オルダムへの帰還
「ラプトルに乗っている人ばかりだと、徒歩と違って進むのも早いんだね」
昼休憩の為に止まった場所で、周りの人達を見回しながら携帯食を齧っては水筒の水を飲んでいたレイが、小さく笑いながらそう呟く。
一泊した平原で早朝に第六中隊の仲間達と別れてから、出発準備を整えてラスティと一緒に向かったのはすぐ近くに集まっていた士官達のところで、彼らは当然だが全員がラプトルに乗っている。
どうやら彼らは部隊ごとの参加ではなく、レイのように個別に各地から遠征訓練に参加するために集まって来ていた士官達だ。一部の士官達は既に別の部隊の兵士達と一緒にそれぞれの勤務地へ帰る為に出発していて、残っていたのはひとまずオルダムへ戻る人達だったらしい。
顔見知りの人がいないかと思って密かに探してみたのだが、残念ながら少なくとも見える範囲に知り合いらしき人は一人も見当たらなかった。
「ううん、残念でした。向こうで会った竜騎士隊の本部勤務の第二部隊の兵士達は、もう帰っちゃったのかなあ」
ちょと残念に思いつつ水筒の蓋をして軽く振ると、ゼクスの背中に乗せてある袋の中に突っ込む。ラスティの飲んでいた水筒も貸してもらって同じく蓋をしてから軽く振ってから返し、とにかくゼクスの背中に飛び乗った。
「もう、今日のうちにはオルダムまで一気に戻りますからね。今夜は本部のベッドで休めますよ」
同じくラプトルに飛び乗ったラスティの言葉に、てっきりもう一泊くらいどこかでするのだと思っていたレイは驚いてラスティを振り返る。
「ええ、そうなんだ。えっと、気にしていなかったけど、そういえばここって今どの辺りになるの?」
「そうですねえ。テンベックの街から東へ少し離れた辺りですね。先ほど、大きな川を渡ったでしょう?」
ここへ来る少し前に、木製の橋が架けられた川を渡ったのを思い出して頷く。
「さほどの広さはありませんでしたが、あれが大河リオ川の上流部分ですよ。今回の遠征訓練が行われたのは、竜の背山脈の麓にある軍の訓練場の一つです。位置としてはオルダムの北側にある竜の鱗山の東側を迂回する街道を北上した先にあるテンベックの街の更に北東方面の、竜の背山脈の麓一帯になりますね」
ファンラーゼンの地図を思い出しながら話を聞いて、ようやく今自分がいる大体の位置が分かった。
「それで川を渡って川の西側へ出たって事は……確かに、街道まで出たらもうあっという間にオルダムだね。そう言えば出発する時は気にしていなかったけど、オルダムの街へ入る時って、すごい坂道を上がらないと駄目なんだよね」
「ああ、いつも上空からオルダム入りなさるので、そう言えば地上からオルダム入りするのは、レイルズ様は初めてですね」
笑ったラスティの言葉に、レイも笑顔で頷く。
「ディーディーやマーク達から、初めてオルダム入りした時の事を聞いたよ。すっごく綺麗な景色だって言っていたから、実はちょっと楽しみなんだ」
無邪気に笑うレイを見て、ラスティはちょっと考えてから首を傾げる。
「竜の背の上に乗り上空から見たオルダムの街と、坂の上から見るオルダムの街。明らかに見る角度が違いますから、さて、どれくらい違うものなのでしょうね」
「ああ、確かにそうだね。じゃあどれくらい違うのか、見比べてみないとね」
「はい、どれくらい違うのか後で教えてくださいね」
笑ったラスティの言葉に、レイは笑顔で大きく頷いたのだった。
「ああ、街道が見えてきたね」
携帯食と水だけの質素な昼食を食べ終えた一行は、早々に休憩地を出発して、なだらかな草原地帯の中をラプトルを軽く走らせながら一直線に西へ向かって進んでいった。
しばらく黙々と進んでいたが、遥か先に黒っぽい線のようなものが見えて来たのだ。
何事かと思わずゼクスの背の上から伸び上がって前を見ていたレイだったが、それが何なのかに不意に気付いて嬉しそうな歓声を上げた。同じように街道が見えた事に気づいたらしくあちこちから歓声が上がる。
「街道へ入ったら二列縦隊にて並足程度で進むように! 無理な追い越しは禁止だ!」
指揮官の大声にあちこちから返事が返る。
「そっか、街道に入ったら軍の人達だけじゃあなくて一般の人達もいるんだもんね。そりゃあ気をつけて進まないと危ないよね」
納得したように呟き、ギードとニコスと一緒に初めてブレンウッドへ行った時の事を思い出していた。
「えっと、確か街道の真ん中を伝令や通信文を運ぶ飛脚竜が進んで、その横が荷車や馬車が進む車道。両端が歩きの人達用だって言ってたよね。じゃあ僕らは車道を進むのかな?」
レイの呟きが聞こえたらしいラスティが笑顔で振り返る。
「ええ、よくご存じですね。そうです。我々は先ほど言われたように真ん中に近い車道部分を二列になって進みます。街道まで出ればもうオルダムまではすぐですよ。足元も良くなりますから並足でも充分に早いですからね」
「そうなんだね。ああ、早く竜騎士隊の皆に会いたい!」
無邪気なレイの言葉に、ラスティも笑顔で大きく頷くのだった。




