久し振りの食堂にて
「いやあ、残念だなあ。今こそ新たな流行を作り出せる時かと思ったのに」
「本当だよなあ。絶対に皆、あの髪型を見たら大喜びしたと思うんだけどなあ」
「確かに見たかったなあ。ご婦人方の髪が芸術的な寝癖編み込みになる姿をさ!」
ようやく笑いの収まったロベリオ達は、洗面所を出たあともまだそんな事を言って笑っている。
「もう、いい加減に僕の頭で遊ぶのはやめてください! ほら、今夜は夜会なんでしょう? 何か食べて早く準備をしないと、空きっ腹のままで夜会に参加する事になりますよ〜〜!」
洗面所から顔を出したレイの言葉に、顔を見合わせた三人はまだ笑いながらも一旦それぞれの部屋に戻って行った。
何しろレイの部屋の前では、押している時間に我慢の限界に達したルーク達の従卒達が勢揃いして待ち構えていたのだから。
「はあ、ご協力感謝です! おかげで何とかなりました!」
ラスティと執事三人、そして自主的に手伝ってくれたシルフ達の手により、ようやくレイの赤毛もいつものふわふわさを取り戻した。
「いやあ、本当にあの髪を見た時にはどうなる事かと本気で心配致しましたが、案外何とかなるものですねえ。お手伝いくださったシルフの皆様にも感謝を」
ブラシを片付けながらの笑顔のラスティの言葉に、お手伝いを終えて好きに遊んでいたシルフ達が一斉に嬉しそうに頷きながら得意げに胸を張る。
「ラスティ、確かに彼女達が手伝ってくれたおかげもあって早く元通りになったけど、そもそも僕のひどい寝癖の原因はその彼女達なんだからね!」
笑って自分の髪を指差すレイの言葉に、ラスティだけでなく執事達までがそれはそうだと苦笑いしながら揃って何度も大きく頷くのだった。
「でも、お手伝いしてくれてありがとうね。おかげですっかり元通りになったから、これで久し振りに食堂へお食事に行けるね」
そう言って笑ってシルフ達にそっとキスを贈ったレイは、一つ深呼吸をしてから嬉しそうにラスティを振り返る。
「ああ、確かにお食事がまだでしたね。では、レイルズ様がお腹が空き過ぎて倒れてしまわないうちに早く着替えて食堂へ参りましょう」
今のレイは、まだ起きた時に着ていた寝巻きのままだ。
「うん、僕もうお腹ぺこぺこだよ!」
笑いながら部屋へ戻るレイの後を、ラスティと執事達も笑顔で顔を見合わせて頷き合ってから部屋に戻った。
「ああ、皆お手伝いありがとうございます! 明日の朝はここまでひどい寝癖にはならないと思うけど、いざとなったらまたお手伝いお願いしま〜〜す!」
出て来た執事達を見た満面の笑みのレイの言葉に、三人のうち二人の執事は堪えきれずに吹き出してしまい、またしても皆で笑い合ったのだった。
「これでよし! えっと、背中は大丈夫ですか?」
急いで着替えている間も空腹のあまり二度もお腹が鳴ったレイは、手早く剣帯を締めながら嬉しそうにそう言ってラスティに背中を向けた。
「少し皺になっていますね。はい、これで大丈夫ですよ。ではお待ちかねの食堂へ参りましょう」
レイの上着を軽く引っ張り背中側の皺を直したラスティは、レイの背中を叩いてそのまま一緒に食堂へ向かった。
「ううん、久し振りの食堂だ!」
レイは到着したいつもの食堂を見て、嬉しそうにそう呟く。
食事をするには中途半端な時間な為、人は少なくていつもよりもかなり空いている。
嬉々としてトレーを持って料理を選び始めるレイの後ろを、ラスティもトレーを持って軽食程度に軽く料理を選んだ。
レイは並んでいた料理をいつものようにそれぞれ山盛りに取ってからいつもの場所の席に座ろうとした時、少し離れた場所にマークとキムの姿を見つけて目を輝かせた。
ラスティもすぐにそれに気づいて、二人の隣へ行って並んで座るレイの後に続いた。
「二人とも久し振り!」
トレーを起きながらの満面の笑みのレイの言葉に、驚いて揃って振り返ったマークとキムも満面の笑みになる。
「ああ、もうお帰りになっていたんですね! レイルズ様! 紺白の新星の勲章、おめでとうございます!」
二人の声が綺麗に重なり、それが聞こえた周りの兵士達までが目を見張ってレイを見る。
レイの胸元に輝く二つの略綬に気付いた周りの兵士達も、驚きの声を上げてあちこちで歓声が上がった。そして祝福の声と食堂中に拍手が沸き起こったのだった。
「ありがとうございます! でもどうぞ僕に構わず食べてください。僕もお腹ぺこぺこなんです!」
笑顔で大声で歓声に応えたレイの言葉にあちこちから笑いが起こり、皆が一礼してから食事を再開する。
レイも、しっかりと食前のお祈りをしてから食べ始めた。
「うん、やっぱりここの食堂の食事は美味しいよね」
半分に開いた丸パンの間に分厚くレバーペーストを塗り、そこにレバーフライを二枚重ねにして無理やり押し込む。上から軽く押さえて少し小さくしてから両手で持って豪快に齧り付いた。
ここの食堂でのみ許される、少々お行儀の悪い食べ方だ。
それを見て笑った二人も、同じようにそれぞれ作っていたレバーフライを挟んだパンの残りを口に放り込んだのだった。




