宴会の始まり
「ほら、レイルズ様も早く来ないと無くなりますよ!」
第六中隊の兵士達の自分を呼ぶ声に、何をしていいのか全く分からず後ろに下がって皆のする事を見ていたレイは、準備が整ったらしい机の上を見て元気よく返事をして駆け出していった。
いつもの食事を配膳してくれている大きなテントの前に、今日は幾つもの大きな机が並べられていて、そこではさまざまな料理が大きなお皿に山盛りに盛り付けられていた。
中央の空いた部分には台車に乗せられた大きな火鉢のようなものが用意されていて、その上では鉄串が突き立てられた大きな肉の塊が香ばしい音をたてて焼かれている真っ最中だ。
一斉に集まって来た兵士達は、それぞれ用意されていたお皿を手に、料理の山へ向かって歓声を上げながら突撃していった。
自分を呼ぶ声にようやくこの状況が飲み込めたレイも、同じく歓声を上げながらお皿を手に焼いた肉の塊から削ぎ落とされた肉が山盛りになっているお皿目掛けて突っ込んでいったのだった。
「ううん、これは確かにご馳走だね。成る程、皆が楽しみだって大騒ぎをするわけだ」
積み上がった山盛りのお肉が乗せられたお皿から、他の兵士達と大騒ぎをして押し合いへし合いしながら集めたお肉だけでなく、用意されていた様々な料理も取ったなかなかに豪華なお皿を見たレイは、感心したように小さくそう呟いたのだった。
「おお、初めてにしては大した収穫量だなあ。その恵まれた体格はここでも有利だったか」
ラスク少尉のからかうような声が聞こえて、どこに座ろうかと周りを見回していたレイは笑顔で持っていたお皿を見せた。
「頑張りましたよ! だって、何があっても食事はおろそかにしてはいけないんですからね。美味しいものが食べられる機会を逃すなんて絶対に駄目ですよ」
「あはは、そりゃあ素晴らしい心掛けだな。でも残念ながらこっちは確保し損なっているみたいだけどいいのかなあ」
笑顔でそう言ったレイの言葉を聞いて笑ったラスク少尉の左手には、器用にも合計四本もの酒瓶が握られていたのだ。
「ああ、それって何処にあったんですか!」
慌てて先ほど料理を取った机を振り返る。
「残念ながら、これはあっち」
笑って地面に座ったラスク少尉は、先ほどの机とは反対側に積み上がった木箱の山を指差した。そこにも料理担当の兵士が立っているのを見て、駆け出しかけて手に持ったままの料理の乗ったお皿を見る。
「えっと、ちょっと取って来ますので、これ、預かっててもらえますか?」
お酒の瓶を地面に置いて空いた左手を差し出してくれたので、素直にお皿を渡したレイは駆け足で木箱が積み上がった場所へ向かった。
「素直に置いて行ったなあ」
にんまりと笑って、自分のお皿を膝の上に乗せたラスク少尉は、レイのお皿からはみ出してかけている肉を一枚ゆっくりと抜き取り、そのまま大きな口を開けて一口でその肉を平らげてしまった。
「まあ、預かり賃って事で」
笑って頷きながら瓶の栓を抜くと、そのまま瓶に口をつけて一口飲む。
「ああ、もう飲んでる!」
笑ったレイが両手に合計八本の瓶を持って戻ってくるのを見て、ラスク少尉は堪える間も無く吹き出す。
「あはは、手のデカいのはここでも有利だったか」
笑って拍手しながら隣を軽く叩く。
「ほら、ここへ座って」
「はい、お邪魔します!」
素直にそう言って、預けていたお皿を返してもらう。
レイとラスク少尉が並んで座っているのを見て、他の少尉達や何人もの兵士達がその周りに集まって並んで座った。
膝の上にお皿を置き、両手に持っていた酒瓶をひとまず地面に置いたレイは、真剣な顔で手を合わせて食前の祈りを唱え始める。
「相変わらず敬虔だねえ」
呆れるようにそう呟いたラスク少尉だったが、祈るレイの邪魔をする事なく黙って大人しくレイが祈りを終えるのを待っていてくれた。
何となく周りにいた兵士達も、レイが真剣な様子でお祈りをするのを黙って待っていてくれた。
始めの頃は知らん顔で食べ始める兵士も多かったのだが、毎回真剣な顔でお祈りをするレイを見て、最近では一緒にお祈りを始める兵士達も現れ始めているのだ。
「まあ、これも今だけだろうけどな」
何人かの兵士が一緒になってお祈りを始めるのに気づいたラスク少尉は、苦笑いして小さく首を振ったのだった。
「あれ、どうしたの?」
お祈りを終えて食べようとしたところで、目の前に集まってきたシルフ達が揃って何か言いたげに自分を見つめているのに気付いて、手を止めたレイは不思議そうにお皿の縁に立っているシルフに小さな声で話しかけた。
すると、そのシルフは笑いながら隣に座っているラスク少尉を指差してから、お皿からお肉の部分を引っ張るような仕草を見せ始めた。
驚いて見つめていると、そのシルフはさらに手に何かを持ってそれを口に入れる仕草をしたのだ。それからもう一度お皿を指差してからラスク少尉を指差す。
「えっと、つまり……」
笑って頷くシルフを見たレイは、笑って頷くなり隣に座っているラスク少尉の肩を腕を伸ばして捕まえる。
「うおお、何だよいきなり?」
お酒を飲もうとしていたラスク少尉が驚いたように振り返る。
「ラスク少尉、僕のお皿から大事なお肉を取りましたね?」
「さて、何の事だか分からないなあ?」
すっとぼけるラスク少尉を見て、レイはニンマリと笑いながら自分の口元を指差した。
「ここ、油が付いていますよ。まだ食べていないのに、おかしいですよね?」
「ああ、バレてる!」
笑ったラスク少尉が立ち上がって逃げようとしたが、レイの腕に捕まっていて立ち上がれない。
「なら僕もこうするもんね!」
お皿と一緒に持っていたフォークで、レイは笑いながらラスク少尉のお皿から大きなお肉を引っ張って強引に取り出す。
「ああ、いくら何でもそれはデカすぎだって!」
大きな口を開けて確保した肉に齧り付いたレイを見て、悲鳴をあげるラスク少尉。
何事かと周りに座っていた兵士達は、お互いのお皿のお肉を取り合って大騒ぎを始めた二人を見て揃って吹き出し、大喜びで二人の応援を始めたのだった。




