湿布の有効性
「はい、もう腫れも引いているし大丈夫そうですね。確認の為湿布を剥がしますね」
目の前に座ったハン先生の言葉に、お礼を言ったマークが早速自分の額に貼られた湿布を剥がそうとした。
しかし、呼んでもいないのに集まってきていたシルフ達が、いきなり慌てたようにマークの腕を押さえてそれを止める。
「ええ? 一体どうしたんだ?」
そんな事をされたのは初めてで、驚きつつ手を止めたマークがシルフ達を見上げる。
「おや、どうしました? もしやシルフ達ですか?」
ハン先生は精霊が見えないのでシルフ達の様子が分からないが、普段から竜騎士達の様子を見ているので、恐らくシルフ達が何か言ったのだろうと察する事が出来た。
「あの、自分が今、額の湿布を剥がそうとしたら、シルフ達がいきなり集まってきて止められたんです」
「はて? 何故シルフ達が湿布を剥がすのを止めるんですか?」
「いえ、自分もこんな事は初めてで一体どうなっているのか……」
不思議そうなハン先生の言葉に、マークも困ったようにそう言ってもう一度頭上を見上げる。
『駄目なの!』
『駄目なの!』
『駄目なの!』
何故か集まったシルフ達が、一斉にマークを見つめながら真剣な顔でそう言って揃って首を振っている。
「ええ? 駄目って、一体何が駄目なんだよ。今から俺はハン先生に診察してもらうんだから、これを剥がさないと診てもらえないじゃあないか」
額の湿布を指差しながらそう言うと、嬉々としたシルフ達が一斉にマークの湿布の周りに集まって来た。そして、それぞれに湿布の端を引っ張り始めたのだ。
「あはは、そういう事か。要は剥がしたかったんだな。ええと、これってもう剥がしても良いんですよね?」
笑ったマークが額の湿布を指差しながらそう尋ねる。
「ええ、構いませんよ」
何となくハン先生にもシルフ達の言いたい事が分かって、笑いを堪えつつ頷く。
「良いんだってさ。じゃあどうぞ」
マークの声と同時に、彼の額に貼られていた湿布が勢いよくベリベリと剥がされてそのまま宙に浮いている。
「おお、豪快にいったなあ」
一気に剥がされてちょっと痛かったマークが、苦笑いしつつそう言って空中に浮いている剥がした湿布を摘む。
「じゃあこれはもう用無しだから返してくれよな」
しかし、彼女達は湿布の端を離そうとしない。
「ええ、これ……ゴミなんだけどなあ」
『パリパリ』
『パリパリ』
薄布に塗りつけていた膏薬は、一晩経ってすっかり乾燥してひび割れている。それを彼女達は楽しそうに割って遊び始めたのだ。
「おお、これは予想とは違う反応だなあ。分かった分かった。じゃあもうそれはあげるから好きにしていいよ。って、これ、彼女達に上げてもいいですよね? ああ、良いんだって。じゃあもうあげるから好きにして良いぞ」
シルフ達のまさかの反応を見て我慢出来ず、聞かれたハン先生が笑いながら何度も頷いているのを見て、マークも笑いつつそう言って掴んでいた手を離した。
様子を見ていたシルフ達までが一斉に集まってきて、いきなり剥がした湿布の争奪戦が始まり、まるで小さな竜巻のように剥がされた湿布は細長く引っ張られてくるくるとものすごい勢いで回転を始める。
それを見たマークとハン先生が同時に吹き出し、揃って大笑いになった。
「ううん、どうしたの……?」
突然聞こえた大きな笑い声に、眠っていたレイがそう言ってゆっくりと目を開く。
『おはようおはよう』
『起きた起きた』
『おはようなの』
『おはようなの』
「ああ、おはよう。シルフはいつも元気だね」
まだ眠そうな目を擦りながらそう言うレイの額の湿布も、端が剥がれかけている。
『ねえ! これも良い?』
嬉々としたシルフの質問に、聞こえていないはずのハン先生が笑いながらうんうんと頷いている。
「ええ、良いですよ。好きに剥がして遊んでください」
「ええ! ハン先生、シルフの声が聞こえているんですか?」
ハン先生の答えに驚き、目を輝かせて身を乗り出すレイの様子にマークがまた吹き出す。
「まさか、私には残念ながら精霊達は見えませんし声も聞こえませんよ。ですが今のは私でも分かりましたね。貴方の額の湿布を剥がしても良いのか聞いてきたのでしょう?」
「うわあすごいハン先生。正解です!」
目を輝かせて小さく拍手をしていたレイは、いきなり額の湿布を力一杯引っ張って剥がされ、情けない悲鳴を上げて額を押さえたのだった。
「しかし、これだけ大騒ぎをしていても全く起きる様子がないってのも、ある意味大物だよなあ」
枕に抱きついてまだ熟睡しているキムを見て、マークとレイは顔を見合わせてにんまりと笑った。隣では、ハン先生も笑いながらうんうんと頷いている。
「シルフ、キムの湿布も剥がして良いぞ。思いっきりっ引っぺがしてやれ!」
『わあい!』
『わあい!』
『じゃあいくね〜〜〜!』
『いくね〜〜〜!』
『せ〜の〜でっ!』
口々にそう言ったシルフ達が、息を合わせてキムの額に貼られた湿布を一気に引っ張って剥がした。
「痛って〜〜〜〜!」
いきなりの衝撃に悲鳴をあげて抱えていた枕ごと横に転がったキムが、そのまま勢い余ってベッドから転がり落ちる。
そのキムの様子を横で見ていたマークとレイ、そしてハン先生の三人は同時に吹き出して大爆笑になったのだった。
「ちょっ、お前らいきなり何してくれてるんだよ〜〜!」
腹筋だけで起き上がったキムの抗議にまた三人が同時に吹き出し、揃って首を振りながらシルフ達を示す。
『起きた起きた〜〜〜!』
『これ貰ったからね!』
『パリパリ』
『パリパリ』
『楽しい楽しい』
『楽しい楽しい』
嬉々としたシルフ達の声にキムも堪えきれずに吹き出し、全員揃って大笑いになったのだった。
『全く朝から賑やかな事だな。湿布一枚でこれだけ笑えるとは、何とも平和な事だな』
呆れたようなブルーのシルフの言葉にニコスのシルフ達だけでなく、周りに集まってきていたシルフ達や光の精霊達までが揃って笑い出し、大喜びで手を叩き合ったり輪になって踊り始めたりしていたのだった。




