』
そう言って、レイの前髪の上辺りを指差す。
確かに、ふんわりしているレイの髪の毛の中でも、この辺りは前髪部分を整えるために全体に少し長めになっている場所だ。
『そうしたら、少しくらいならちぎっても分からんだろうと言い出しおってな。それで調子に乗るな。髪とはいえ主殿の一部を勝手に損なうとは何事かと少々強めに叱ってやったのさ。そうしたらすっかり怯えてしまって、その後は髪に触ろうともせぬ。分かれば良いと何度言うてもすっかり萎縮してしもうてな。なかなか機嫌を直してくれんで難儀しておったのさ。少し前にようやく何人かが戻ってきて遊び始めたのさ。その頭の上側の塊は、早朝の悪戯の残りだよ』
若干疲れた口調のその言葉に、レイも思わず苦笑いする。
「あはは、成る程。そういう事だったんだね。僕の前髪を守ってくれて有り難うね」
笑ったレイは、そう言ってブルーのシルフにそっとキスを贈った。それから、頭上を飛び回っているシルフ達を見上げる。
「えっと、お願いだよ。僕の髪の毛で遊ぶのは構わないけど、引っこ抜いたりちぎったりするのはさすがに駄目だよ。ちゃんと元に戻るなら……まあ、これくらいは、許容範囲だから、ね、約束だよ」
『いいの?』
『いいの?』
『遊んでもいいの?』
目を輝かせたシルフ達が、口々にそう言いながらレイの周りに集まってくる。
「えっと……」
思わずブルーのシルフを見ると、小さく笑って肩をすくめた。
『さて、我は知らぬぞ。遊んでも良いと、約束だと言ったのは其方だからな』
「うわあ、もしかして引っ掛けられた!」
慌てたようなレイの悲鳴にブルーのシルフが吹き出す。
『よかったな。其方達。レイが遊ぶのを許してくれたぞ』
『ありがとうね〜〜!』
『ありがとうね〜〜!』
『大好き大好き』
『約束約束〜〜!』
『ふわふわのクルクル〜〜!』
『ぎゅっとしてぎゅっとするの〜〜〜!』
『ね〜〜〜!』
『ね〜〜〜〜!』
最後は大はしゃぎで一斉にそう言われて、レイは乾いた笑いをこぼした。
「あはは……お手柔らかにお願いします。えっと、解くときは手伝ってね」
『任せて任せて〜〜〜!』
『お手伝いお手伝い!』
『頑張る頑張る!』
悲鳴を上げて笑ったレイがベッドに倒れ込むのを見て、大喜びしたシルフ達がまだ無事なレイの髪の毛を引っ張り始め、レイが悲鳴を上げて髪を押さえながらベッドから転がって逃げる。
笑ったブルーのシルフは、そのまま追いかけっこをして遊ぶレイとシルフ達を愛おしげな眼差しでずっと気がすむまで眺めてい過ごし、その後、部屋を包んでいた結界が解かれたおかげで入る事が出来たラスティが起こしに来てくれるまで、レイ対シルフ達によるベッドの上で髪の毛をめぐる攻防戦が延々と繰り広げられていたのだった。




