戯れ歌と別れ
「あ、あの! 本当にお世話になりました! どうか、どうかお願いですから皆さん。砦へ戻られても怪我には気をつけてください!」
すっかり出発準備を整えた第六中隊の皆を前に、まだ赤い目をしているレイは、さっきから何度もその言葉を繰り返している。
「おう、お互い怪我には気をつけよう、だな。いや、こっちこそ楽しかったよ。叙任式のある春までなんてあっという間だろうけど、立派な竜騎士様になってくれよな。国境の砦から応援してるぞ」
「立派な竜騎士様になってくださいね。いつか砦でお会い出来るのを楽しみにしていますよ」
ラスク少尉の言葉に頷きつつ、大柄なテネシー少尉がそう言って笑う。
「いや、何言ってるんだよ。竜騎士様が国境の砦へ来るのは有事の際なんだから、俺達とは二度と会わねえほうがいいんだよ」
「ああそっか。それじゃあ、二度と会わないように……って言うのかよ。気持ちは分かるけど、いくら何でもそれは不人情だと思うけどなあ」
苦笑いしながらのテネシー少尉の言葉に、周りで聞いていた兵士達も揃って苦笑いしつつ頷いている。
「まあ、こればっかりはどうなるかなんて誰にも分からないよ。それこそ精霊王だけがご存じなんだろうさ。ああ、もう時間みたいだな」
先頭の別の部隊が出発を始めたのを見て、少尉達をはじめラプトルを連れている兵士達は一斉に飛び乗る。
まだ何か言いかけたレイだったが、それを見て黙って少し離れた所まで下がった。
「それでは、出発前に、一同その場にて敬礼!」
その時、少し離れたところでレイと少尉達の交流を見ていたグッドマン大尉がいきなり大声でそう言ったのだ。
その瞬間、全員がその場に直立して、ラプトルに乗っていた兵士達も一斉に背筋を伸ばして敬礼する。
レイも、即座にその場で直立して背筋を伸ばして敬礼をした。
「そして、竜騎士見習いのレイルズ様の活躍を祈って、抜刀!」
続いての号令に、一同が揃って装備していた剣を抜き高々と頭上に掲げる。
そして、そのままその場で足踏みをしながら歌い始めたのだ。
このまま進めば勝利の時まで一直線
進めや進め我らの務め
このまま進めば輪廻の輪の中一直線
なれども進め我らの務め
「これって……以前、クレアの街で剣の舞を見せてくれた兵士達が歌っていたのと同じ歌だ……」
突然始まった大勢が歌う歌に驚き呆然と立ち尽くしているレイを前に、笑顔の兵士達は見事に揃った一定のリズムで延々と足踏みをしながら楽しそうに歌っている。
それを見て、途中からは周りにいた他の部隊の兵士達までが一緒になって足踏みをしながら手拍子と共に歌い始め、気づけばそれは草原中に広がる大合唱になっていた。
愛しいあの子に会いたやいたや
愛しいあの子は今どこに
愛しいあの子は誰のもの
我らではない誰かの元に
愛しいあの子に会いたやいたや
愛しいあの子に会いたやいたや
どうせ最後は皆同じ!
どうせ最後は皆同じ!
愛しいあの子に会いたやいたや
愛しいあの子に会いたやいたや
どうせ最後は皆同じ!
どうせ最後は皆同じ!
愛しいあの子に会いたやいたや
愛しいあの子に会いたやいたや
どうせ最後は皆同じ!
どうせ最後は皆同じ!
最後の部分を繰り返し歌い、そのたびに一斉に激しく足を踏み鳴らす。
そして最後まで歌い終えた瞬間に、あちこちから口笛の音と大歓声、そして地響きのような拍手が沸き起こった。
胸が一杯になって言葉が出ないレイも、夢中になって拍手をしていたのだった。
「納刀!」
もう一度グッドマン大尉の大声が響き渡り、第六中隊の兵士達が一斉に納刀する。
「出発!」
その号令に一斉に向きを変えた兵士達がゆっくりと進み始める。もう誰もレイを振り返らない。
あっという間に目の前から去って行く仲間達を、レイはまたうるみ始めた瞳で、それでも顔を上げてしっかりと彼らの姿が見えなくなるまで見送っていたのだった。
『行ってしまったな』
見送る影がはるかに遠く、わずかに黒い塊が見えるまでに遠くなった頃、レイの右肩に座ったブルーのシルフの言葉に、ようやく一つ深呼吸をしたレイも小さく頷いた。
「すっごく楽しかった。すっごく勉強になった。すっごく、すっごく……」
またあふれてきた涙を拭おうともせず、もう一度彼らが去って行った方角を見たレイは、黙ってその場に直立して敬礼をした。
「ありがとうございました!」
そう言ってからしばらくして敬礼を解いたレイは、少し恥ずかしそうにブルーのシルフをそっと撫でてキスを贈った。
「えっと、ところで僕はまだ出発しなくて良いのかな?」
慌てたようにそう呟くと、ラスティの姿を探す。
「こちらですよ、レイルズ様。もう間もなく出発ですので、そろそろゼクスに乗っておいてくださいね」
荷物を積み終えたゼクスの手綱を渡され、元気よく返事をして軽々とその背に飛び乗る。
一気に高くなった視界のおかげで、遥か彼方になった第六中隊の仲間達の姿が僅かに見えて、思わずまたあふれそうになった涙を必死になって我慢したのだった。




