お疲れの寝落ち
翌日とその次の日も、レイは日中は事務所にこもって報告書作りをして過ごし、夜は久しぶりに夜会に参加と忙しい時間を過ごしていた。
夜会では、ルークと一緒に竪琴の演奏を披露したりもした。
当日の朝になって今夜の夜会の参加予定をラスティから聞き、その際に竪琴の演奏をお願いされているのだと聞かされ、しばらく練習していなかったので慌てたレイは、午前中に少し時間をもらって急遽竪琴の練習の時間を取ったりもした。
何とか無事に演奏を終えて舞台袖に下がったところで無意識のうちに大きなため息を吐いてしまい、ルークにからかわれて顔を見合わせて笑い合った。
「まあ、しばらく華やかな世界から離れていたからなあ。どうだ? 久々の夜会の感想は」
「えっと、こんなに大変だったっけなあ。って割と本気で思ってます」
真顔で即答するレイに、ルークが吹き出す。
「あはは、言うようになったなあ。いいぞ、その調子だ」
手にしたままだった演奏用のハンマーを駆け寄ってきた執事に渡しながらの面白がるようなルークの言葉に、レイはもう一度今度は小さなため息を吐く。
「正直に言うと、この勲章の値打ちを甘くみていました。会う人会う人全員が口々に褒めてくださるんだけど、僕は、それほどの事はしたつもりは無いんだけどなあ」
今度は小さなため息を吐きながらの呟きに、振り返ったルークは呆れたようにレイの赤毛を突っつく。
「お前なあ……。まあ、だけどこれで思い知っただろう? 紺白の新星は、まさに成人した直後の新人の間である一年間しか手に入れる機会はないんだ。その間に遠征訓練への参加や、初陣となる実戦で手柄を立てて生き残るくらいの事でもしない限り、そもそも手に入れる機会すら無いような珍しい勲章なんだよ。お前が行ったあの遠征訓練だって毎年あるわけじゃあない上に、士官候補生で参加するのは、ある程度優秀でありその部隊や所属する組織内部の複数の上司から推薦を受けた人物である事が参加の最低条件なんだよ。な、だからこそ、値打ちが上がるわけだよ。分かったか?」
ポカンとルークの説明を聞いていたレイは、しばらく沈黙した後おもむろにルークの腕を掴んだ。
「僕、そんな話今初めて聞きました」
「だろうなあ。俺も今、初めて言ったと思うぞ」
「ひどいルーク! そういう大事な話は最初から教えておいてください!」
「おおっと、ここで大声は禁物だぞ」
口を尖らせたレイが文句を言うのを見て、ルークが慌てたように指を鳴らして結界を張りながら、もう片方の手でレイの口を押さえる。
今話をしているここが、舞台袖のすぐ横だと気が付いたレイが、口を押さえられたままコクコクと頷く。
無言で真顔のルークにもう一度レイが頷き、苦笑いしたルークが押さえていた手を口から離してもう一度軽く指を鳴らす。ごく軽い何かが割れる音がして、周囲の騒めきが一瞬で戻った。
「とりあえず戻ろう。あとはまあ、適当に愛想笑いをしていろ」
「はあい、それじゃあ愛想笑いの前に、せっかくだから美味しいお菓子を探して来ます」
笑ったレイの言葉にルークも笑ってもう一度レイの赤毛を突っついた。
「じゃあ、おすすめのお菓子があったら教えてくれよな」
「お任せください!」
元気なレイの返事にルークも苦笑いしつつ揃って会場へ戻った二人だったが、それに気付いた大勢の人達にまたしても取り囲まれてしまい、逃げるタイミングを逸してしまったレイがお菓子を置いたテーブルにたどり着けたのは、もうすぐ夜会が終了する時間になってからの事だった。
「はあ、何だかものすごく疲れました」
夜会の後の懇親会にもルークと一緒に参加したレイは、ここでも何人もの人達に願いされて、アルジェント卿やルークと一緒にまた竪琴と歌を披露して拍手大喝采をいただいた。その後はアルジェント卿おすすめの貴腐ワインをいただきながら、ひたすら笑顔で、またしても勲章のお祝いを言ってくれる人達に延々とお礼を言って過ごしていた。
ようやくそれも終わって本部の部屋に戻ったレイは、大きなため息と共にそう言って剣帯も外さずにソファーに倒れ込んだ。
「お疲れ様でした。湯の用意が出来ていますのでどうぞお使いください。ほら、まずは剣帯を外して」
ブルーの色のクッションに抱きついたまま無言のレイに、苦笑いしたラスティがそう言って背中を叩く。
しかし反応が無い。
「……レイルズ様?」
驚いて横からレイを覗き込むと、気持ちの良い寝息が聞こえてきた。
「おやおや、本当にお疲れだったようですね。では失礼します」
胸元にそっと手を入れてまずは剣帯を外して抜き取る。
一旦離れて剣帯を壁面の金具に掛けたラスティは、すっかり熟睡しているレイの胸元からそっとクッションを抜き取り、上着を手早く脱がせてシャツの胸元とベルトを緩め、それから靴と靴下を脱がせた。
それから、お湯で絞った布を持ってきて、レイの顔や首周り、それから手や足を順に拭いてやる。
体を大きく動かされた際に時折小さな呻き声をあげるが、すっかり熟睡しているレイは全く起きる様子もない。
「まあ、あとは明日の朝でよろしいでしょう」
一通りの世話を終えると濡れた布を手に一旦下がり、大柄な執事を伴って戻って来た。
夏の季節ならソファーで一晩くらい寝ていても問題無いが、この季節にソファーで寝ると確実に風邪をひいてしまう。
明日は楽しみにしていたお嬢様方との遠乗りの日なので、さすがにそれは可哀想だ。
執事と顔を見合わせて頷きあい、二人がかりでそっと眠るレイをベットへ運んだ。
「お疲れ様でした。明日もレイルズ様に蒼竜様の守りがありますように」
熟睡しているためいつものような答えは無い。小さく笑ったラスティは、レイの額にそっとキスを贈った。
枕元に座っていたブルーのシルフは、そんなラスティが部屋を出て行くのを黙って見送り、ランプの火が落とされ扉が閉まって真っ暗になったところで軽く指を鳴らした。
部屋に強固な結界が張られる。
それからブルーのシルフとニコスのシルフ達は、揃って愛しい主の為に癒しの歌を歌い始めた。
集まってきたシルフ達は、いつもの賑やかさは何処へやら、皆、うっとりとその優しい歌声に聞き惚れていたのだった。




